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「あのパーカー町長はフェツの大森林を切り開いて、リゾート施設を作りたがってる。『実績作り』なんだろうな。だからこの道場が邪魔だった。この道場と周辺の土地はおやじが昔買ったものだし、おやじは森林の開発反対派だったからな」


 ヒックスがマトリが出した紙を引き寄せると、要点を書き足した。


「そしてジャドソンの役職は町長補佐で、パーカー町長の悪事にも協力している。ジャドソンは誰かに依頼して窃盗・強盗事件を起こし、その犯人をおやじに仕立て上げた」


 三人は要点を書いた紙をのぞき込んだ。パーカー町長の目的は分かりやすい。しかし、マトリはジャドソンの発言がどうも引っ掛かった。


「ジャドソンはどうしてパーカー町長に協力してるのかしら?」


「ジャドソンは『私の推薦する業者を使っていただけますか?』って言ってた。ジャドソンと仲の良い会社への便宜を図らせるのが目的だと思う」とヒックス。


「それにジャドソンは『フェツの大森林でモアが捕獲できた場合は、その業者に譲ってほしい』とも言っていた」


 ラフィキが初めて口を挟んだ。


「今日の昼にフェリータ警部補を森で見かけた時、『モアを見つけなければ、ジャドソンは金を払わないと言っている』と言っていた。カウリの樹が欲しいようなことも言っていた」


「じゃあジャドソンは単に町長のご機嫌を取ってたんじゃなくて、モアとカウリの樹を手に入れるために媚びてたのね」


 マトリはまだ釈然しゃくぜんとしなかった。カウリの樹がお金になるのは分かる。しかしモアを捕まえてどうするというのだろう?


「ジャドソンが本当に協力してるのはパーカー町長じゃなくて別の人物なのかもな」


 ヒックスが言った。


「でも今俺たちに必要なのはおやじの無実を証明するための証拠だ。モアとカウリの樹はとりあえず別で考えよう。俺は三日後の取引が何なのかを暴くのがいいと思うんだけど」


 マトリは頭がクラクラしてきた。こんなに色々なことを同時に考えたのは初めてだった。自分は何かを同時に考えるのは得意じゃないとはっきり感じて、少し落ち込んだ。


 それにモアとカウリの樹は別で考えると聞いてチクリと胸が痛んだ。


 マトリはあの金茶色のモアが言った言葉を忘れていなかった。あのモアは確かに言ったのだ、「我らを忘れないで欲しい」と。


 もしプロックトンを助け出せても森林の開発が止められなければ、あの動物たちはみな住処を追われてしまうのだろう。あの頬の膨らんだウサギやネズミたち、マトリが大好きな美しい鳥たちも、ユニークな顔つきのトカゲたちも、そしておそらくマトリの命の恩人であるモアも……。


 できることならプロックトンも取り返したいし、森林を切り開くことも中止に追い込みたい。こう主張すればヒックスは何て言うだろう?


 ラフィキなら分かってくれるだろうか。狩人のラフィキなら、フェリータ警部補が現れる前の、あの動物たちの戦慄を感じ取っただろうか。


 ジャドソンにとって厄介な品とは何かという問題に話が戻ってしまった。


「俺思うんだけど、今回の窃盗事件で盗んだ品々なんじゃないか? なあ、問屋の主人が窃盗被害にあったってラフィキ言ってたよな? 盗まれた品は確か上等の毛皮だっただろ? 他にもたくさんの人が被害にあってる。

 まさか盗んだ品々をジャドソンが使うわけないだろうし、盗品をこの町で売り捌くわけはないしな。

 もちろん証拠隠滅のため海にぶち込んでる可能性もあるだろうけど、その盗品で一儲けしようと考えてたら? だってパーカー町長は金が欲しいんだから」


 ヒックスの言葉に二人は納得した。確かに現状では盗品の可能性が一番高い。


 しかし三人はここで黙りこくった。盗品隠し場所が分からなければどうにもならない。それか秘密の取引の現場を押さえるかだ。


 その時、マトリはジャドソンたちの最後の会話を思い出した。


「ねえ、あの会話覚えてる? パーカー町長が『私の部屋で厳重に保管している。くれぐれも慎重に頼むよ』って言ってたわ。でも誰かの笑い声でその前の、大事なところが聞き取れなかったのよ」


「ああー、覚えてる。でも俺、あの時ちょっとよそ見してたんだ。近くの席でどっかの誰かさんの誕生会しててさ。チラッと見たけど、会の主役のやつ、マジでデブだった。豚みたいなやつだったぜ。ああいうやつがケーキ食ってるのって面白いよな、だって……」


「ヒックス!」


 マトリがイライラとヒックスの話を遮った。


「太ってる人だってたまにはケーキを食べてもいいはずよ! ていうか、関係ないでしょ!」


 ラフィキが突然咳払いをした。見ると、なぜか口のはじが少し笑っているように見える。機嫌は直ったらしい。


「厳重に保管してるものか……ジャドソンしか処理できないものなら、今回の強盗事件がらみのものかもしれないな」


「盗品かしら? もしそれを町長の部屋から見つければ、お父さんを解放できるのは確実よね?」


 マトリはそうであって欲しいと思いながら言った。


「いや、それはないな。そんなところに盗んだ盗品を隠すとは思えない。でもあの町長め、相当きな臭いやつで間違いはないな。ジャドソン一押しの業者からワイロを受け取るのは確実みたいだし、今回の事件と関係するものか、他の不正がらみのものか……町の金をちょろまかしてるとか! そうすると二重帳簿とか持ってる可能性も……」


 ヒックスは次々と町長が隠しているものを予想した。口では言わなかったが、その頭の回転の速さにマトリは感心してしまった。行き当たりばったりで行動して失敗するマトリと違って、ヒックスはいつでも考えてから行動した。


 正直なところ、いつもの余計な一言がなければ、マトリは何をするにしてもヒックスにまず相談するのにな、と思っていた。


「聞き逃した部分のヒントになる情報だけでも集められたらなあ……ん、まてよ。もしかしたら明日はいるかもしれないな」


「何がいるかもしれないんだ」


 ラフィキが怪訝けげんそうな顔をしてヒックスを見た。


「いや、もう少し情報収集してみないか? 俺、ちょっと思い当たる人物が……でも全く期待外れかもしれないから、変に希望を持たないでくれよ」


「そうだな……そろそろ休んだ方がいい。もう遅い」


 ラフィキがマトリの顔を見ながら言った。マトリは頭がぼんやりしてきたところだった。




 真夜中を過ぎてから三人はベットに入った。ラフィキはプロックトンが寝起きしていた部屋に泊まった。


 マトリはすこしまどろんで、なぜかその後、目が冴えてしまった。暗闇と静寂が、三人でいるときには感じない絶望感をもたらしたようだった。


 全くの突然に、父親も、生家も、慣れ親しんだ友達のような森も奪おうとしているジャドソンを憎んだ。ヒックスはどうして平気なのだろう? 


 マトリは窓辺に近づいた。古いカーテンを少し開けて外を見ると、銀色の三日月が辺りを照らしている。菜園でメーティがミミズを探しているのが見えた。キウイバードは本来は夜行性なのだ。今日は疲れたに違いない。


 しばらくメーティを見つめた後、マトリはベットに再び潜り込んだ。しかし目は開けたままだった。天井を見つめながら、一週間後もこの場所にいられることを願った。

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