迫りし混沌

 その頃――

 一同が追い掛けている目標であるラメールとフランは、目的地である場所に到着していた。

 そこは、テールの森の外れにある海沿いの崖の上。――昨晩荒れ狂う天候の中、ソフィアとルイズが対決した場所である。

 しかし場所は同じでも、前回、前々回とは異なる光景が広がっていた。地面に埋め込まれている石の円から、光が立ち上っていた。

「もうそろそろ、儀式は完了する。――ようやく、あたし達の目的が達成されるね、フラン」

「……そうだな」

 その光を円の外から眺めているラメールとフラン。

「ふふ……どうしたの? 何か思い詰めてるような顔しちゃってさ」

 訊かれたフランは、重々しく口を開いて答える。

「……もうそろそろ奴等が来るじゃねぇか。自警団の連中は問題無いが、他の奴等が厄介だ。フォートリエの手先、ルイズの妹――それに、シャルロットの気配も消えちまったんだろ?」

「まぁね。死んじゃったか、どうにかして元に戻したか……そのどっちかだと思う」

「仮に元に戻っちまってたとしたら、ヴァンパイアハンターだって加勢する。そんなメンバーが相手じゃ、正直勝ち目はねぇと思うぜ」

「じゃあ諦める? 今から彼女達の元に行って、“ごめんなさい”って頭を下げる?」

 ぐいっと顔を近付けてきたラメールに対し、フランは苦笑を浮かべながら彼女の顔を押し返す。

「……冗談言うな」

「ふふ……大丈夫だよ。確かにあたし達だけで彼女達を倒す事は不可能――それはあたしも認める。でも、儀式が完了するまで足止めをするぐらいならできるでしょ?」

「足止めか……」

「十字架のお蔭で追加のヴァンパイアを召喚する事は容易い。一体一体の戦闘力は低くても、数で攻めれば少しは時間を稼げる。――それに、まだあたしの自慢の子達だって残ってるよ」

「何……? 温存してたのか?」

「うん。正直、今までそれ程のピンチが無かったから、あの子達を呼ぶタイミングも無くってさ。だから、今こそ仕事をして貰おう」

「一応言っておくが、間違ってオレを襲うような事が無いようにしろよな。お前の手下は主に似てイカれてやがるからよ」

「えぇ? 主に似てってどういう意味? ねぇどういう意味?」

 ラメールは真顔のまま口元だけ笑わせて、再びフランに顔を近付ける。フランの対応は、先程と同じであった。

「……見つめんじゃねぇ。お前の目を見てるとこっちまで気が狂いそうになるんだよ」

「あらら、それは残念……」

 フランの反応を面白がるように、ラメールはいたずらっぽく笑った。それから、彼女は踵を返して円の元を離れ、森の方へと向かって歩き始める。

「それじゃあ行こうか。最後の仕事だよ」

「……わかった」

 二人は再び森の中へ入っていった。


 そんな二人の元へと刻一刻と近付いていたのは、ソフィア一行であった。ヴァンパイアを殲滅しながらも、彼女達は確実に歩を進める事ができていた。

「――近いですね」

 グランシャリオの麓を囲っている名も無き森を抜け、テールの森に到着した所で、サクラが呟く。その一言に、ノアも反応を見せた。

「恐らく例の魔方陣の広場だろうね。この辺りで奴等に関係がある場所なんて、あそこぐらいしか思い付かない」

「魔方陣……?」

 ソフィアがおうむ返しに訊く。それにはリナが答えた。

「森の外れに、石でできた大きな円が地面に埋め込まれている場所があるの。以前は何もなかったんだけど、一月ぐらい前に、その石に誰かが魔方陣を描いたの」

 それを聞いたソフィアは、昨日シャルロットと共に訪れ、ルイズとラメールと遭遇した広場の事を思い出す。その前の日にもそこでルイズと決闘をした事も、同時に思い出した。

「石でできた大きな円って……私とルイズが戦った場所……?」

「それは知らないけど、あなたがそういうんじゃ、そうなんだろうね」

 リナはきょとんとした表情でそう返す。

「ソフィアさん、あの場所に行った事が?」

 サクラに訊かれ、ソフィアはゆっくりと頷く。

「私とルイズが、初めて戦った場所。父さんから書物を奪って逃げたあいつを追ったら、あの場所に辿り着いたの」

「なるほど……それは、昨日の話ですか?」

「うん、昨日の夜。学校から帰ったら家にあいつが居て、それで、あいつの足元に――その……」

「――わかりました。もう結構ですよ」

 辛い記憶を思い出させてしまったと思い、サクラは話を中断させてソフィアの頭をそっと撫でた。

「さて、あともう少しの辛抱です。皆さん、気を抜かないように」

 そう言って移動を再開させるサクラ。他の一同もそれに倣い、歩き始める。

 そこで、一時的に途切れていたヴァンパイアの襲撃が再び始まった。正面から現れたのは、群れを成してはいない一体のヴァンパイア。

「今更一体だけで来るなんてね」

 ソフィアが呟き、生成した光剣を射出して仕留めようとする。するとサクラが、

「――いいえ、一体だけでは無さそうです」

 と、目を細めながら言った。

「え? 他にも居るの?」

「えぇ、かなり近くに――いえ、来ます……!」

 強大な気配を察知し、刀の柄に手を伸ばすサクラ。それと同時に、正面から迫ってきているヴァンパイアの背後から、新たな個体が現れる。

 その個体は今までのヴァンパイアとは異なり、ラメールが着ているものと良く似た服を身に纏っていた。それだけでなく、ヴァンパイアのものとは思えぬ綺麗なブロンドの長髪まで備えており、一見は人間と区別が付かない容姿である。

 しかし、人間ではあり得ぬ恐ろしい速さでこちらに向かってきており、一同はそれが人ではなくヴァンパイアであるという事をすぐに察した。

「な、何あれ……速い……」

 その速度に思わず動揺してしまうソフィア。そこで、彼女の隣に居たノアがぼそりと呟いた。

「ついに出て来たか……」

 更に、リナとルナもそれぞれに反応を見せる。

「あれは……ちょっとやばいかも……」

「やばいね……かなり物凄く相当に……」

 そんな三人の様子を当然サクラとソフィアは怪訝に思い、その理由を訊ねようとする。

 しかし、二人が口を開く前にノアが先に説明を始めた。

「あれはラメールの直属のヴァンパイアだよ。なんていうか、その……主によく似ていてね……。厄介な奴なんだ」

「厄介とは?」

 サクラが訊き返す。その時、ラメールの直属であるというヴァンパイアが、先行していた個体に追い付いた。すると、ラメールのヴァンパイアは先行していた個体を突然押し倒し、牙を剥いてその個体の首に喰らい付いた。

「な、なんで……? 何やってんの……?」

 目の前で起きた仲間割れに、ソフィアは思わずそう呟く。

「奴等は見境が無いんだよ。時には主であるラメールの命令すら聞かない事だってあった。――ボクも昔、何度か咬まれた」

「奴等もラメールも、本能の赴くままに行動するだけ。まるで動物だね」

 ノアとルナがそう説明をした。

 そこで、生き血を満足するまで啜り終えたラメールのヴァンパイアが、立ち上がって一同に顔を向けた。

「今度は私達の番みたいだね」

 リナは大して焦るような様子も見せず、自分の襟足を指に巻き付けて遊びながらそう呟く。

 ヴァンパイアは一同の顔を順に見ると、ニヤリと不気味に唇の端を釣り上げた。そして、再び恐ろしい速度でこちらに向かって走り出す。

 それに対し、ソフィアが光剣を飛ばして攻撃する。ヴァンパイアは回避するような事はしなかったので、光剣は狙い通りに胸部に突き刺さる。

 しかし、それだけであった。

「し、死なないの……?」

 眉をひそめるソフィア。ヴァンパイアは一切怯むような事なく、光剣が突き刺さったまま走り続けていた。

「生命力もかなりある。ボク程じゃないけどね」

「しぶとさだけは誰よりもあるもんね」

「――うるさいな」

 ルナの一言に、ノアは不機嫌そうにそっぽを向いた。

「あなた達、仲良く冗談を言い合うのも悪くはありませんが、敵はもう目の前ですよ」

 サクラに注意され、ノアとルナは戦闘態勢に入る。

 ヴァンパイアが飛び掛かったのは、ソフィアであった。

「ッ――!」

 ソフィアは素早く横に移動して回避し、なるべく近付かないようにと思って剣ではなく槍を生成してそれを胴体に突き刺す。

 剣に続き槍が身体を貫いたが、ヴァンパイアにダメージを負ったような様子は見えない。それどころか、ヴァンパイアは一層に表情を蕩けさせ、槍が刺さった状態であるにも関わらずソフィアに近付こうと身体を前に押し進めた。

 その時ソフィアは、そのヴァンパイアの目を見て恐怖に囚われてしまう。白目が無く、真っ黒であるその不気味な瞳は、まるで目玉をり貫かれているようにも見えた。

「な、何なのコイツ……!」

 刃から柄へと身体を貫通させていき、徐々に近付いてくるヴァンパイア。ソフィアは焦燥感に襲われる。

 そこで、サクラの刀が一閃した。首が刎ね落とされ、ヴァンパイアの動きがピタリと止まる。やがて力が抜けていき、ヴァンパイアはソフィアの槍に身体を委ねて大人しくなった。

 ソフィアは安堵の溜め息と共に槍を光に戻し、刀を鞘に納めているサクラを横目で見る。

「あ、ありがとう……助かった……」

「ふふ……どういたしまして。さぁ、次が来ますよ」

「え……? 次って――」

 息つく間も無く、正面から新たに三体のヴァンパイアが現れる。通常の個体ではなく、ラメールのものであった。

「まだ居るの……?」

「えぇ。しかも、今出てきた三体だけでは無さそうです」

「う、嘘でしょ……?」

「ふふ……残念ですが、わたくしの第六感がそう言ってますので」

 顕著に動揺しているソフィアに、サクラはいたずらっぽく笑って見せる。すると、サクラの言葉にノアも同調した。

「どうやらその第六感は当たってるみたいだ。ボクの第六感もそう言っているのでね」

「あら、奇遇ですね。あなたと意見が合うだなんて」

「おい、お前の意見なんか関係無いぞ。ボクは事実だからそう言ってるだけだ」

「はいはい……。それより、少々困りましたね。これでは中々先に進めません」

「流したな、覚えとけよ。――まぁ確かに、奴等を無視するワケにはいかないから、その通りではあるけど」

「ふふ……さて、どうしましょうか……」

 言葉とは裏腹に飄々とした笑みを浮かべ、刀の柄を握るサクラ。すると、迎撃する気が満々であるそんな彼女に、リナがこう提案をした。

「ここは私とルナに任せてよ。三人は早くラメールの所に」

「あら、それは嬉しい提案ですが、お二人だけで大丈夫ですか?」

 サクラのその言葉に、ノアが提案を重ねた。

「それならボクも残ってやる。三人なら何とかなるだろう」

「そうですか。では決まりですね」

「――やけにあっさりだな。ボクの心配はしないんだな」

「ふふ……あなた方三人なら大丈夫だと思ったまでですよ」

 サクラは微笑と共にそう言って、ソフィアに視線を移す。

「行きましょう、ソフィアさん。ここは彼女達任せて――ね?」

「う、うん……でも――」

 ソフィアが見せた不安そうな表情を見て、サクラはくすくすと笑ってこう言った。

「ふふ……あなたは本当に心配性な方ですね。彼女達なら大丈夫ですよ。長年連れ添っている仲良しな三人組ですから、共闘すれば相手が誰であろうと負ける事は無いでしょう」

「おい、あまり適当な事を勝手に――」

「それでは、よろしくお願いしますね、お三方」

 ノアの抗議に聞く耳すら持たず、サクラはソフィアの手を掴んでその場から離れていった。

「全く……相変わらず食えない奴だな……」

 離れていくサクラの後ろ姿を忌々しそうに見送りながら、舌打ちをするノア。そこに、リナとルナがやってくる。

「そういうあなたも、相変わらずだよね」

「――どういう意味だ、リナ」

「冷徹ぶってるけど、どこか甘い。最近は特に顕著になった気がするよ」

「……何を言っているのか、わかりかねるね」

 ノアは呆れた様子で溜め息をつき、正面から向かってきているヴァンパイアの元へと自ら歩き始めた。

「面白い奴。――行こう、ルナ」

「任せて、リナ」

 双子もノアに続き、戦闘態勢に入った。


 最初はサクラ達が狙われたものの、ノア達の誘導により、ヴァンパイア達はそちらへ標的を移した。その間に、サクラとソフィアはその場を離れていった。

「さて、例の魔方陣へはどう行けば良かったかしら……?」

「こっちだよ」

 森の奥地に進入し始めた所で、ソフィアが先導する。

「この辺りの土地勘はあなたの方が優れていますね。ついていきますよ」

「――戦闘の時はよろしく頼むよ」

「ふふ……お任せ下さい」

 しばらく進んだ所で、見覚えのある獣道への入口が見えてきた。

「あそこだよ。あの道を抜けた先に――」

「何があるのかな?」

 ソフィアの話を遮ったのは、ラメールの無邪気な声であった。

「――全く次から次へと」

 ふうっと溜め息をつきながら、刀に手を伸ばすサクラ。獣道の先から、ラメールとフランが現れた。

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