人生初のドレス選び

働気新人

出会いは突然〜店員さんに話しかけられるとびっくりするよね〜

「お、おい、はな! 俺こんなところに居てもいいのか? そろそろ閉店だろ? 服のセンスがない俺はいない方がいいんじゃないか?」

「お兄ちゃんきょどりすぎ、キモい。あと、私がお兄ちゃんに来て欲しいって言ったのは服選ぶセンスあるからだよ。時間は大丈夫だよ!」

 妹に連れられておしゃれなショッピングモールに来たが、俺おしゃれじゃないぞ!? こんなとこ今時女子大生ののはなが来るところだろ? なんで俺だったんだよ! 友達でもよかったろ!

「いいから、成人式のドレス選んでよ。私センスないからさ」

 きらびやかかつ、大人っぽいドレスが並ぶ店内に引っ張り込まれる。

 白や黒、ネイビーで袖があったり、袖がなかったり、胸元が開いていたり、ゆったりしていたり、とても見慣れない布の森が展開されている。

「どれが私に似合うかな?」

「俺しらねぇよ。まあ、あえて言うなら黒かネイビーじゃないか? あんまり大胆なのは身長的にアンバランスだからやめたほうがいい。あと髪を青く染めたから、青系統でまとめてもいいかもな、あとスタイルいいから体の線出してみてもいいかも」

 思ったことを適当に言っていく。こんなんでいいか妹よ。

「ほうほう、さすがオタクから陽キャになろうとして、中途半端に知識を付け、あとはセンスでどうにかなったお兄ちゃんだ」

 もっともらしい顔をしたはながさらりとバカにしてくる。

「バカにするなら帰るわ」

「待って! ごめん! 待ってよ!」

 妹を引きずりながら店の外に出ようとした時にふと一着のドレスが目に入る。

「ん? お、あのドレスいいんじゃないか?」

 俺が目をつけたのは端の方にハンガーでかけられたネイビーのドレス。袖がなく、胸元によくわからない布がふわふわしており、腰あたりについている白いリボンがワンポイントとして映えている。

「お客様、何かお探しですか?」

「うわぁ!」びっくりした、店員さんか。後ろからそっと声をかけないで欲しい、思わず叫びそうになったじゃないか、全く。俺に常識があったからいいものを。

「お兄ちゃん驚き過ぎじゃない? そんなうわぁ! って情けない声あげて、よくしたり顔で来たね。ぷぷー」

「こんなに驚かれるお客様初めてですね。ふふふ。何かお気に召したものはございましたか?」

 え? 俺声出てたの。めちゃくちゃ恥ずかしい。はなにも店員さんにも笑われちゃうし。もう帰りたい……。

「あ、お兄ちゃんこのドレスいいと思ったんだよね?」

「ん? ああ……」

「そんなしょんぼりしないでよ。あ、成人式の同窓会に出席するんですけど、それでこのドレスはどうかなーって思ってました」

 はなが店員さんと話が盛り上がっている。俺絶対場違いじゃん。帰りたい……。もう早速帰りたいモードですよ全く。

「ああ! 意思疎通がまともにできる! ありがとうございます。最近さる、ゴホン! いえ、何もおっしゃってくれないお客様が多くて……。私、泣きそうです」

 なんだこの店員さん!? 癖が強過ぎない!?

「そんな! 店員さんの方が、オススメできたり、すごいですよ! 私、アパレルショップでバイトした時心折れちゃいましたもん! お兄ちゃん! またここ使おうね!」

「は? いや、お前他になんか使い道あるの?」

「ない!!」

 この妹もクセが強い、真人間はもしや俺だけか……?

「お兄さんなんですか? おしゃれですね!」

 ターゲットが俺になった。おしゃれなのか……? やっぱりぃ!? なんては思わない……。ご機嫌取らなきゃいけないからそう言っているだけなんじゃないか? オタクにファッションは難しい。

「え、ありがとうござい」

「妹のためにわざわざドレス選びに来てくれるお兄さん! 優しくておしゃれでいいお兄さんなんですね! ドレスなんて私の歳でやっと着るかどうかですよ! お客様の倍くらい生きてますけど、年に1回、多くて2回とかですからね。そんなに何着もいらないですよ、パーティーなんてセレブのお遊びなんですから!」

 だめだ、この人。すごい鬱憤溜まってそうだ。マシンガントークが止まらない。

「そうですよね! あ、お兄ちゃんのオススメでこのネイビーのドレスいいかなって思ったんですけど、これに合わせる上着みたいなのってありますか?」

 はなってこんなにコミュ力高かったかな? 会話を自然につなげていってる。

「そうですね、ボレロ、ショールをうちではメインで扱っているんですけど、どちらのタイプがよろしいですか?」

「「ボレロ?」」

 俺とはなが同時に聞き返すと、店員さんが「ああ、そうですよね。持ってきますね」と言い残して店内を歩き回って何着か持ってくる。

「ボレロっていうのがこういう、短くてジャケット調になっているドレス用の上着のことを言うんです。これですと、お色はゴールドなんですけど、お選びいただいたドレスと合わせるとグッと大人っぽい印象になりますね。こっちのショールだと若くて華やかな印象になります。結婚式でもないのでそこまでかっちりしたものをお召しにならなくても大丈夫なので、私はショールをオススメしたいです!」

 力強い宣言に思わず頷く。なんなんだこの勢いは。すごくない? びっくりなんだけど。

「お兄ちゃん、どっちがいいかな?」

「ショールの方がいいと思うぞ。あと、店員さんに聞いた方が間違い無いんじゃないか?」

「お兄さん、いえ、うちのアドバイザーさん。とても慧眼です。こちらゴールドとシルバーがございまして。シルバーですと少し青みがかったものをこちらにお持ちいたしました」

 この店員さんのコミュ力が一番びっくりだ。アパレルの店員さんってどうしてこんなにコミュ力高いの!?

 あ、シルバーだな。間違いない。

「シルバーの方がいいな」

 店員さんがゴールドとシルバーを掲げた瞬間に口から言葉が出る。

「うん、私もシルバーがいい」

 頷くはな。

「そうですよね! 私もシルバーの方がお似合いだと思ってました!」

 速攻ゴールドをショーケースの上に置く店員さん。レスポンスはっや!

 シルバーのショールをハンガーにかけたドレスの肩あたりにかけ、説明しながらゴールドのショールを目にも留まらぬ速さでたたんで行く。

「こちらのショールなんですけど、目の細かさがございまして。今持ってきたのは三つあるうちの真ん中のタイプで。一番細かいのですと、大人の女! って言う印象に変わるんですね、一番目が荒いものですと、若い印象になり、華やかさが増すと思います!」

 畳んだ動作から流れるように目の細かいもの、洗いものと見せてくれる。すげぇ、動作に無駄がない。長年やっているんだろうなぁ。

「こちらの目が荒いタイプのものだけなんですけど、中にゴムが入っていまして、ものすごくフィット感あるんですよ。よかったら一式ご試着なさいますか?」

「お願いします」

「お兄ちゃん!? あ、お兄ちゃんが着るんじゃないよね、びっくりしたぁ。お、お願いします」

 恥ずかしそうに俺をチラチラ見るはなだが、買って失敗するより、試着して気にいるかを確認してからの方がいいだろう。

 店員さんが笑いながら俺を見つめる。なんだ? 確かに俺の顔は少し変だがそんな爆笑するほどじゃないだろう。

「お、お兄さんがご試着なさるのはびっくりですね! 私も驚いちゃいました。あ、お兄さん着ます?」

 最後にノリよく手を差し出してくれる。よし俺も手を出すふりをしてノッて行こう。

「あ、いいんですか? ありがとうございます。ほら、はな早く着てこい」

「着ない! お兄さん物凄くノリいいですね!」

 はっはっはーそんなことありますねぇ! はなを試着室に閉じ込めてから店員さんが光の速さでものを畳んでからあちこちに戻し始める。

 俺の横を通った時なんか「あ、椅子ありますよ。どうぞどうぞ」なんてどれだけ気が回るんだ? アパレル店員はそれほど人の様子とかを気にかけてるってことか。

 さらにカバンなどの小物だったり、靴まで出してきてくれる。

「何から何までありがとうございます」

「いえいえ! ここ最近で一番最高なお客さんですよ!」

 え!? 俺らが!? ぶっちゃけ頭おかしい会話してただけじゃない!?

「この前いらっしゃったお客様は私たちが声をかけても何も言わず、ものだけ持ってきて試着していいですかって聞いた上に、試着後に首かしげて出てきたんですよね。そのあともっといいのないですかって聞かれたんですよ。そういうのと比べたらお客様は神様みたいな存在ですよ!」

 ひどいお客さんいるんだな……。接客の辛いところ。意思疎通ができないところか。

「意思疎通できるだけで神!」

「そんなお客さん来ると、辛辣ですけど買いに来たの? って感じですよね」

「いえいえ、何しに来たの? って感じですよ」

「もっと辛辣になった!!」

 談笑しているとガチャと試着室の扉が開かれる。

「は、恥ずかしい……」

 顔だけ出したはなが真っ赤になって引っ込んでしまう。

「おーい、いいから出てこーい」

「…………どう?」

「お、似合ってるじゃん。可愛いぞ」

 明るい青の髪とシルバーの淡い色合いとネイビーの暗い色合いが混ざって、統一感がありつつ、美しく調和が保たれていると思う。

 兄妹なのにどうしてここまで容姿に差が出てしまったんだろう。

「わぁ、お似合いですよ!」

 店員さんがガチで目をパチクリさせて驚いてる。

 はなは照れ臭そうにはにかみながら上目遣いで俺を見つめる。頷いてやるとえへへと笑いながら鏡を見つめている。

 これで彼氏がいないんだから驚きだ。休みの日は家にこもり、大学が終わったら速攻で帰ってくる。

 よし、いい人を見つけてもらうためにお兄ちゃん張り切って全額出してあげよう。

「ちなみに店員さん。お値段は……?」

「あ、そうですよね、気になりますよね! ちょいお兄さんだけ耳貸してください」

『税込で六四〇〇〇円です。あのドレス、うちで一番高いんですよ。良い目をお持ちですね』

「ですよねー! そうですよね。よし! 財布財布」

 ひーふーみー。十万かぁ……。さらば諭吉!!

「買います。ドレスとショールください」

 財布の中の諭吉様をほぼ全て生贄に捧げる。ショール、一三〇〇〇円って高すぎないかな?

「え!? お兄ちゃん!?」

「ありがとうございます!」

 驚いたはなの顔も見れたし、良しとしようかな。

 さて、あと半月は色々我慢しなきゃな。

「すごい! 全額出すなんて本当にいいお兄さんなんですね。私にも兄がいるんですけど、ケチでケチで。誕生日にド◯キで買ってきたお菓子ですよ! ひどいですよね!」

 そんなお兄ちゃん愛されるわけがないだろうに。妹のために時々でいいから無理をしてやるのが、いいお兄ちゃんだと思っているからな。はなも喜んでくれてるし、本当に良かった。

「ご、ごめんね、お兄ちゃん。私、一回着替えてくるね!」

 更衣室にこもろうとするはなに手を上げながら答える。

「おう、別に謝ることなんてないよ。お祝いの時くらいは出させてくれ」

「こんなお兄さんが欲しかったと心から羨ましいです! お兄さん、彼女いるんじゃないですか?」

 グハァ!! 心に傷を負った。俺は立ち直れないかもしれない。

 良かったはながいなくて。ダブルパンチを食らって再起不能になるところだった。

「こんなにいい人なら彼女がいてもおかしくないですし。清潔感があって、服のセンスがいいですね。そのロングコートとてもよくお似合いですよ。あ、ちょうどお預かりいたしますね」

 ああ、満面の笑みで褒めてるつもりだろうけど。そんなに見つめないで。彼女いないんです。心折れちゃう。あと財布が寒くなっちゃう。

 手早く数える手際。出てきてすぐに袋に詰められるよう、ドレスにかぶせるビニールや、ショールのための布っぽい包みをすでに準備している。

 この人話しながらどれだけの作業を並行しているんだろう。アパレルショップの店員さんってお客さんの対応しながら在庫管理しつつ、商品をまとめて、細かいところに気を使ってるよね。本当にすごい。

「お、お待たせお兄ちゃん。ありがとう」

 若干目がうるうるしているはなが出てくる。どうしたんだろう?

「あ、ありがとう。お会計、少し出すよ? 私三〇〇〇〇円しか持ってないけど……」

「だからいいんだって。せっかくのお祝いなんだから。はなの成人を俺が一番祝ってやったんだって親父にドヤ顔してやるんだ」

 ふふん。親父の悔しそうな顔が目に浮かぶぜ。

「ううぅ、お兄ちゃぁん!!」

 よしよし、あと口座に入っているお金ははなの成人式当日に成人祝いとして渡す現金しかないんだ。当日が楽しみだ。

「お預かりしますね。ああ、いい兄妹ですね! 尊い……。推しになりそう」

「え? 推し?」

「うーん、推し……」

「はい、推しです」

 この真顔で頷いている人もしかして?

「ダメですね、俺たちがオタクだってばれちゃいます。どうしてもアニメとかに行っちゃうんですよね、ははは」

 きっとアイドルだったり、俳優で知っていたんだろう、うん。はなも「そうだよね?」的な目でこっちを観てるし、やはり兄妹。思考が似ている。

 あれ、いつの間に梱包が終わったんだ? ビニールに完璧に包まれた上に、丁寧に袋に入れてくれて、レジから出て袋を持ってニコニコしている。

「はい、アニメとかの方です。私も結構ガチで、昔はコスプレとかしてたんですよ!」

「「え!? ガチすぎません!?!?」」

「いやー、尊いものを見せていただきました。ごちそうさまです。あ、荷物入り口まで持っていきますね」

 あ、こっちの世界の住人だ。

「あ、何から何までありがとうございます。そして、最後の最後でとても親近感と安心感が湧きまくりました!」

 サムズアップするとノリよく店員さんもサムズアップしてくれる。

 はなは深々とお辞儀して入り口まで向かう。

「いやーとても楽しかったです! 閉店の時間がなければまだまだお話ししたいところですね! あ、今はビニールかけてるんですけど、男性のスーツとかにかけるような不織布を掛けて保管した方がいいですよ。私一回ドレスにカビ生えたことあるんですよ。ビニールって湿気がこもるんで、保管に向かないんですよね。あ、クリーニングに出した時もビニールなので長期の保存に向かないですよ」

「本当に最後の最後までありがとうございます。ほら、はなもお礼しな」

「ありがとうございます。私も楽しかったです! また必ずきますね! 買い物じゃなくてもおしゃべりに!」

「暇だったらいつでも相手してください! まともな人に飢えてるんで、たははっ!

 本日はご来店ありがとうございました。またのご来店を心よりお待ちしております」

 最後は完璧な所作で別れを告げる店員さん。

 あの人は間違いなく仕事できる。そしてるんるんのはなと並んで歩く。

「すごい楽しい人だったね!」

 声が聞こえる距離でそういうはな。わざとじゃないんだろうけど、うん。肩越しに満面の笑みの店員さんが見えた。

「ああ、本当にいい店員さんだったね。しっかりオススメしてくれたし、俺たちの話を聞いてくれたしな」

「うん!! また行きたいね!」

 大切そうに、ドレスが入った袋を抱きしめた我が妹に俺は真顔になる。

「行きたいけど、俺はおしゃれアレルギーで倒れそうだな」

 今日一番のはなの笑い声が響いた。

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