No,26

『自白すれば許してやる』

『失礼ね。私が何をしたと言うのよ?』


 姉の供述を受け、柊人は黙って修学旅行中お世話になるはずのホテルを指さす。

 何台も観光バスが止まり、何故かそのバスに自分の学校の生徒たちが乗り込んでいるのだ。


 絶対に何かおかしな力が働いたのだと理解出来る。

 犯人らしき人物は顔を背けて口笛を吹きだした。上手いのが余計に腹立たしい。


「柊人さん」


 トコトコと駆けて来た亜子に彼は視線を向けた。


「どうだった?」

「はい。何でもホテルの水道設備にトラブルが発生したとかで、急遽別のホテルに移動することになったそうです」


 担当教諭に事情を聴きに行った亜子が戻りそう説明をしてくれた。

 うんうんと頷いた柊人は改めて姉を見る。


『何をした?』

『え~。知らないし~』

『嘘を吐け。このトラブルメーカーが』

『それはシュウトだし~』


 軽い口調でそう言って来る相手が本当に腹立たしい。

 とりあえず彼女のマネージャーに苦情のメールを入れつつも、柊人たちは素直にバスへと向かう。


「クリスさんが来ませんけど?」

「心配するな。あれが大人しく帰るものか」

「ですよね。なら何をするんでしょうか?」


 周りの気遣いでまた同じ座席に横並びになり、亜子は出来るだけ相手を意識しないように心がける。

 フリフリと可愛らしく手を振る姉に見送られ……バスは移動を開始した。




「柊人さん」

「あれがクリスだ。納得しろ」

「……」


 呆然とした感じで亜子は窓の外を見つめる。

 見送ってくれたはずの姉の出迎えを受け、バスは無事に本日の宿へとやって来た。


 先に教諭たちが下車し、ホテルに確認を取る。

 事前に連絡が届いていた様子で受け入れは完璧だ。

 だからこそ柊人は共犯がいると察し、苦情したためたメールを学校長へと飛ばした。


「hello」

「……」


 亜子がバスを降りると、クリスに出迎えられて抱き付かれる。

 何故か数人の男子生徒が羨ましそうにしているが、相手の中身を知る亜子は言いようの無い感情を抱えるのみだ。


「どうやって?」

「普通にタクシーで」

「どうしてここに?」

「私の宿泊先がここなのよ。奇遇ね」

「……」


 やはりこの人が裏で色々と手を回したのだろう。

 最初から諦めている柊人に倣い、亜子も諦めた。


『2人して変な顔をしない。別に最高の宿に泊まって欲しかっただけよ』

『お前が一緒に泊まりたいからだろう?』

『ん~』


 何かを誤魔化しクリスは先にホテルへと向かう。


 はっきり言って修学旅行などで宿泊するレベルのホテルには見えない。

 見えないのだが……どうも今夜からここに泊まることになるらしい。


「柊人さん」

「何だ?」

「柊人さんのご家族っていつもこうなんですか?」


 流石の亜子も文句の1つも言いたくなって来た。

 言われた柊人は軽く頷くと、ポンと亜子の肩に手を置いた。


『君の家族だ。諦めろ』

「英語で誤魔化さないで下さい」

「諦めろ」

「思いっきり短くなってませんか? ねぇ?」


 言い寄る彼女から逃れるように柊人もホテルへと向かい出した。




 豪華な食事。広い大浴場。無料で使用できるホテルの各種施設。

 至れり尽くせりを堪能するクラスメートたちとは別に、亜子の疲労はピークに達していた。

 行く先々でクリスが湧いて出て来て色々とちょっかいをかけるのだ。


 イジメでももう少し優しい気がする。


 何より彼女の妨害でお風呂にも入れず……フロントのロビーでクリスから渡されたクロスワードを解きながら、亜子は『ヤン〇ーゴーホーム』とブチブチと呟き姉を呪っていた。


 あと少しで終わりそうなクロスワードを見てため息を吐く。

『やり始めたら日本語が分からなくて。出来たら今夜中に解読して欲しいの。宜しくね』と気軽に渡された物のだ。


 本当に自由過ぎて困る。さっさと部屋に籠った彼の選択が正しかった気がする。


 そんな問題児は何故か学年の男女に囲まれている。

 ロビーに置かれているピアノで弾き語りをしているのだ。綺麗な歌声が詐欺にすら思えて来る。


「苦労してるな」

「柊人さん」

「差し入れ」

「ありがとうございます」


 受け取ったお茶のペットボトルを開いたひと口飲む。

 彼に倣い亜子も何となく視線をピアノへと向ける。


「クリスさんが一番楽しんでませんかね?」

「だろうな。アイツは学校にあまり行ってないしな」

「はい?」

「あっちは撮影とかが続くと学校じゃなくて撮影現場で勉強を習うんだよ。だから学校に行ってなくても修学は進むけど、学校自体の思い出は無いだろうね」

「……」


 そんな説明を受けると、可哀想にも思えて来る。


「ただあれの場合は全力で楽しんでいるだけだろうけど」

「ですよね。クリスさんはそう言う人です」


 そっちの方がやはりしっくりとして、亜子は大きく頷いた。




「家族風呂ですか?」

「そうよ。私のせいでお風呂入れなかったんでしょ?」

「はい」

「だから家族風呂を借りたから、そっちに入りに行きましょう」


 姉からお風呂に誘われること自体に文句はない。文句は無いが、姉と一緒に風呂に入ることが拷問なのだ。具体的に言うと相手のスタイルの良さを見せられるのが同性として本当に辛すぎる。


 でもお風呂には入りたいので断る気も無い。


「先に行ってて。シュウトがマネージャーに告げ口したみたいで連絡が来てるから、通話してから行くわ」

「分かりました」


 一度今夜泊まる部屋に戻り着替えを手にした亜子は、同室の女子が居ないことを不審に思いながらもお風呂へと向かった。




(C) 甲斐八雲

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