【メイ:大学編】幸せのために選ぶ道②

 参ったな、と僕は呟いた。別に参ってなんかない。こうして折れかけているそぶりを見せたら、全力で口説き落としに来るのだろうなと思っただけだ。どんな手段で僕を落とす気なのか、この子の本気を見てみたかった。


「僕もリコちゃんに、同じことを言ったんだよ。ずるいなんて思わないからって」

「にひひ、似てるよねー私たちっ」

「そうだね、おかげで強く突き放せないよ。困ったもんだ」


 いかにも押され気味だと言わんばかりに、僕は言葉を選んでいく。なのに意外と押して来ない。僕の晒した弱さに気付いてないのか。それとも単に、打算とは無縁の振る舞いなのか。そのどちらであろうとも、この子は駆け引きに向いていない。何だか可哀想になってくる。出来もしない悪事を無理に働こうとしたって、弄ばれて終わるだけなのに。

 これ以上は無駄な労力だ、僕は全部見抜いてるって、今のうちに教えてあげておこう。自分自身に騙されて、本当の気持ちを見失う前に。


「でも、僕に告白した時さ、実はハヤトのことが好きだったんじゃない?」

「やっぱり気付いてたんだねー。諦めるって、決めてたけどねっ」


 ヒマワリちゃんは、戸惑うことなく素直に頷いた。あまりに正直すぎて面食らった僕に、彼女は笑いながら両手を合わせた。


「騙すようなことして、ごめんね? サツキが私を見てくれたら、あの二人がうまくいくかなって思ったんだ」


 あっさりとした本音の吐露に、僕は心底驚いた。あれだけ好きだと言っておきながら、隠す気さえもなかったのか……この考えなしに発言する感じ、どこかの誰かに良く似ている。自分の感情の赴くまま、全てが優しく受け入れられると信じて言葉を放つ――そんな女の子を、僕はもう一人知っている。天真爛漫てんしんらんまんぶりが重なって、胸の奥に懐かしさがこみ上げてきた。

 間違えるな、この子はオノミチリコじゃない。出会った頃の無邪気なリコちゃんは、もう世界のどこを探しても見つからないんだ。あの笑顔を取り戻してあげる前に、僕はお役御免になったのだから。

 いま目の前にある笑顔は、諦めきれない僕の初恋と、とてもよく似た色をしている。どこまで酷い話なんだ。これじゃ、突き放すこともできやしない。 


「ヒマワリちゃんらしいね。ニッシーとカメヤンは報われないけど」

「二人は私よりも可愛い彼女ができたから、おっけーおっけー」

「あー、そういう意味では僕たちの方が報われてないのか」

「でもね、今は本当に、サツキが好きなんだよ。リコを大事に想ってるサツキだから、素敵だなって思うんだよ」


 この言葉がどこまで本気なのか、全くわかったものじゃない。今だってハヤトのことを好きだろう、そう言ってやりたい気持ちもあった。

 だけど、僕は気付いてしまったんだ。リコちゃんに初めて会った時の感情と、とても似たものを抱えている自分に。今も明確に覚えている、恋に落ちる瞬間の熱さ――あの時と同じような熱が、胸の奥で存在を増し続けている。


「……そう。ありがと、嬉しいよ」


 衝動的に、目の前の細い肩を抱く。自分がどう振る舞えばいいのか、何ひとつ考えがまとまらないまま、一気に彼女との距離を詰めた。

 もう、いいんじゃないか? ほんの一瞬だけ、恋心を楽しんでも。余計なことは考えず、この衝動に従っても……そのくらい、許してはもらえないだろうか?


「リコちゃんの代わりでも、平気なの?」


 代わりは嫌だと言ってくれれば、踏み止まれるような気がした。だけどヒマワリちゃんはあっさりと、僕の耳元で「いいよ」と囁いた。


「一緒にいられるなら……それでも、嬉しい」


 その言葉を聞いた瞬間、しまった、と思った。僕を落とそうと思っていた子に、どうして僕はストッパーなど期待したんだ?

 冷静な思考ができていない。自分の中に感情の渦が生まれて、この子が欲しいとうごめいている。リコちゃんには決してできなかったことを、今の僕は強く求めている。

 相手の幸せなど無視して。

 大切な人の、身代わりにして。

 そうして僕たちは、ほんの一瞬だけ、不毛な恋の真似事をする。嘘つき同士が騙し合う、かなり悪質な恋愛ごっこだ。


「本当に、報われないね」


 ヒマワリちゃんは何かを言いかけていたけれど、強引に唇を重ねた。これ以上は何も聞きたくなかった。ベンチに彼女を押し倒し、ヤケクソのように唇を貪って、大きな胸を弄んだ。

 シンプルなワンピースをたくし上げ、服の中に両手を潜らせ、彼女の胸をみっちりと包むブラの中へ強引に捻じ込むと、ヒマワリちゃんが大きく息を吐いた。構わずに胸の先端を捏ね続け、彼女の反応を眺めていた。

 刺激するたび、面白いように身体が跳ねる。スイッチを押すと動くオモチャみたいだ。いつだって弾けるような笑顔を見せる彼女が、今はひどく苦しそうに声を押し殺し、海老みたいにのけぞって腰を震わせている。ワンピースはすっかり捲れ上がって、白いお腹も可愛い下着も、普段隠しているものが丸出しだ。その姿が何とも滑稽で、眺めているのが辛くなって、僕は彼女を抱きしめた。


「タケルぅ……好きっ、わたし、タケルが大好き……っ!」


 甘い声で名前を呼ばれた瞬間、僕の心の奥底で、正体不明の何かがパキンと折れた。

 どうせ嘘のくせに。

 どうせ自分さえ騙してるくせに。

 どうせ、君も、僕のことなんかどうだっていいくせに!

 思わず目を閉じた僕の視界に、出会った頃のリコちゃんが浮かぶ。彼女は昔と同じ笑顔で、昔と同じ言葉を発した。


『メイくん、大好きだよ!』


 いつだって、その真っ直ぐな一言を求めていた。恋じゃなくても構わなかった。彼女が周囲に与える愛は、一度だってまがい物なんかじゃなかった。

 オノミチリコは、僕を導く光だった。

 君が欲しい。独り占めしたい。世界中の誰よりも、君を愛しているのは僕だ――伝えられなかった言葉を、まぶたの裏にいる彼女へ叫びたかった。だけど僕はもう二度と、オノミチリコを求めることは許されない。それが僕の選んだ道だ。どれだけ想いが溢れようと、二度と彼女へ向けてはいけないのだ。

 この恋心を、くすぶり続ける欲求を、どこかへ捨ててしまわなければならない。

 目を開くと、自分を使えと言わんばかりの、不器用で健気な嘘つきがいた。


「……僕も、大好きだよ」


 僕は、目の前の愚かな女の子を、捌け口として使うことに決めた。

 可哀想なヒマワリちゃん。こんな男を選んだばっかりに、女性としての尊厳まで傷付けられてるのに……本人が、それを望んでしまっている。

 せめて、できうる限り尽くしてあげよう。僕にできるのはその程度だ。本気で愛してもらえるような男になんて、僕は一生なれないから。


「似たもの同士、一緒に仲良くやって行こうね」


 耳元で甘く囁いてあげると、うれしい、と消え入りそうな声が聞こえた。微かに震えるその声が、彼女の不安を伝えてくる。

 大丈夫、ひとりぼっちにはしないよ。お互い本気で騙し合って、幸せなのだと思い込んで、選んだ道を仲良く歩いて行こうじゃないか――健気な君が願う未来を、僕も一緒に目指してあげる。

 君が離れて行くその日まで、精一杯、君を好きになる努力をする。

 僕は最低な男だけれど、それだけは、約束するよ。

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