真の目的

 ルイズと交戦していた際に突如として現れた強大な気配を頼りに、一階通路を進んでいく二人。

「――ここね」

 通路の丁度中間地点にあった大きな扉の前で、シルビアが立ち止まった。

「この先に、何が居るのかな……」

「さぁね。ただ、これほどまでに強い気配を感じたのは、過去に一度しか無いわ」

「一度はあったの?」

「えぇ。アリスの母親――オリヴィア・フォートリエと対峙した時よ」

 ソフィアの表情に翳りが差した。

「という事は、この先に居るのは……」

「それと同等か、それ以上の力を持つヴァンパイアでしょうね」

「……」

 ソフィアは生唾を飲み込み、緊張した様子で扉を見上げた。

「――行くわよ」

 祓魔銃を手に、シルビアがゆっくりと扉を開ける。

 そこは屋敷の玄関である大きなホールと同じ程の広さを持つ、巨大な倉庫になっていた。

 その広い空間の大半を占めているのはソフィア達の背丈の倍以上はあると思われる高さの大きな本棚であり、その他には様々な骨董品や絵画かいが等が飾られていた。

 どれも価値のある品々であったが、ソフィアとシルビアはそれらには見向きもせずに、一点を見つめている。

「アリス……!」

 正面に見えるアリスの後ろ姿を見て、ソフィアが彼女の名前を呼んだ。アリスは振り返り、二人の顔を見て眉をひそめる。

「あなた達……どうしてここに……?」

 その問いには、シルビアが苦笑混じりに答えた。

「あんたの気配を辿ってきたのよ。二階に居てもわかる程だったわ」

「……そう」

「それで――」

 シルビアは言葉を切って、アリスの隣へと歩いていく。それから、アリスと対峙していた人物を睨み付けながら、言葉の続きを言った。

「――あんたは一体、ここで何してんのよ」

 その人物――シャルロットは、シルビアを見て唇の端を微かに歪めた。

 答えようとしない彼女に代わり、アリスが答える。

「この倉庫に保管してある十字架を取りにきたみたいだよ」

「十字架……?」

 ソフィアが訊き返す。見てみると確かにシャルロットの手には、手のひら大の大きさである銀製の十字架が握られていた。

 それについて、アリスが説明をする。

「ヴァンパイアの召喚に使う鍵のようなもの。それがあれば、儀式の手順を大幅に省略する事ができるの」

「そんなものがあるんだ……」

 そう呟くと同時に、“何故そんなものをシャルロットが?”という疑問を抱く。

 しかしその答えは、深紅に染まったシャルロットの瞳が物語っていた。シルビアがそれを口にする。

「ソフィアの姉も、ヴァンパイア達も、シャルを使って十字架を盗む為の囮だったってワケね」

 それから、隣に居るアリスに視線を移し、続ける。

「でも、アリスがそれに気付いた。作戦は失敗ね」

「この屋敷を彼女達が襲う理由なんて、それぐらいしか思い付かなかったから。もしやと思って来てみたら、案の定だった。――シャルが居たのは驚いたけどね」

 アリスは悲しそうな目でシャルロットを見つめながらそう言った。

 シルビアは小さく溜め息をついてから、シャルロットに視線を戻して本題へと入る。

「さて、どうするの? 私達を殺して、十字架を持ち帰るつもり?」

 シャルロットは答えずに、深紅の瞳でシルビアを見つめ返す。シルビアは続ける。

「一対三よ、あんたに勝ち目は無いわ。大人しく投降しなさい。――というか、さっさと目を覚ましなさい、この馬鹿」

 しかし、シャルロットの表情に変化は無かった。

 その時――

「あれ? まだ終わってなかったんだ」

 ソフィア達の背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。三人は一斉に振り返り、声の主を確認する。

 そこには愉快そうに笑みを浮かべてこちらを見ているラメールと、仏頂面で腕を組んでいるフランが居た。

「ちっ……厄介な……」

 シルビアは舌打ちをしてそう呟いてから、“しまった”という顔になって慌てて正面に視線を戻す。

 その時には既に、シャルロットの祓魔銃の銃口がこちらに向けられていた。

「あなた達、何をしているのかわかっているの?」

 アリスが背後の二人にそう訊いた。その問いに、ラメールがくすくすと笑って答える。

「何をしているのか? そんなの決まってるじゃない。フォートリエ様の屋敷に乗り込んで、十字架を奪いに来たんだよ」

「――ヴァンパイアの長である私に刃向かうと?」

「ふふ……あたしはね、あなたが長だなんて認めてないの。人間と仲良く暮らしましょうだなんて、ちゃんちゃらおかしい話だよ。あたし達ヴァンパイアは、人間と共存する事なんてできない。それは三百年の時を経た今でも変わらない事なんだよ」

「そんなの間違ってる……! 戦いはもう終わったの! だから――」

「終わってなんかいないよ」

 ラメールは強い口調でアリスの話を遮り、ふっと表情から笑みを消して続けた。

「あたし達は憎き人類を滅ぼす為に生み出された存在なんだから。その意向に背くあなたは、ヴァンパイアの長を名乗る権利なんか無い」

「ッ……」

 ラメールの冷徹な意見に、アリスは言葉を失う。何も言わずにただ、怒りや悲しみが混じった複雑な表情で、ラメールを睨み付けるように見つめていた。

 ――重苦しい静寂が続く。

 しばらくすると、再び新たな声が聞こえてきた。

「ラメール、どういう状況だ」

 それはルイズのものであった。彼女はラメールとフランの背後から姿を現し、ソフィア達を見て眉をひそめる。

「アリス・フォートリエに気付かれちゃったの。シルビア達もあたし達より先に来て、結果こんな状況になっちゃった」

「……この気配は奴のものか?」

「そうだよ。オリヴィア・フォートリエの力を受け継いだ存在だから、下手に手を出せば返り討ちに遭うかも」

「そうか……」

 ルイズはソフィアには一目もくれずに、アリスに視線を結び付ける。

「十字架は貰っていくぞ。フォートリエの当主よ」

「あなたがヴァンパイアである母親を蘇らせようとしているのはわかってる。――でも、あなたは一つ勘違いをしている」

「……勘違い?」

「私の配下達や、そこに居る二人のような完全なヴァンパイアなら、召喚するにおいては何も問題は無い。だけど、私やあなた達のようにヴァンパイアの血が混じった人間の場合は少し話が変わってくる」

 その話には、シルビアとソフィアの二人も意識を傾けた。アリスは続ける。

「ハッキリ言うよ。人間を蘇らせる事は絶対にできない。仮にあなたが十字架を使って母親を蘇らせたとしても、現れるのはあなたが知っている母親ではない」

「……どういう事だ?」

「人間としての面を失った、完全なヴァンパイアとして復活するの。姿形こそ瓜二つかもしれないけど、中身は全くの別人とも言える存在」

「別人……?」

「それをわかった上で、あなたは母親を蘇らせようとしているの?」

「……」

 ルイズの表情に、困惑が滲み始めた。

 そのまま俯き、彼女はしばらくの間黙り込んでいたが、やがてゆっくりと顔を上げ、アリスを睨み付けて言った。

「貴様には関係の無い話だ。私は母を蘇らせる。誰であろうと、邪魔をするのなら容赦はしない」

 いつもの威風凛然たる態度に戻り、そう言い放つ。

 しかし、その表情に微かな迷いが混じっていたのを、ソフィアは見逃さなかった。

 その時――

「アリス様……!」

 出口の方から、ノアの声が聞こえてきた。彼女はリナとルナの二人と共に現れ、目の前の状況を見て眉をひそめる。

 しかし――

「――そういうワケか」

 シャルロットの手に握られた十字架を見て、ノアは全てを察した。

「フォートリエの配下か……」

 三人が現れた事で状況は六対四となり、ルイズは忌々しそうに舌打ちをする。

「どうするの? フォートリエの当主が不安要素ではあるけど、戦ってみる?」

 隣に居るラメールが、まるで楽しんでいるかのように笑みを浮かべながらルイズに訊いた。ルイズはすぐに首を横に振り、答える。

「十字架は手に入った。ここで戦う必要は無い」

「それじゃ、そろそろお暇させて貰う?」

「あぁ。そうするとしよう」

 ルイズの返答に、シルビアが眉をひそめる。

「この状況下でどう逃げ切るつもり?」

「愚問だな」

「……なんですって?」

 ルイズはニヤリと笑って、コートの内側から閃光手榴弾を取り出し、ピンを抜いて地面に転がした。

 それが何なのかをシルビアが判断したと同時に、強烈な閃光と爆発音がその場を支配した。

「(油断したわ……あんなものまで持ってるなんて……!)」

 人間であるシルビア、そして半人半ヴァンパイアと言った存在であるソフィアとアリスは行動不能になってしまう。

 ノアと双子は無事であり、三人は出口を塞ごうと急いで動き出したが、ラメールとフランが三人に攻撃を仕掛けてそれを阻止した。その隙に十字架を持ったシャルロットが、シルビア達の隣を通り過ぎて倉庫を後にする。

 続けてルイズが出ていったのを確認すると、ラメールとフランも交戦を中断して脱出した。その際に出口の側にあった本棚をフランが倒し、一同を閉じ込める。

 直ぐ様ノアが本棚を持ち上げてどかし、ルイズ達を追い掛けようと双子と共に通路に出る。

 しかし通路には、大量のヴァンパイアが待ち受けていた。

「ちっ……小賢しい……」

 強引に突破する事も不可能では無かったが、倉庫には閃光手榴弾によって弱っているアリス達が居る。

 三人はやむ無く倉庫へ戻り、ヴァンパイア達を食い止める為に臨戦態勢を取った。


「全く、やられたわね……」

 行動不能に陥った三人の中で、一番先に回復したのはシルビアであった。彼女はノア達が交戦しているのを確認するなり、そちらに向かって戦闘に加わる。

「奴等は?」

「もうとっくに逃げた。主を放っておいてまで追い掛ける気にはなれなかったよ」

「……まぁ、仕方ないわね」

 そこで、ソフィアとアリスの二人も合流する。

「ソフィア、まずはこいつらを片付けるわよ」

「ルイズ達は……?」

「もうこの屋敷には居ないと思われるわ。だから今は、戦闘に集中しなさい。良いわね?」

「……わかった」

 ソフィアは頷き、光剣を生成する。

 一方でアリスには、ノアが慌てて駆け寄った。

「アリス様! お怪我はありませんか!?」

「大丈夫だよ。――ごめんね、ノア。足を引っ張るような真似しちゃって……」

「……何を仰るんですか。ご無事であれば何よりです。さぁ、ここはボク達に任せて下がっていてください」

 ノアはそう言ってアリスの前に立ち塞がり、ヴァンパイア達を睨み付ける。

「ありがとう、ノア。でも、私も戦うよ」

 アリスはすっと目を閉じて、その身に宿すヴァンパイアの力を覚醒させた。

「私はヴァンパイアの長――逆らう者には容赦しない」

 その場に居たヴァンパイア達は、アリスの強大な気配に畏怖いふしてぴたりと動きを止めた。

 しかし、彼女の側で固まっていた一体が痺れを切らしたように叫び声を上げてアリスに襲い掛かると、他のヴァンパイア達も再び動き出し、戦闘が再開された。

 アリスに襲い掛かったヴァンパイアは彼女が生成した魔法の光球の餌食となり、光に包まれた後に消し炭と化す。

 ――魔力を球体に具現化させて射出するという方法は、リナやラメールといった魔法を用いて戦うヴァンパイアにとって、基本とも呼べる攻撃である。また、その威力は使用者の魔力に比例する。

 アリスは力を最大限まで引き出す事はまだできていなかったが、それでも威力は他の誰よりも優れていた。それ程に、当主としての魔力は絶大なものであった。

 

 それからもヴァンパイアは次々と現れたが、ラメール達のような上級ヴァンパイアでもない限り、彼女達の堅固けんごな防衛線を突破する事は到底不可能であった。

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