No,27
「何となく、こんな気はしてましたよっ!」
「俺に怒るなって」
「……もうっ!」
マナー違反だと分かっていたが何となく持って来たタオルで、亜子は自分の体を……前面部分を隠す。こちらに背を向けているから彼に見られることは無いのだが、それでもやはり恥ずかしい。
「亜子が我慢できるなら入った方が良いぞ? 1時間しか借りてないみたいだし」
「悪意を感じます」
家族風呂へと来て早速浴場へと向かえば先客がいた。
案の定と言えばそれまでだが、湯船に浸かりのんびりしていたのは柊人だ。
「亜子もクリスに誘われたのか?」
「ですね」
「何を企んでいるんだか」
呆れつつこちらに背を向けている柊人は、ゆっくりくつろいでいる。
何となくタオルで前を隠している自分が自意識過剰なのかと不安になって来た亜子は、そっとシャワーを浴びて湯船を覗く。白濁なお湯なら大丈夫そうに思えた。
「こっち見ないで下さいね」
「はいはい」
「……」
あっさり言われると、やはり自分が思い過ぎているのか不安になる。
確かに彼とは契約して結婚している状況だ。こちらの気持ちは軽くしか伝えていない。だからこんな風な状況になっても相手にされないのも頷ける。
女性として見られていても、それ以上でも以下でもないのかもしれない。
「柊人さん」
「ん~?」
「体の具合はどうですか?」
「今のところ順調かな。こればかりは不意打ちだから仕方ないよ」
「ですか」
前回は不調になってから、少し時間を要して倒れた。実はあれは良い例らしく、本当に急に意識を失い倒れたことが過去に二度ほどあるという。
「体調が悪くなったら言ってくださいね。お兄さんにメールしますから」
「いつも済まないね」
「はいはい」
クスクスと笑い亜子は少しだけ相手に近寄る。
ジリジリと詰め寄る感じで本当に僅かだが。
「それにしてもクリスさん遅いですね」
「あれが来るわけないだろ?」
「はい?」
「何でも『ピアノの弾き語りでもやっていけそうな気がする』とか寝言を言ってたから、またロビーだろうよ」
「あはは……」
つまりは完全に嵌められたのだ。
こうして2人っきりでお風呂に入れるように画策されたのだ。
意識すると体が火照って来るので、亜子は何となく意識しないように心がける。
「柊人さん」
「ん?」
「……クリスさんって良いお姉さんですね」
「暴走気味だけどな」
「あはは……」
確かにそうだ。暴走気味で我が儘で優しい。
「なあ亜子」
「はい?」
「実は現在進行形でのぼせそうとか言ったらどうする?」
「……」
一瞬思考が停止した。
彼は今何と言って……そして湯船の中に沈み出した?
慌てて立ち上がった亜子は、彼の脇に腕を通して一気に引き摺り上げる。
下の方が見えそうになったのに気付き、急いで自分の体を隠していたタオルを乗せて隠す。
「あ~。涼しい」
「そうじゃなくてっ!」
そのまま引きずり出して赤くなっている相手の体を手で煽いで冷ます。
もしかしたら冷水でもかけた方が良いのかもしれないが、余りの温度差も良くないかもしれない。
「亜子さんや」
「何ですか?」
「……気絶しそうです」
「確りして下さい」
軽く肩を揺すって相手の意識が飛ばないようにする。
ぼ~とした表情の柊人が肩越しに亜子を見た。
「あまり動かないで欲しい」
「そう言っても!」
「……君の胸が背中に当たるんで」
「……」
一気に頭に血が上り、亜子の中で何かが沸騰しかけた。
でも歯を食いしばって我慢すると、相手の背中を抱きしめるように支え少しずつシャワーの方へと運ぶ。
最初はぬるいお湯をかけて少しずつ冷たくしていく。
しばらくすると柊人の体から赤みが消えた。
「あ~。助かった」
「もうっ!」
怒りながらも自分の体は見せないように気をつけ、亜子は彼に湯をかけ続ける。
「柊人さんの入浴って、結構命がけなんですか?」
「普段はこうならないんだけど……低温の温泉だとつい自爆するんだよね」
「止めて下さい。心臓に悪いですから」
「ん」
彼は軽く頭の位置を動かすと、亜子の胸の中心に耳を当てた。
「本当だ。鼓動が早いわ」
「……」
「また早くなった?」
「知りません。目を瞑ってて下さい。服を着て誰か呼んで来るんで」
「あ~大丈夫。だったらこのまま脱衣所まで引き摺ってって」
「分かりました」
言われた通り脱衣所まで引き摺って行く。
『しばらく休んでから着替えて部屋に戻るから』と柊人が言うので亜子はまた浴場に戻り頭と体を洗って湯船に浸かった。
ふと脱衣所を確認するとモソモソと動いている人影が見えるから大丈夫なはずだ。しばらく眺めていると彼がひょこっと顔を出した。
「部屋に戻るよ」
「あっはい」
「本当に助かったよ。ゆっくりして行ってね」
柊人の姿が消えしばらくたってから亜子は深く深く息を吐いた。
色々と感情をねじ伏せて行動したけれど……思い出すと全身が熱を帯びて赤くなって来る。
改めて自分の行動を思い出し……何度も水面を叩いて恥ずかしさを誤魔化しだした。
結果、今度は亜子がのぼせ気味で湯から這い出ることとなった。
(C) 甲斐八雲
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