白紙の伝票

増田朋美

白紙の伝票

白紙の伝票

今日も、冬だというのになぜか暖かくて、季節外れにヒマワリが咲いているというおかしな日だった。こんな日は、どうも外へ出る気がしなくなって、そういう意味では外出を控えようという気になるのが、一般的であるが、この杉ちゃんだけは、違うらしい。

蘭は、その日、冬なのに今日は暑いなあと思いながら、家でテレビを見て過ごしていた。テレビは、盛んに季節外れの暖かさを怪しんで、このままでは日本が危ないとか、そういう一般人に伝えても、どうせ対策の取れそうもないことを、大物俳優を交えて、大げさに報道していた。まあ、一般人に出来る事は、どうせ、彼らの面白い議論を見る事しかできないのだった。

蘭が、変な報道ばかりやっているのなら、テレビを消そうかな、でも、ほかに何か面白いものなんて何もないよな、と思いながら、テレビのリモコンに手を伸ばすと、インターフォンが五回なった。

「ああ、この鳴らし方は、杉ちゃんだな。」

と、蘭は大きなため息をつく。こういう時に、来てほしくない客が来てしまったものだ。せめて宅急便のお兄さんとか、そういう人だったらいいのになあと、蘭は、また大きなため息をついた。

「おーい蘭。ちょっと買い物に行くから、付き合ってくれよ。」

「嫌だなあ杉ちゃん。人が、いいよという前に、上がってこないでくれ。」

蘭がそういう様に、杉ちゃんは、もう部屋の中に入ってきていた。蘭の家が、簡単に玄関が開いて、玄関に段差もなくて、すぐに入ってこられるようになってしまっているのがその理由なのであるが、そうしないと、蘭自身も暮らしていけないので、そうせざるを得ないという事情もあった。

「だって、あがんなきゃ用件も伝えられないじゃないか。僕が玄関先で言ったって、近くに来なくちゃだめだろう。おい、博多帯を買いに行くから、手伝って頂戴。」

と、カラカラと笑って言う杉ちゃんに、

「なんだ、まだ夏じゃないのに、博多帯何て売っているところあるかよ。」

と、蘭は言った。

「いやあ、もう夏みたいな気候になっちまっているからよ。博多帯が欲しくなったのさ。早くタクシー会社に電話してさ、呉服屋さんへ連れて行ってくれるようにしてくれよ。」

そう蘭に言う杉三に、杉ちゃん、こうしなければ買い物ができないんだよなと蘭は、またため息をついた。どうして僕は、杉ちゃんに振り回されなければならないのだろうか。そんなことしないで、家で静かにしている権利だってあるんじゃないか。蘭はふと、そういう考えが浮かぶ。

「もう、だったら杉ちゃんが自分で行けばいいだろう。タクシーの運転手さんであれば、迷うことなく博多帯が売っている呉服屋さんに連れて行ってくれるよ。」

「だっけどよ。僕は、読み書きできないの、知ってるだろ。値段だって何が書いてあるんだか、よくわからんしよ。御金の勘定もよくわからないし。だったら、手伝ってくれたっていいだろう?」

蘭がそういうと、杉ちゃんは、そういうことを言った。もう、杉ちゃんの決まり文句であるが、読み書きができるように努力をしてくれてもいいはずだ。もう、こういう時には、一寸突き放した方がいいと、蘭は思う。

「杉ちゃん、そうじゃなくてさ、一人で買い物してみるってのも、必要なんじゃないのか?」

と、蘭は言ってみた。

「うーんそうだねえ。いわゆるSuicaみたいなものがあれば、買えるけどさあ。呉服屋さんでSuicaで支払える店ってあるか?博多帯はSuicaでは買えないよ。なあ、頼むよ。僕は現金では、全く支払できないんだよ。お願い、手伝ってくれ。お願いします。」

確かにそうなのである。杉ちゃんは、Suicaのようなプリペイドカードであれば買い物ができるのであるが、呉服屋さんでは確かに、Suicaで支払うという店はない。大体の呉服屋さんは、現金でしか支払うことができない店ばかりである。

「もう、しょうがないなあ。だったらさ、杉ちゃん、店に行かないで買い物したらどうだ?いちいちタクシーを呼び出してさ、店に行くなんて、面倒くさいもの。それよりも、家の中で、パソコンの画面見て、それで博多帯を選んだらどう?店に行かないでも、宅急便のお兄さんが持ってきてくれて、支払いは、そのお兄さんに渡せばいいんだよ。」

蘭は、そう提案した。ここで杉ちゃんがどんな風に反応するか、見てみたかった。杉ちゃんは、テレビが嫌いなので、通信販売は嫌いなのを、蘭はよく知っていた。

「あー。ダメダメ。パソコンなんて役には立たん。買い物は店に行ってするのが一番いいんだ。」

杉ちゃんは蘭が予想した通りの事を言った。

「そうか、杉ちゃんはそうだよな。じゃあ、なんで、そんなに通販サイトが嫌いなの?」

と、蘭は、杉ちゃんに尋ねる。

「だからあ、質問してもパソコンは答えてくれないじゃないか。店なら、店員さんがすぐに答えてくれる。そのほうが、よっぽど頭にはいるよ。」

と、杉ちゃんは、カラカラと笑った。

「そうか。じゃあ、フリマアプリというのを使ってみない?最近は、便利なフリマアプリもいっぱいあるんだよ。質問だって、ちゃんと専用のページを設けてくれてある。」

蘭は、そういう事を言い始めた。それを杉ちゃんははあ?という顔で見つめる。

「なんだそれ。フリマと言ったら、公園とか路上でものを売る事だろ?それがなんで、パソコンでできるというんだ?」

「杉ちゃん違うよ。フリマアプリはね、要らなくなったものを、誰かほしい人に格安で譲るというアプリの事さ。普通の定価よりも、安い値段でいいものが手に入るというので、今ものすごく人気があるんだよ。勿論、売っている人に質問することだってできるし、それに、買うと決まれば、売っている人が、宅急便で送ってくれるようにしてくれるから、こっちは何もしなくていい。うん、なんたって便利な商売だよ。」

「支払いはどうするんだ?」

「ああ、支払いもいろいろあってね。宅急便で届いたときに配達員のお兄さんに払うこともあり、銀行で支払をお願いすることもあり、コンビニで、店員さんにお願いして払う事もある。」

「はあ、釣りはどうするんだよ。」

「宅急便のお兄さんや、銀行やコンビニの店員さんが、ちゃんとおつりを払ってくれるから、大丈夫。」

蘭がそう説明すると、杉ちゃんは、まだ納得していない様子であったが、ちょっと考えてくれたようで、

「そうか。それでは、その何とかというアプリで、博多帯をかってみるか。」

と、言ってくれた。蘭は、良かったと思って、ちょっとほっとした。こんな生ぬるい暖かさの日に、外へ出るなんて、何だか変な感じがしないわけでも無かったからだ。

蘭は、スマートフォンをとった。そして、フリマアプリとして有名なアプリを立ち上げた。

「ほら杉ちゃん、これがフリマアプリというもんだよ。いいか、今から博多帯で検索してみるから、見つかった写真の中から、ほしいものを言ってね。」

そう言って蘭は、フリマアプリの検索欄に、博多帯と入力した。杉ちゃんは、そんなもので博多帯というものが見つかるのだろうかと笑っていたが、蘭が検索ボタンを押して暫くすると、出るわ出るわ。小さなスマートフォンの画面は、博多帯の画像でいっぱいになってしまった。

「ほら見てくれ。こんなにたくさん、博多帯が出ているじゃないか。この中で、気になる博多帯を言ってよ。」

と、蘭は、画面を指さした。どれも、1000円とか、2000円程度の格安で販売されている代物だ。新品で買えば何十万となる博多帯であるが、こういういらないものを安い値段で売るというサイトでは、安物とみなされているらしい。

「そうだなあ。」

と、杉ちゃんは、少し考えて、

「これがいいな。」

と、黒色の博多帯を指さした。もし、作り立ての新品だったら、何十万どころか、百万近くしてしまえそうな高級品だ。でも、それはもういらないモノになっているらしくて、値段はたったの3000円であった。

「ああいいよ。注文しよう。」

と、蘭は言ったが、

「ちょっと待ってくれ!」

と杉ちゃんは言った。

「これの長さと幅を調べたいんだ。どうしたらいいのか教えてくれ。」

はあ?と蘭は思う。規格品の男物の博多帯であれば、幅15センチ、長さ4メートルくらいが標準サイズである。それを知っていれば、大きさも調べる必要は無いのであるが、杉ちゃんという人は、変なところを確かめたくなる性質があった。確かにその博多帯の販売画面には、単に博多帯と商品名が書いてあるだけで、大きさの説明はどこにもなかった。

「大きさなんて、一般的な博多帯であれば何でも同じだろ。そんなもの気にしないで早く注文すればいいのさ。」

と、蘭は言ったが、杉ちゃんは、詳細まで知らなければ納得しない性格だった。

「それじゃあ、お願いだ。さっき質問することもできるって言ったよな。それじゃあ、質問してみてくれないか。博多帯の大きさを教えてくれって。博多帯は、男物も女物も、見かけが似てるからよ、確認くらいさせてくれよ。なあ頼む。」

しつこく言う杉ちゃんに、蘭は、

「じゃあ、仕方ないな、一寸待っててな。」

と、質問欄に博多帯の大きさを教えてください、と入力する。

「そうか、そうすれば、返答が来るんだな。」

と、杉ちゃんは、蘭のスマートフォンをじっと見つめている。

「なんだよ、杉ちゃん。返事が来るのは今すぐにじゃないよ。みんな事情があるんだし、大体の人は仕事があるんだから、それが終わった夜にならないと、返答は来ない。」

と、蘭がいうと、

「夜まで待つのかい?そうしたら、ほかのやつに取られてしまうかも知れないじゃないか。」

と、杉ちゃんは言った。

「まあ、取られてしまったら、他のやつを買えばいいくらいに思っておけばいいのさ。フリマアプリなんてそんなもんだよ。」

と、蘭は言うが、どうもその当たりが、杉ちゃんには理解できない様子だった。代わりにこういうことを言うのである。

「だって、ほかのやつでこれを欲しがっている奴が、居るかもしれないだろう。早く、返事を返してくれるように催促してくれ。もし、わからなかったら、電話番号はどこにあるんだい?電話をすれば、早くしてくれって催促できるじゃないか。」

と、言うのであるが、フリマアプリに電話というものはない。フリマアプリのほとんどというかほぼすべてが、電話での問い合わせには応じられないという仕組みになっている。

「だから杉ちゃん、電話での問い合わせは、こういうサイトでは禁止されているんだよ。それくらい、フリマアプリのルールとして、わかってもらわないと。」

と、蘭は言うが、

「だって、一応インターネットという媒介はしているが、店はちゃんとあるんだろ?その店がこういうところをとおして商売しているんだろ?それだったら、店の電話だって使えるはずだよな。じゃあ、店にかけてくれ、あの黒い博多帯の大きさを教えてくれ、よろしく頼むよ、蘭。」

という杉ちゃん。これでは、本当に、わかってないんだなあと、蘭はもう一回話すことにした。

「だから、フリマアプリというのは、個人取引だから、店というのはないんだよ。個人が、要らないものを自分で値段を決めて売っているのが、フリマアプリというモノなんだ。だから、店の電話番号という物はない。」

果たしてわかってくれるかな、と蘭は考えるが、杉ちゃんの反応はこうだった。

「だって、ものを売っていいってのは、許可を得た商売人だろ?公園のフリマだって、勝手にやってはいけないんじゃないのか?それが、そのアプリを使えばだれでも自由に商売ができるっていうのかい?」

ついでいえばその通りなのである。フリマアプリを使えば、個人が店舗を構えなくても、商品を販売できるようになるのだ。でも、杉ちゃんにとっては、商売というのは、店を構えている人間がやることであり、そういう人でなければできないと思っているようなのだ。

「大体な、商売っていうのは、やっぱりある程度訓練が必要だろうが。素人が、何でもかんでもしていいっていう訳じゃないよ。商売ばかりじゃない。どんな職業の人もそうだ。だからこそ、社会が成り立っているんじゃないか。素人が、なんにでもなれるってのは、社会じゃないよ。」

杉ちゃん古いなあ、と蘭は思った。誰でも、何でもできるのが今の時代ではないか。

「みんな、そういうことをして社会ってもんができてるんじゃないのかよ。農業は食べ物を作る、工業は生活用品を作る、商業は人が作ったものを売る。それがうまく回っているのが理想の社会だろうがよ。みんなそれぞれ役割ってもんがあってよ。それを全うするのが、社会だぜ。全部がお医者さんで、患者が一人もいなかったら、それこそ困るじゃないか。素人が、スマートフォンのアプリ使って、なんにでもなれるってのは、ちゃんちゃらおかしいや。」

杉ちゃんがそういう持論を話し始めると長い。もう、今の時代に通用しない、言葉を言ってまくしたてる。蘭は、もうこういう話は聞きたくないと思っていた矢先、スマートフォンが鳴った。蘭が急いで、それを取ると、問合せ欄に博多帯の大きさが書いてある。

「すみません知識がないのではっきりわかりませんが、幅15センチ、長さ、4メートル10センチくらいです。」

と、蘭は読み上げた。

「そうか。ちょっと長いかもしれないが、それでいいや。その怪しい商売に、注文してみてくれ。」

杉ちゃんがそういうので蘭は、教えてくれたお礼を打ち込んで、注文ボタンを押した。

「よし、それなら、配達員が持ってきてくれて、そいつに払えばいいんだな。」

と、杉ちゃんはそういうことを言うが、

「ちょっと待て、この人は、先払いを優先しているらしい。このアプリは、出品者が支払方法を決められるんだ。だから、クレジットカードか、コンビニ払い、或いは銀行振込という事になっている。」

と、蘭は言った。

「はあ!なんだって?先に金を払えというのかい?」

杉ちゃんは驚いているが、

「まあ、通販サイトではよくある話だよ。それに大体の支払いは、現金でする人は少ないし、クレジットカードばっかりさ。」

と、蘭は通販サイトの説明をした。確かにクレジットカードで支払いをする人は多いというのは、よくある事であるが、杉ちゃんは、クレジットカードが嫌いだったのである。

「僕は、現金で払うほうがよっぽどいいや。現金で払う方法はないのか?」

と、杉ちゃんは、そういうことを言っている。

「そうだなあ、それじゃあ、コンビニ払いか、銀行振り込みにしよう。銀行は近くにあるから、」

と、蘭は、壁にかかった日めくり式のカレンダーを見た。数字は赤だった。と、いう事は今日は日曜日で、銀行は休みだ。じゃあ、コンビニで払いに行くしかないなと思った蘭は、直ぐに出かけることにした。銀行は休みだと言ったら、杉ちゃんが怒り出す可能性もあった。

「よし、コンビニに行ってくるか。車いすで行くことができる距離じゃないか。行って来ような。」

と、蘭は、杉ちゃんに言った。杉ちゃんはすぐに頷いて、二人は、家を出た。コンビニは、家からすぐのところにあった。歩ける人にはすぐの距離なのだが、車いすの人間にはちょっと遠い距離である。コンビニに入った二人は、まず蘭のスマートフォンで、コンビニで払うと、出品者に伝える。とりあえず、出品者から渡された払い込み番号というのを、レジの人に伝えた。すると、このコンビニでは、別の機械をとおして支払伝票を作る必要があると、店員が言った。二人は分かりました、と言って、その機械の前に移動する。

「おい、どうするんだ。これじゃ、届かないじゃないか。」

車いすの杉ちゃんと蘭には、その機械の操作盤に手が届かないのであった。蘭は、店員さんを呼んでくると言ったが、店員さんは、他のお客さんの対応で忙しそうで、蘭たちの事まで構っていられないような感じだった。

「おい、すまないが、この番号を押してくれないか。押してくれるだけでいいんだよ。」

と、杉ちゃんが、たまたま偶然入ってきたトラックの運転手に話しかけた。おい、杉ちゃん、何をするんだ!蘭がいう間もなく、杉ちゃんは、トラックの運転手に、声をかけていた。

「この払い込み番号を押してくれ。それで僕たちにも、支払いができるようにしてくれ。」

それが、普通の人だったら断られるかも知れないが、そのトラックの運転手は、見かけに寄らず親切な人だった。ああいいよ、と言って、各種代金の支払いのボタンを押してくれる。

「はいはい、じゃあ、払い込み番号を教えてくれるかな?」

と、蘭は、杉ちゃんに腕を突かれて、スマートフォンの払い込み番号を読み上げた。運転手は、親切に番号を押してくれた。この番号と、蘭の電話番号を入力しただけで、支払伝票は作れるのであるが、この作業に人手を借りるのは障害者だけである。

「ほら、支払伝票ができたよ。これでよろしいですか?」

大柄でがっちりしているのに、優しい感じのトラックの運転手さんだった。もし、これがちゃらちゃらした若い女性等であれば、嫌味っぽい顔をして、伝票を渡したことだろう。

「ありがとうございます。あの、お礼に、これ。」

蘭は、財布から一万円札を出して、トラックの運転手さんに渡そうとしたが、いいや、大丈夫だよ、とトラックの運転手さんは受け取らなかった。それよりも、早くほしいものが手に入るといいね、と、運転手さんはにこやかに言っていた。

親切なトラックの運転手さんに助けてもらって、杉ちゃんと蘭は、博多帯の代金である3000円を支払った。応対したコンビニの店員さんは、さっきのトラックの運転手さんのような、優しい顔をしていなかったのが、蘭たちも不満だった。

「よし、これで、博多帯を宅急便のお兄ちゃんが持ってきてくれるわけか。それまで僕たちは待っていればいいんだね!」

杉ちゃんは、支払いを終えると、本当に博多帯が欲しかったというような、嬉しそうな顔をした。それを見てどうしても蘭は、杉ちゃんを責めることができなかった。

ところが。

支払をし終えて翌日に発送の連絡がきた。しかし、いくら待っても、発送受付は済んだのだが、郵送中と表示されない。もしこれが業者であれば、翌日届くようなシステムもあるのだが?

ふたたび、蘭の家に杉ちゃんがやってきた。

「おい、蘭。まだ連絡は来ないのか?」

「そうだねえ。ちょっとやってみるよ。大体の荷物は、追跡できるようになっているから、ちょっと待ってくれ。」

と、蘭は、出品者から提示されている、送り状番号を紙に書いて、運送会社の問合せシステムのページを立ち上げた。そして、番号を打ち込んで見たところ、送り状の番号は、コンピューターに登録されていないという表示が出た。蘭は、運送会社のコールセンターに電話をしてみた。言われた通りの送り状番号を読み上げると、そのような番号の荷物は存在しないというのだ。それではおかしいなという事になって、蘭はもう一度、出品者に問い合わせることにした。杉ちゃんは、その隣で、早くしてくれ早くしてくれといら立っている様子だ。

「ほらあ、やっぱり電話したほうがいいじゃないか。こういう緊急事態が発生した場合、どうなるんだよ!」

蘭は杉ちゃんに言われながら、問合せの内容を打った。もう、支払いは済んでいるし、受取人である杉ちゃんの住所もしっかり伝えてある。それなのに、なぜ?と思いながら。

とりあえず蘭は、送信ボタンを押した。こればかりは、蘭までも早く答えが来てほしいと思ってしまった。問合せの答えは、その日の夕方にやってきた。なんでも、伝票番号を、間違えてしまったようである、申し訳ありません、と丁寧に書いてあったけど、何だかちゃんと声に出して謝ってもらった方が、そのほうが伝わるかなあと蘭も思ってしまうほどだった。そして、出品者が、正しい送り状番号を送ってくれて、今度は運送会社の追跡サイトに入力してみると、ちゃんとただいま運搬中と出たが、二人はそれを見て大きなため息をついてしまったくらいだ。

「まあいい。誰でも間違いはあるよ。そのくらいで我慢してあげよう。」

蘭は電話を切って、一言そういったのであった。

翌日。

「こんにちは!宅急便です!判子をお願いします!」

杉三の家に、宅急便のお兄さんがやってきた。紙袋にしっかり影山杉三様と書かれているが、出品者の名前も住所も書かれていなかった。今はやりの匿名配送というやつであるが、何処の誰なのかわからない人からやってきたということになる。宅急便のお兄さんに言われた通りに判子を押して、杉三はそれを受け取った。そして、白紙になっている送り状を破って、ハサミで紙袋を開ける。

「お、立派な博多帯じゃないか!素晴らしいもんだなあ!」

と、杉ちゃんは、すぐにそれを取り出して広げてみた。確かに、汚れもシミも何もないし、使い古したという感じでもない。

「よかったねえ杉ちゃん。無事に博多帯が買えたんだからさ。」

と、蘭は頭をかじってため息をついた。杉ちゃんは、袋をゆすって、

「ほかに何もないのか。」

と一言いう。確かに個人取引だから、納品書も何もない。それはしょうがないことだと思うのだが、やはり、なにか物足りない買い物だった、と蘭も思った。

「とにかくさ、ほしいものはやっぱり、白紙の店ではなく、実在する店で買わなきゃ、物足りないな。」

杉ちゃんは、白紙の送り状を見ながら、そのように言った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白紙の伝票 増田朋美 @masubuchi4996

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る