【ヒマワリ:過去編】ヒマワリとハヤブサ②
自分がソウジの腕の中にいて、彼女にしたいと言われてる。今の状況が、現実のことだと思えなかった。ソウジをそんな目で見たことが一度もなくて、どうしていいのかわからない。
「俺、ガキの頃から、ずっとお前のこと好きなんよ。知っとった?」
「し、知らない。だってソウジ、彼女いたじゃん、年上のっ」
「あれは彼女やない。なぁ、俺の事、嫌いやないよな?」
「それは……嫌いじゃないけど、でも」
「でも、なんて続き、別にいらんやろ。そのまま好きになるかもしれんよ、ちょっと試してみ?」
キスしよ、と耳元で囁かれた。軽いのか、軽いフリをしているのか――たぶん、フリをしているんだ。いつだってソウジは何かのフリをしている。強いフリ、悪いフリ、軽いフリ。
「えー、他に好きな人がいるから、そういうの困るよー」
「知っとるよ、ハヤトが好きなんやろ? でもアイツは、お前を妹としか思っとらんやろが。やめとけって、あんなヤツ……!」
できるだけ明るく断ろうとしたのに、ソウジは否定できない現実を叫んだ。
「なんでハヤトなんよ、なんで俺やないんよ……なぁ、俺でいいやんか!」
力任せに抱きしめてくるソウジを、私は必死に両手で押し戻した。
「や、やめてってば!」
「うっさい! こうでもせんと、ヒマワリだって、俺を男と思ってくれんかったよな!? 少しくらい、こっちを見てくれたっていいやろ!」
かなしい、と叫ばれたみたいな気がした。
好きな人に意識してすら貰えないのは、すごく悲しい。そのことを、私はとてもよく知っている……私と同じように、ソウジもずっと悲しかったんだ。
もしも私が気付いていたら、そして応えてあげられたなら、ソウジは不良になんかならなかったんだろうか――そう思った途端、私はソウジを拒めなくなった。
抵抗しなくなった私を見て、ソウジも急におとなしくなった。
「ヒマワリ……なぁ、俺と、してみよ」
「……うん」
「そしたら、こっち来ぃ」
ソウジは緊張した声で、倉庫の中へ私を誘った。普段のオラついた感じはなくて、声が震えている。私は何も言えないまま、ソウジと一緒に仄暗い倉庫の中へ入り込み、積まれた藁の上に座った。
「嫌な時は、ちゃんと言わないかんよ……大切に、するけん」
ソウジは私を抱きしめて、髪の匂いを嗅いだ。
愛おしくてたまらない、そう言われているような気がした。
この想いを利用するなんて、人としていけないことだ……このままじゃ私は、取り返しが付かないくらい、ソウジにひどいことをしてしまう。
「ソウジ、私、やっぱり……」
「嫌?」
「そうじゃないけど、だけど」
「やったら、俺はやめんよ」
温かい手が私の頬を包んで、反射的に目を閉じた。少し間があって、吐息がかかって、そして唇が触れた。
誰かに求められるって、こんなにも優しいことなのかと、衝撃だった。
ソウジは私をゆっくりと押し倒し、息を荒くしながら音を立てて唇を吸い、片手で器用に私のコートを脱がせて、制服の上から胸を触った。女の子に慣れてるソウジは、触れるべき場所を間違えたりしない。ああ、これがハヤトだったら――頭の中に浮かんでくる顔を、私は必死で振り払った。
しばらくして、ようやく唇を離したソウジは、何を言うよりも先に「ごめん」と謝った。
「俺、これ以上はできんわ……ヒマワリの相手は、俺じゃないんやな」
ソウジは子供の頃みたいに、泣き出しそうな顔をしていた。
ハヤトを重ねてしまったことを、見透かされたのに違いなかった。
「ソウジ……ごめん、私のほうこそ、ごめん、ごめんね」
「いちいち謝んなって。俺らはただ、試してみただけなんやからさ」
ソウジは笑ってくれたけど、それが余計に辛かった。私たちは、元のような友達に戻れるのだろうか……それとも、これっきりなのだろうか。
その時、外に誰かの気配がした。
「ソウジてめぇ、ヒマ助に気安く触ってんじゃねぇぞ!」
ハヤトの声だった。
開いたままの倉庫の扉から、自転車に跨ったままのハヤトが中を覗いている。今ここで、私たちが何をしていたのか、ハヤトは見てしまったんだ。
「あぁ? ちょっとチューしたくらいでわめいてんじゃねーよ、童貞ちゃん」
「年中サカってるお前と一緒にすんな! ヒマ助はなぁ、お前みてーに軽くねぇんだよ!」
自転車を放り出して中に飛び込んできたハヤトは、ものすごい勢いでソウジを殴り飛ばした。
「このサル野郎、マジでぶっ殺す! つーか死ね、今すぐ死ねクズ!」
「誰がサルだコラァ! 俺にケンカ売って無事に帰れると思うとるんか!」
「んなもん知るか! そっちこそヒマ助に手ぇ出してタダで済むと思うなよ!」
こんなにも汚い言葉で怒り狂うハヤトを見るのは、初めてだった。私のために、本気で怒ってる。自分に向けられた敵意は、全部スルーしてきたヤツなのに……こんな時なのに、ハヤトが私のために怒ってることが、すごく嬉しくてたまらなかった。
「よえークセにイキっとんじゃねぇぞ!」
掴みかかったハヤトの右腕を、ソウジは簡単に捻りあげた。ケンカなんかしたことないハヤトと、ケンカばかりしているソウジでは、勝負にならないのは明白だった。
「お前、右手ダメにしたらいかんのやろが。ケンカは相手と手段を選びやい」
「うるせぇ、折るなら折れ! その代わり俺は不良の仁義とか知らんぞ、何もかも駐在に喋るからな!」
「おーおー、さすが優等生の言うことは違うわぁ」
ソウジは薄笑いを浮かべて、ハヤトの腕を掴んだまま、私の方を向いた。
「ま、俺ぁ人間じゃねぇらしーけんな。ノーカンノーカン、全部忘れろや」
軽く言い切ったソウジは、ハヤトの手を離して立ち上がった。その足に掴み掛かろうとするハヤトの、左の肩を蹴り飛ばした。
「じゃーな、ハヤトの鬼嫁ちゃん」
ソウジが倉庫から出て行くと、すぐに原付の走り去る音がした。
きっと私たちはもう、今日みたいに夜道で会ったとしても、言葉を交わしたりはしないのだろう。
ハヤトを好きなままの私に、寂しく思う資格はない。
それなのに、涙が出た。
しばらくの間、仄暗い倉庫の中で、私はハヤトにしがみついて泣いた。
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