蘇りし混沌

「わかってると思うけど、この先へ行かせるワケにはいかないよ」

「今すぐに引き返すか、この場で死ぬか、選ばせてやる」

 二人の言葉を受け、サクラは不敵な笑みを浮かべる。

「それはそれは……わざわざご丁寧にどうも。しかし生憎ですが、あなた方の言葉を聞き入れる気は微塵もありません。何を言われても、引き下がる気はありませんよ」

「へぇ、やる気なんだ。こっちには配下の子達だって居るんだよ?」

「ふふ……全員纏めて細切れにして差し上げましょう……」

 サクラは余裕に溢れた態度を崩す事なくそう言い放つ。

「できるものなら――ね」

 右手をすっと挙げ、ヴァンパイア達を呼び寄せるラメール。現れたのは通常の個体ではなく、彼女の配下である個体であった。それを確認した途端、サクラの表情から少しだけ余裕が消える。

「あら、そちらのヴァンパイアでしたか……」

 ヴァンパイア達は合計で五体現れ、ラメールの周りに集まる。主の前であるからか今は大人しいものの、いつ襲い掛かってきてもおかしくない雰囲気であった。

「流石のあなたでも、この子達相手じゃ苦戦は必至なハズ。勿論あたし達だって手加減はしないよ」

「さてね。こちらも一人ではありません。苦戦をする事になるのはあなた達の方かも……」

「あはは、面白い事を言うね。一人じゃないって言ったって、たったの二人じゃない。他にも居るって言うの?」

 嘲笑を浮かべるラメール。

 その時――

「居るわ! ここに一人ね!」

 という声が、サクラ達の背後から聞こえてきた。二人は振り返り、その声の主を確かめる。

「一人じゃないでしょうが。何適当な事言ってんのよ」

「良いじゃないの。こういうセリフを一度は言ってみたかったのよ」

 そこに居たのはシャルロットとシルビアの二人であった。

「シャルロット……!」

 ソフィアは思わず状況を忘れてシャルロットに駆け寄り、胸に飛び込んだ。

「あら、ソフィア。元気そうで良かったわ」

「――そっちこそ。心配してたんだから」

「ふふ……悪かったわ。でも、もう大丈夫だからね」

 一方サクラはシルビアの髪型に視線を結び付け、いたずらっぽく笑う。

「あら、シャルロットさんに……シャルロットさん?」

「――からかわないで頂戴。シャルとやり合ってた時に解けたのよ」

「そうでしたか……あなた方の区別は髪型でつけていたので、つい」

「服装だって違うでしょうが」

「普段は同じ修道服ではありませんか」

「――まぁ良いわ、勝手にしなさい」

 シルビアは小さく溜め息をついてから、再会を喜ぶ二人にわざと聞こえるように咳払いをした。

「あんた達、気持ちはわかるけど、後にしなさい。今は連中の相手が先よ」

「あら、何よ、もしかして妬いてるの? あなたもハグがお望みだったかしら?」

「……もう一度言うわ。今は連中の――」

「あーはいはい、わかってるわよ……もう……」

 シャルロットは“やれやれ”と溜め息をつき、ソフィアの身体をそっと離して彼女に微笑みかけた。

「それじゃ、やっちゃいましょうか」

「――うん!」

 そこで、誰かが大きな音で拍手をし始めた。続けて、ラメールの愉快そうな声が聞こえてくる。

「素敵な再会だね。感動しちゃった」

 その声に対し、一番先に反応したのはシャルロットであった。

「勿論、あなたとも再会したいと思っていたわ。早くその頭に銃弾をプレゼントしてあげたくてね」

「プレゼントか……それならそんなものより、あたしはあなたが欲しいな」

「残念だけど、私は素直な子が好きなの。だからあなたと一緒に居るのは性に合わなくて」

「あたしだって素直だよ?」

「言い換えるわ。イカれてなくて、素直な子――ってね」

「ふふ……そう言うと思った」

 口でのやり取りを終え、シャルロットは祓魔銃を構える。

「奴は私に任せて頂戴。純潔無垢であるこの私の身体を操って悪事に加担させた事に対するお仕置きを与えないと」

「純潔なんちゃらに対しての異論は後に述べるとして、それじゃあ私はあの赤髪ね」

 シルビアも祓魔銃を取り出し、シャルロットの隣に並んだ。その会話に、サクラも加わる。

「では、わたくしはどなたと戦えば?」

「素敵な目をした五人姉妹が居るじゃない。彼女達があなたを見る目、きらきら輝いてるわよ」

 シャルロットの返答に、サクラは苦笑を返す。

「輝くどころか、光など一切無いように見えますが……」

「あら、そう見える?」

「――まぁ良いでしょう。すぐに終わらせて進ぜます」

 心底から納得した様子では無かったが、サクラは刀に手を伸ばす。

「じゃあ私は――」

「あんたは、先に行きなさい」

 ソフィアに、シルビアが言った。ソフィアは驚き、シルビアの横顔を見上げる。

「先にって……私一人で……?」

「えぇ、そうよ。怖い?」

「こ、怖くなんて――」

「それじゃあ頼むわよ。儀式を止めて頂戴」

「どうやって?」

「魔方陣に傷でも付ければ止まるでしょう。自慢の剣でガリガリと引っ掻いてやりなさい」

「……わかった」

 ソフィア以外の三人は彼女の周りに集まり、ラメール達と対峙する。

「私達が道を切り開くわ。今の内に綿密なウォーミングアップをしておく事ね。辺りを一周してきても良いわよ」

 シルビアの冗談に、シャルロットとサクラも乗ってみせる。

「準備運動をするなら主に足回り、それから胴体の回旋も忘れずにね。ついでに腕回しもしておけば完璧よ」

「深呼吸も大事ですよ。身体中の血液に酸素を行き渡らせ、持久力を上げるのです」

「わ、わかったから……戦いに集中してよ、三人共……」

 強敵との戦闘を控えているとは思えない三人の態度を見て、ただただ苦笑いのソフィア。

「怒られちゃった。謝りなさい、シルビア」

「黙りなさい。――そろそろ真面目に始めるわよ」

「ふふ……了解」

 シャルロットはいたずらっぽく笑い、銃の照準越しに映っているラメールへと視線を戻した。

「それでは、先制はわたくしが――」

 ラメール達を全員巻き込むように、空間斬りを放つサクラ。ラメール達は散開して回避した後、そのまま一斉に攻撃へと転じた。

 シャルロットはラメールに、シルビアはフランに銃撃を始め、サクラは再び空間斬りを放って手下のヴァンパイア達を狙う。

「ソフィアを囲みながら前に進むわよ」

 シルビアの声を合図に、一同は敵を寄せ付けないよう攻撃をしながら前進を始める。

 敵側も負けじと一同を囲おうと動くが、二人の銃撃と一人の居合術がそれを非常に困難なものにさせていた。

 やがて獣道の入口に到着し、そこでソフィアが別れる。

「一応油断はしないように。まだヴァンパイアが残ってる可能性もあるわ」

「わかった。――そっちも、気を付けてね」

 ソフィアの気遣いに、シルビアは微笑んで小さく頷いて見せた。

 ソフィアは獣道へと駆け出し、他の三人はその前に立ち塞ぐ。

「さて、お二人さん。あとは簡単よ」

 シルビアの言葉に、シャルロットは楽しそうにニヤリと笑ってみせる。

「その通りね。あとはゆっくりと掃除をするだけ――楽勝だわ」

 アルベール姉妹はそんな態度であったものの、サクラ一人だけは異なった。

「――どうも腑に落ちません。いやにあっさりと通れた理由はなんでしょうか」

「私達が優秀だから?」

「そういう話ではありません。彼女達にしては、いやにあっさりと通してくれたという違和感の話です」

「わ、わかってるわよ……冗談に決まってるでしょ……」

 冗談を流され、不機嫌そうに頬を膨らませるシャルロット。

 サクラが抱いた違和感の理由については、ラメールの口から説明された。

「この先にもあたしの子達が居るからね。彼女一人じゃ何もできない――取るに足らない存在だから、別に通してあげても良いって思ったの」

「その油断が失態に繋がらないと良いわね」

 シルビアの返答に、ラメールは一瞬だけ表情を強張こわばらせたが、すぐにいつものように不気味な笑みを作ってみせた。

「ふふ……万に一つという可能性を危惧する必要があるとでも?」

「そう思ってるの? じゃあ今回は良い勉強になるってワケね」

「……嫌いだな。あなたのそういう見透かしたような態度」

「光栄だわ。あんたに嫌われるなんて」

 ラメールは強い歯軋りと共に形相を怒りに満ちたもの変え、シルビアに飛び掛かった。


 ――今は誰も居ぬ円の広場にて、魔方陣から立ち上っていた光が突然強くなる。光は辺り一面を包み込む程に強まった後、徐々に消えていった。

 そして消えた光と引き換えに、魔方陣の上に黒紫色の長髪の女性がどこからともなく現れる。

「……」

 その女性は自分の手の平を見つめると、妖しく口元を歪めた。

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