無闇に錯綜して交錯するトライアンフ

本陣忠人

無闇に錯綜して交錯するトライアンフ

 いつ散るハナとも知れぬ女子高生ライフも何とか二年目に突入となった。


 義務教育の延長線であり、権利の果ての義務として差し出さねばならない学業成績も――五月人形よりも美麗な首の下に引っ付いたスタイル同様伸び悩んで、梅雨時期の天気図みたく停滞の様相を無慈悲な感じに見せていて。


 そういう内外にしばしば見え隠れする自分の限界なんかが明確な光景カタチになって――曖昧ながらも漠然と――それでも、その現実リミットが確実にメンタルとそこにぶら下がるモチベーションなんかをむしばみ始めた頃。


 そんな思春期満載のダウナーに入り浸って復帰の目処メドが立ったり立たなかったりする時分と自分。

 そんな高尚な哲学を捨て置ける程の問題として――目下の目先の小さな大問題として――私には気になってる男の子がいる。


「…でさ、新譜がやべぇんだわ。多分キャリアハイの出来。つーか、マジでアルバム全体のコンセプトがジャンルを超えて凄まじく壮大でさぁ――」


 大きいとは言えない声量ながらも…内包する確かな熱と思いを感じさせる口振りと妙にセクシーな低い声で、なんとも大袈裟なジェスチャーを交えて前髪ぱっつんの美男子に話しかける彼。


「そんなに? なら聞いてみるから貸してよ」


 アシメで無造作なミディアムヘアを揺らす返信相手に――愛しい彼だけに聞こえる程度に抑えた様な囁く声音でクールに答えた親友は、スマホをズボンのポケットにしまいながら、学校未指定のさりげないハイブラ製のカバンを背負う。


 その二人は小中高と同じ学び舎を過ごした男子であって――それでいて、特にクラスの中で特別目立つ存在では無い。

 所謂、文武両道の才色兼備なイケてるトップカーストのリア充の一員では無いけれど、私みたいなイケてない地味な女にとっては…何と言うか、不遜で傲慢ながらも範囲での理想の異性。なにこれ凄い上から。何様よ私?


 とは言え、やっぱり修める成績が悪くなく――露出するルックスもブサイクでは無くて、眉目秀麗とまでは言わないまでも――どこに見せても劣悪では無い整った顔立ち。身の丈以上に更に上から目線で評すれば、そんな印象の男の子。


 そういうタイプの異性に気持ち悪い視線を隠し向けつつ、彼達の間に飛び交う日常会話に全力で耳を傾ける私。


 無造作ヘアがパッツン男子に話す内容を必死に追いかけるんだ。


「それはそうと…帰りに本屋行こうぜ?」

「え? 何かの発売だっけ?」

「あ? ちげぇよ。立ち読みだよ。立ち読み。そもそも金欠で金ないし」

「あ――まあ、暇だし…いいよ」 


 脳内でつらつらと個人的な思いを積み重ねている内に、渦中の二人(の内は意中の一人)は他愛のない会話をしながら下校の為の帰り支度を整えつつある。

 長い夕日が影を落とした教室内で指す、その中で一層存在感を見せる陽光は彼達の為のスポットライトに見えたけれど、それは恋する乙女にだけ見える盲目故の幻想だろうと思う。


 ただまあ! ここで傍観に徹してしまえば彼達は普通に帰路についてしまう。

 脳内で拡散し、撹拌かくはんした現象を収束しながら駆け巡る気恥ずかしさと自分の置かれた立ち位置。

 スペックやキャラと自らのポジションを加算して、小狡こざかしい計算を刹那の内に行う。レディトウムーブ、クロックアップ…オーバー。


 渋滞覚悟のシナプスを右往左往した結果として、ココは行くしかないとピンボケな回答がしどろもどろな仕草でカタンとポケットに転がり込む。


「こ、小磯コイソくん…。あのね、ごめん、文化祭の事でちょっと」


 イケてなくてイカしてない陰キャあるあるである気持ち悪い感じに裏返ってないかな? きちんと、女の子らしい仕草のままに――持ち得る低スペックの中で最大限可愛かわいらしい声が出せているのかな?


 そんな不安を余所に思いは振動として喉を通して世界に現出して、古びた鉄筋の中で響く。私の愛する乙女ゲームみたいにクイックセーブのチャプター単位で気軽にやり直すこととか可能かしら?


「あ? ああ…あー、いいよ。どうしたの? なんかあったっけ?」


 眩い光源ヒカリとは程遠い日陰を主たる生息地かつ主戦場とする地味な女子に声をかけられた前髪パッツン係の隠れ美男子である小磯くんは少しばかり困った表情の後に、背負ったばかりのリュックを机におろして応対してくれた。


 その整った顔立ちに浮かぶ色には一見して当惑と困惑が浮かんでいて、無関係の好男子に迷惑をかけた事が実感として心の中にかげと重りを落とす。イケメンはマジで無罪なのだ。


「あっ…マジかよタク。ならまあ、しゃーないし多忙な俺は先に帰るわ。冨安さんもまた明日な」


 竹馬の友の片割れであり、私が恋焦がれて仕方がない寅山トラヤマくんは小さく挙げた右手を節目に、アデューの一言だけを残して颯爽と教室を後にした。

 直面する口惜しさを懸命に隠しながら、その後ろ髪を見送るだけの私。本当に口惜しくて苦虫の味が全身に広がる気分。その気分はと言えば、眠って目覚めたら苦虫に変身しているんじゃないかと邪推する程だ。


 親友のハンズアップに軽く応えた小磯くんは折を見て、機を見計らってそっと囁くみたいに口を開く。


「ってな具合にコウは帰るけどさ――冨安トミヤスさんはそれでいいの?」

「うえうえ? うえ? あえ?」

「あれ? 違った?」


 その問いは彼が去ったあと。

 綺麗に揃えられた前髪の下で疑問符を投げる垂れ目は実にセクシーで、異性に真っ直ぐな目線を照射された経験皆無の私は酷く挙動不審な態度で返すしか無い。


 何とか決して図星では無いと全力でアピールしなくては!


「ななな、那覇、ナニガ? ナユのあなんし?」

「いや、こっちこそ何? それ何処の方言…ってか言語? 声音と態度によるニュアンスでしか伝わらないんだけど…」

「なんなら逆にこっちこほやに、いろはにほへと…ちりぬる――こっちこそ何?」

「いろはにほへと? いや、逆も何も正回転だと思うんだけど…」


 溜息と一緒に彼の口から出たのは知性と落ち着きを感じさせる正論で、私の未熟な人間性や社会性が際立ってしまう様に感じるのは卑屈な防衛本能だろうか?


 しかし、そんな薄壁を安安と気安く破る兵器は本当に気軽に告げられた。


「いや、だって冨安さん、コウのこと好きなんでしょ?」


 コイの呼吸みたく口を開閉するだけで二の句を告げない私から言葉を奪う第二陣。まさしく絶句。


 全てを見透かしている様で単純で繊細な乙女心を考慮していない無神経な一言。いや別に責める訳じゃないけれど、もう少し私に配慮があっても良いんじゃないのかしら? かしら? カシラァ!!


 何秒経ったのか、周回遅れの感情は蓄積されてオーバードーズ。不意に空いた穴から無様な間欠泉みたく一気に噴き出した。


「なななな? なにわ? なにが? 何が同士? 動詞手? どうして何が? 何がどうしてそうなったの?」

「また異世界言語になってるけど、どうやら正解っぽいね」

「いやいやい。いやい。いやいな? いやいや!」

「落ち着きなよ、いい加減にさ…」


 何でそんなにクールな応対なの? 思春期の男子の眼の前で女子が、(美女とは言えないけれど)それでも女子が!


 ややこしいヒステリィな癇癪かんしゃくを起こしているんだよ? 絶賛巻き起こし中なんだよ?


 体面とか体裁とか、理屈に合わない罪悪感とかは貴方にはないの?

 もっと…こう、ね? 繊細な男心からの微細な心の揺れ動きとかないの!


 ね? な! なア! なァッ??


「まあ――ね! そもそもの定義として、オチツキとか…そういうものの―――」

「あー、うん。俺が悪かった。冨安さんはコウの事を別に特別には思ってない。さっきのは失言で、失礼。遅まきながら取り消すよ」

「あっ、あ、ああ。うん…、うんうん!」


 両手を上げてホールドアップで溜息を零す少年の仕草や所作がやけに大人びて見えて、とても同い年には見えなかった。


 だけど、それは私にとって小さな劣等感の象徴たる棘の数が一つ増すだけで些事だと言える。ちょっとだけ恥ずかしくなっただけで、事態自体は好転している…はずだよね?


「でもまあ――」


 私の胸中の疑問と会話のする気の無い、曖昧な枕を苦々しい表情で零した小磯くんは、白く細い首を小さくゴキりと鳴らして苦笑いを浮かべた。


「それでも、俺のも捨てたもんじゃないって…悪いけど、そう思うよ?」

「懲りては…くれないんだね」

「正しさはどう転んでも正義だからね。心は傷むけど…止む方なしだ」


 小磯くんの適当な物言いは何と言うか学力や知性以上に、こう…別格な致命的で決定的で隔絶された人間力みたいな差を感じさせるもので、何とも言い難い気持ちになる…なのだけど!


 無知で無敵でムチムチなJKたる私はそれらの不都合を一切無視して会話を続ける。


「それで? 何の話だっけ? 如何せん、阿呆で馬鹿な私だけど、確かドラえもんのひみつ道具で一番欲しいのは何かって話だよね?」

「いやいや、もうちょいカスろうよ。少しは沿おうよ」


 困惑と混乱を足して二乗した気持ちをたんにしたせいか、少々ドリーミーな設問になってしまったが、それに対する応答は本当に嫌になる位に現実を即して、否応なしに現しているから。


 どうやら癖なのだろう――首をごきりと一回鳴らした小磯くんは数秒思案し、私の無様な話題提供にしっかりと乗ってくれた。


「敢えて乗るなら、俺が欲しいひみつ道具は四次元ポケットだけど、そんな話じゃなかったろ…」

「うわ、夢も希望も無い…クソつまんない解答こたえだね。没個性的で無個性な思考停止感溢れるテンプレ的なつまんなさだよ」

「…ん。ちなみにコウはいつか確か、タイムマシンが欲しいって言ってたけど」

「流石、寅山くん! ロマンチックで素敵な上に遊び心を含んだ素晴らしい回答だわ!」

「部外者が言うのもアレだけど、露骨に杜撰ずさん過ぎない?」


 巧みな会話テクニックについ本音を零してしまった私をなじる様な視線が最早心地良くて気持ちが良いとさえ思うね。ねぇママ、私は今日一歩大人に近付いたよ…。


 なんて、精神的かつ観念的な幽体離脱を見せている時点で、まあまあ私も大概テンパっている訳で。あり寄りの無し風なありみたいなマルマル水産的な感じ?


 だめだな。既に大体意味分かんないよ。大丈夫か、私?


 落ち込みそうになる精神に脳内でタピオカとカフェラテを投入して、自らのメンタル内の血糖値とドーパミンを高ぶらせてから恥ずかしい現実に立ち向かう。


 既に終わってる現状と終わってる現在を変えることが出来るのは私以外にいないのだから。


「ま、まあ? 露骨かどうかは肋骨ろっこつ次第みたいな所があるけれどぉ? 小磯くんが何を思おうともそれは小磯くんの自由なワケで。私の心根ナカミとは一切全然関係の無い事柄ですしおすし?」


 視線を合わせず口を尖らて、底の浅いペラッペラの論理を展開してみたが、クソみたいな持論で事態が好転する可能性はひどく低いものに思えるよ。


 さらなる悪化に身と心を備えて固くした私だが、眼前の男子は薄く微笑んみながら、「そっか…自由、ねぇ…」と意味深に呟いた。


「所で、冨安さん…冨安礼音アヤネさん?」


 切り替える様に両の指を顔の前で組み合わせながら、現状において普通フツーに初出である私のフルネームを口にする。ていうか、なにそれちょっと不思議にときめくんだけどぉ?


 そこで初めて気がついたのだけど、放課後の教室という大海に疎らな形で浮かんでいた級友たちの小島が殆ど無くなっていて――というか私達以外には無くて。

 私達以外の皆がそれぞれの放課活動に向かった事に遅まきながら気がついた。


 つまり、夕暮れのホームルームには男女が一名ずつというシチュエーション。

 そして、不意に私の名前を呼ぶ隠れイケメン…これは、そういうことなのだろうか。ちょっとヤバいってちょっと待って!


 なんだか小磯くんが二次元に変換されて、夕陽を浴びる立ち絵に見えてきた。無駄に片手で首を押さえたスチルにみえてきた。やばいこれ、急いでキャプチャーしなきゃ…じゃなくて、この後はポポポと選択肢が眼前に表示されるの?

 

 いやいやまてまて、そうじゃないしっかりしろ私!

 本当に! 乙女ゲーに脳どころか現実を侵食されてるって! もうそれ末期症状だから! 落とし神のみが知るセカイに行ってしまったら、本来の立ち位置である三次元に戻って来られなくなるから!


 究極的な葛藤の弊害か、無意識の内に顔を抑えて、妄想を排除すべく頭を振る。ついでに煩悩に満ちて火照ほてった頭脳を空冷するのだ。


 そんな私の意図はどうあれ、対面の小磯くんからすればどうだろうか?

 会話の途中でおもむろにヘッドバンギングをスパーキングしだした文字通りの頭おかしい女だ。


「ちょ、ちょっと冨安さんっ? マジで? なんで?? なにこれ大丈夫?」


 頭を抱える私の手を掴んで逆位相に揺さぶる。ぐえー。景色が揺れる。

 ともあれ、その献身的で効果的な処置の甲斐あって、少々の吐き気や目眩を伴いつつ正常に復帰。鈍痛気味に残った身体の不調はいわゆる「対価」という奴。キーミノッテデー。よし! 鎧の弟を取り返しに行こうか――!


「だ、大丈夫。うん。ちょっと何処かに次元"D"を落としただけ…幸か不幸か、もう見つけて拾ったから問題無いよ」


 意味不明なだけで意味深とは程遠い発言だったが、本気の真意はどうにかこうにか伝わったらしい。

 と信じていたいのだが、それに対する解答は喉を鳴らす様な笑い声。うわっ、目の端が笑みに歪んで凄く可愛い。


「冨安さんって――普段は物静かな割に結構愉快で、案外エキセントリックかつクレイジーで――なかなかどうして、面白い奴だよね」

「ほわ…、へ、へやっ?」

「ほら、そーいう所とかが…ね?」


 遠い銀河を根城とする光の巨人みたいな甲高い悲鳴に対する感想は、そんな銀河系をへだてる事の無い身近な慈愛に満ちたもの。


 何気ない仕草で頬杖をついて目を細めた彼は囁く様に、まるで独白のような語りをゆっくりと始める。


「コウ目当てで…君がこうして俺に話しかけてくるのも――もう何回目になるのかな?」

「え? あーね、ええ…どうだろう結構な回数…って、あれ? いやいやチガくてっ!」


 女の子らしい小さな手とパリコレモデルみたいな小さな頭を懸命に振って自身の主張を強く表現するが、先程同様まるで効果は無くて。

 きっと彼は内心、なくその胸に秘めた考えを私に告げる。


「別に否定や肯定を求めてる訳じゃない。ただの個人的な感傷と感想。別に冨安さんを困らせるつもりも意図も無いんだ」

「さよけ? んだんだ。んだらまあ…」

「つっても、流石に――真面目に、君がどこ出身なのかはちょっと気になってきたけど…マジで。越境入学?」

「越境? 通学時間は家から自転車で十分って所かな?」

「あっ。同じくらいの通学距離だね…」


 余りにも得るものの少ない会話に呆れたのか小磯くんは眉間の辺りをグリグリと抑えて大きな嘆息を一つ。

 空の教室に溶けて行ったそれで気持ちと場を仕切り直した様に彼の求める本筋に戻る。


「あーと、真意や目的はどうあれ。君が俺やコウとお喋りする機会はある時期を境に増えたと思う」

「級友と友情や親交を深めてあたためるのって素晴らしいね」

「その中の割合って言うのかな…どちらかと言えばコウと俺なら、俺の方が冨安さんと喋ってる様に感じる」


 私のおためごかしに似た相槌は完全にスルーされたらしい。まーいいけどね。全然本音じゃないし、人間関係なんて深まればそれこそ深みの泥沼にハマって身動きが取れなくなって、やがて沈んでしまう。


 けれど、それでも誰かを好きになるし、同時に好きになって欲しいと思うのは人の持つ愚かな原罪だろうか?


 それにしても同級生との軽快なトークを楽しみつつ、ちょっとばかり深いテーマの思索を行えてしまう私は賢者か吟遊詩人の才能があるかも知れないな。異世界転生した際のジョブ選びの参考にしよう。


「それでもって、結構色んな話をした」

「うん。寅山くんの好きな音楽とか映画とかファッションとかカルチャーなんかを教えてくれたよね」

「良く考えたら、ヒトの個人情報を喋りまくってんな…あっ、でも本当にプライベートな話は言ってないつもりだから、それは本人に聞いてね?」

「うん? うん、まあそうなれば良いけど、?」


 それは他愛のない疑問のつもりだった。


 単純な願望混じりの言葉。

 或いは成就を祈る小さな誓いに似た願い。


、無理かもね…」


 まさかそんな些細な茶飲み話に似た軽口成分多めの希望を想い人の親友に、即座に否定されることになるとは、流石に想像していなかった。 


 彼は丁寧に、細心の注意を払ってそれを突っぱねた。

 その本当に本当の――意味する所がこの話の肝だと言わんばかりに。


 右手を不規則に揺らして、その後に固定。拳を固めて左胸を軽く叩く。ハカ?


「それは何故かって? 分かるよ。顔に書いてある…っと、駄目だな。逃げてる」

「何の話? 私の小顔にはもうこれ以上疑問は書ききれないよ」

 

 クラスでは美人で通っている(通っていない)私の顔をホワイトボードとするならば、そんなに沢山の感情を書くスペースは無い。生憎、余白と美白は縁遠い。


 小磯くんは柔和で落ち着きのある表情に足すこと、想像できない深い色を浮かべているので、大人しく続きを待つことにする。

 

「つまり、俺が何を意図していて、何を述べたいかと言えば…」


 俺は、君が好きなんだ。


「だから、付き合ってください」


 大きくはない声量が空気を震わして、大気を伝播して、私の鼓膜を揺らして脳内へ電気信号として届く。

 人体の構造や構成には詳しくないけど、多分そんな感じ。ハガレンで見たよ。


 へぇ〜小磯くんって私のこと好きなんだぁ〜。ふーん付き合って欲しいんだって。私とねぇ…へぇ、ほーん……ん?


「せんと!」

「ゆるキャラ?」

「なっ、なんと!!」

「水鳥拳?」

「いやいや? え? 待って、今ひょっとして私コクられたっ???」

「そのつもりだけど?」


 告らせたい!

 のは誰?


 いやいや誰でもねぇーよ。告られただけだった。


 え? 告られたの? 私が? 目の前の男子から? えなに? ドッキリか? カメラとプレートをたずさえた寅山くんがその辺に隠れてんの?


「あ、一応言っとくけど、ドッキリとかじゃなくて普通に真剣マジだから。そこら辺を踏まえて返事してね」

「お、おお…」


 何で告る方がそんなに余裕綽々で偉そうなんだろうか?

 自慢じゃないが、私は同年代の異性に愛の告白なんかされた事はない。短い生涯の中で私にコクってきたのは従兄弟の女のコ(当時四歳)くらいのものだ。


 そんな私だからこその狼狽。イミワカンナイ。なんで?

 告られる要素とかモテる元素とか私の中にあるかね?


 知らんがな。


 取り敢えず、現状霧の中で不透明な原因や要因は排除してから、明瞭で分かりやすい感情を述べてみる。確かシャーロック・ホームズ先生も似たような事言ってたし、イケるでしょ!


「あ、いや…でも、その。私好きな人が…そのいるし」


 ああ〜あ、言っちゃった。普通に言葉にしちゃった。

 何で分かりやすい感情を述べちゃうかなぁ?


「そんなの知ってる。対象それが俺の親友だってことも」

「だ、だったら、どうして…?」


 数分前の彼がその口から確信を持って述べた推測はまあ――いささか不服な部分はあるものの、私の虚勢を除けば、普通に真実なわけで――ならばこそ、そこから一歩踏み込んだ先の結論に到達しないのか?


 それはどうしたって結実しようのない不毛な恋への一直線ストレートであることに至らないのだろうか?

 否、聡明な彼がそれに気づかない筈はない。愚昧ぐまいな私すらが想像出来るそこに到達しないわけがない。


 それに故に、どうしてという疑念が渦巻いて、消えない。


 一種の略奪愛やNTR願望に近しい感情なのか、それとも私がドヤ顔で「あなた達が私の翼だァ!」と良い声で叫ぶことを期待しているのか…って、いやいや限りなく不遜で不躾だし、余りにも失礼すぎだろ。本気で自省して自重しろ私。


 土台、意図が読めないにしても駄目過ぎる現状の私に差し出される新たなピース。


「コウを…いや別に対象はアイツでなくとも構わないけど。俺は恋をする君を見てかわいいと思った。なんかすげぇ好きだなって思ったんだ」


 なかなかどうして直接的的な物言いに、若干以上に左胸の高鳴りをヒシヒシながらもビシバシ感じる。

 わかり味がエモイ。つーか照れる。なんだこれ恥ずかしい。


 


「ごめんなさい。私には好きな人がいるので、あなたの気持ちにはこたえられません」


 それが終局。気持ちの終着駅。

 ブレようとれようと、幾ら流れてもこの思いは変わらない。彼の言葉を借りるなら、それが究極的に正しくて、それこそが絶対的な正義だ。


 だから、小磯くんの告白にはこう答えるしかない。

 例えどんなに酷薄コクハク残酷ザンコクでも、白黒シロクロをつけなければならないのならば、当然である。


「そっか…そりゃあまあ、よね……」


 大きな溜息に同調する様に大袈裟に身体を伸ばす彼の語調はあっけらかんとしたもので。

 逆に私の方が面食らって肩をすかされるようなものだったけど、その心に沈めたものは表面に見えるものだけが全てでは無いだろう。


 というか、ちょっとガチで気不味きまずい空気が漂って流れてくるけど、一体どうすりゃいいのよ?

 異性を振った後の正しい所作とか立ち振る舞いの正解とかあんの? シャンプーのCMみたいに髪をバサぁっと掻き上げながら、ラノベのテンプレキャラみたいに高圧的な態度を取れば良いの? ああ…違うな絶対。


 人生や対人スキルにおける経験値の絶対的な不足を理由にして次の動作を決めかねて、コマンドを上下にスクロールしっぱなしの私とは違い、振られた(振った)ばかりの小磯くんのムーブは素早く迅速だ。


「俺の方は気長に待つよ。どうやら君の思いの成就もまだ先みたいだし、次の機会チャンスうかがうことにする」

「なはぁっん!?」


 そして鞄を手に持ってそそくさと席を立つ。

 不安な発言を置き土産にまるで逃げ出す様な仕草は、さながら通り魔かテロリストのようであり、それと同時に完全に私の選択肢の外の出来事で。


 そもそも干渉できる事柄なんてタカが知れている。

 だから、私は流される様に見守るだけ。彼が教室を出ていく姿を眺めるだけ。


 私以外は誰もいなくなった寂しく寒々しい教室で物思う。明日からどうしようと。どうしろと!


 明日から小磯くんとは取り敢えず気不味いし、同時にこれまでやって来た寅山くんの外堀から攻めていく作戦の続行は難しい。

 失礼ながら、まさか外堀の方がこうにも攻めてくることになるとは思わなかった。


「う〜む。考えたところで分かる事じゃないね」


 そんな感じでひとまず結論付けて気持ちにクイックセーブ。勿論ロードなんかは出来無いけれど、気分の問題だ。帰路に着く前に内面にレポートを書くのだ。そういったメンタル面の切り替えや区切りが大事!


 そんなカンジにやや腐り気味な乙女の脳みそは主人公補正全開でご都合主義的な覚醒をする事は無くて――前後の文脈を一切無視した、気合オンリーの超常なんか有り得なくて――年齢に見合わぬ動悸のせいで微妙に痛む左胸を擦りながら精神的満身創痍で帰宅の準備を始める。


 しかし、この頃の私は知らなかったのだ。今までの話は全然序盤のプロローグにも満たない前日譚で、本編たる物語はまだまだ続くのだという事実ミライを私は知らなかった。


 具体的には私と寅山くんと小磯くんの物語ジンセイが複雑に絡んで、思わぬ形で重なって、予想外に交わる事になる…そんな素っ頓狂で破茶滅茶な未来図を甚だ想像だにしていなかった。

 それがまさか華の高校生活を飛び越えて、まさかまさか夢の大学生活にまで延長されて、末永〜く続く事になるなんて夢にも妄想にも思わなかった。


 そして、ドロドロネバネバで喉越し最悪、混迷を極めに究めた道程を経たそれが、まさかあんな『結末』に落ち着く事になるとは――。


 けれど、それはとても長く長〜くなって、とてもとても文字数とページ数を消費してしまうのでその話はまたいつか。何処か。何かの機会に。ね?

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