血の力

 食堂にてヴァンパイア同士による激闘が繰り広げられていた一方、ソフィアとシルビアは二階の通路で次々に現れるヴァンパイア達との交戦を続けていた。

「まだ出てくる……」

 長期戦により、ソフィアの表情に疲労の色が滲み始める。

「なによ、もうギブアップ?」

 立て膝をついて息を整えているソフィアに、少しも疲労を感じさせない涼しい表情のシルビアが訊いた。

「――そんなワケないでしょ。まだ戦えるよ」

 ソフィアはむっとして立ち上がり、光剣を生成して身構える。そして、新たに現れたヴァンパイアの集団に向かって走り出した。

 シルビアは敢えて手を出さずに、彼女の戦いを改めて観察する。

「(疲労が募って動きが悪くなってるのは仕方がないと言え、それを誤魔化す為に魔法を過剰に使ってるのがいただけないわ。あれじゃすぐにバテるでしょうね)」

 シルビアの予想通り、ソフィアは最初の内は光剣を駆使して順調に戦えていたものの、敵の攻撃を回避した際に足がもつれて転倒してしまった。

 そこに襲い掛かったヴァンパイア達を素早く祓魔銃で撃ち抜いてから、シルビアはソフィアの元に歩いていく。

「見返してやろうと躍起になるのは良い事だけど、ちょっと無理をし過ぎね。いずれ死を招く事になるわよ」

 そう言って、床に座り込んでいるソフィアに手を差し伸べる。ソフィアはその手を取らずにすっくと立ち上がり、シルビアに向き直る。

「躍起になんてなってないから。別に無理もしてないし」

「そう? 足元はふらついてたし、剣の生成速度も心なしか遅くなっていたように見えたけど」

「き、気のせいだよ……!」

「なら良いわ」

 シルビアは微笑を浮かべ、煙草を取り出す。それから、通路を見通しながら呟いた。

「流石に奴等も品切れみたいね。気配が無くなったわ」

 先程の集団を最後に、絶え間なく襲い掛かってきたヴァンパイア達が忽然と姿を現さなくなっていた。

「やっと終わったんだ……」

 安堵の溜め息を漏らすソフィア。その様子をシルビアに横目で見られていた事に気付くと、彼女は慌ててわざとらしい咳払いをして話題を変えた。

「――あの子達は大丈夫なのかな?」

「あの愉快な連中なら大丈夫よ。簡単にやられるような奴等じゃないわ」

「でも、あの双子の子達なんて、戦えるようには見えなかったし……」

「見掛けに騙されちゃダメよ。あの二人、なりはあんなでも結構えげつない性格してんだから」

「そ、そうなの……?」

「えぇ。間違ってもただの子供だなんて思わない事ね」

 煙草に火を点け、煙をふかすシルビア。

 その時、通路の奥から誰かの足音が聞こえてきた。

「まだ残ってるの……?」

「――いいえ、連中とは少し気配が違うわ」

 シルビアはそう言って、火を点けたばかりの煙草を灰皿に押し込む。

 二人の前に現れたのは、ルイズであった。

「へぇ。思った以上にそっくりね」

 ルイズとソフィアを交互に見比べ、ぼそりと呟くシルビア。

「アルベール姉妹の姉の方か」

「初めまして――とでも挨拶しておこうかしら。こんな状況じゃなければ、ハグの一つでもしてあげたい所なんだけど」

「結構だ」

「それは残念」

 余裕綽々で冗談を交わすシルビアの傍ら、ソフィアは殺気に満ちた視線をルイズに向けている。

「ここに何の用があって来たの? 大勢の部下まで引き連れちゃってさ」

「貴様には関係の無い話だ」

「そう。なら別に答えなくてもいいや」

 そこで突然、ソフィアはルイズに光剣を投げ付けた。ルイズは身体を捻ってそれを避けてから、ソフィアを睨み付ける。

「何の真似だ」

 ソフィアは答えずに、光剣を生成して飛び掛かった。

 それを受け、ルイズは剣を素早く抜いて鍔迫り合いに持ち込み、今一度言葉を投げる。

「また私と戦うつもりか。今度は容赦しないぞ」

「へぇ、容赦してくれてたんだ」

「戯れ言を。していなければ、貴様などとっくに死んでいる。――剣を納めろ、時間の無駄だ」

「……黙れ!」

 ソフィアは光剣を押し出し、鍔迫り合いから脱するなりルイズに斬りかかった。

 その攻撃はルイズが少し後ろに下がっただけで空振り、結果隙を生む事になってしまう。

 すかさずルイズが袈裟斬りで反撃をすると、こちらの攻撃はあっさりと決まり、ソフィアの右肩が深く斬り裂かれた。

「ッ……!」

 思わずその場に膝をつき、痛みに表情を歪ませるソフィア。

「ちょっと、大丈夫?」

 一連のやり取りをはたで見ていたシルビアが声を掛ける。

「大丈……夫……これくらい……」

「――大丈夫そうには聞こえない喋り方ね」

 シルビアは一つ溜め息をついて、ソフィアの隣へと歩いていった。そして、腕を組みながらルイズに視線を投げる。

「仲良く姉妹喧嘩をしてる所を悪いんだけど、少し話を聞かせて貰えるかしら」

「ヴァンパイアハンターに話す事など何も無い」

「まぁそう言わずに、一つだけ教えて頂戴」

 世間話でもしているかのような軽い口調のシルビアであったが、次の言葉はがらりと鋭い声に変えて発した。

「あんたの母親の名前は?」

「――何故そんな事を訊く?」

 怪訝そうに眉をひそめるルイズ。

「少し気になっただけよ。それで、答えは?」

 ルイズはしばらく黙り込み、やがて嘲笑するように鼻で笑ってこう言った。

「答える義理は無いな。どうしても聞きたければ力ずくで来い、ヴァンパイアハンターよ」

「……面白い」

 ニヤリと笑い、銃を構えるシルビア。

「聞けば中々の実力を持っているそうね。私が見極めてあげるわ」

「それは光栄だ。胸を借りる気持ちで挑まさせて貰うとしよう」

 ルイズはそう言ってコートの内側から拳銃を取り出し、臨戦態勢に入る。

 先に発砲したのは、シルビアであった。

 射出された銃弾を左手の剣で弾き、直ぐ様銃による反撃を行うルイズ。

 シルビアはルイズの引き金を引く指の動き見て発砲のタイミングを掴み、銃弾を屈んで回避する。そのまま前に転がり込んで接近し、起き上がり様にルイズの拳銃を蹴り上げた。

 ルイズの手から拳銃が離れ、同時に僅かな隙が生じたものの、彼女はすぐに体勢を整えて左手の剣を振り、シルビアの接近を阻止した。更にそれだけでなく、剣による突き攻撃を仕掛けて攻める。

 シルビアは身体を横にずらして突きを避け、間髪入れずにルイズの足元を狙って小振りな蹴りを右足で放つ。

 蹴りは命中し、ルイズの体勢が崩れた。それを見逃さず、シルビアはたった今攻撃に使った右足をそのまま上げて、ルイズの頭部を横から蹴りつけた。

 ルイズは左手に剣を持っていた事が災いして咄嗟に腕を上げられず、防御ができずに蹴りをまともに喰らって転倒する。

 しかし、受け身を取って直ぐ様立ち上がり、追撃はされる事なく仕切り直しに持ち込んだ。

「――流石だな」

 乱れた前髪を手で掻き上げ、小さく笑みを零すルイズ。

 すると、シルビアは彼女が左手に持っている剣を見つめながら、ぼそりと言った。

「勿体ないわね」

「……何の話だ」

「その剣、片手で扱うには少し大きすぎるわ。動きが悪くなるだけよ」

「何……?」

「それに、銃の握り方も少しぎこちなかったように思えるわ。あんた、左利きでしょう? 利き手じゃない方で銃を扱うなんて、余程訓練を重ねなければできない芸当よ」

「……」

 ルイズは何も言わずに、床に転がっている拳銃を見つめた。

「さて、手合わせはこんな所で良いわね。話を聞かせて貰うわよ」

 その言葉を聞き、ルイズはシルビアに視線を戻して彼女を睨み据える。

「勘違いをしているようだな」

「というと?」

「私はまだ戦える」

 ルイズの返答に、シルビアは呆れた様子で溜め息をついた。

「――本気で叩きのめされたいのかしら?」

「その余裕がいつまで続くか、見物だな」

 そう言って、ルイズはゆっくりと目を閉じる。次の瞬間、微かに感じ取れる程度であった彼女のヴァンパイアとしての気配が、強大なものに変化した。

「――ここからが本番だ。私の力を見せてやる」

 深紅に染まったルイズの瞳に、シルビアの苦笑が映り込む。

「なるほど……そういうワケね。でも一つ忘れてないかしら? 私はあんたみたいな存在を狩る専門家だって事を」

つまずかない名馬はいない――だそうだ」

「……上等よ」

 シルビアは銃を、ルイズは剣を構えて、再び対峙する。

 シルビアが引き金を絞ろうとした、その時だった。

 目の前に居るルイズのものを掻き消す程の強大な気配が、シルビアの第六感を刺激した。その気配はルイズも感じ取ったらしく、彼女も怪訝な表情になって剣を下ろす。気配に鋭敏ではないソフィアですら得体の知れぬ感覚を覚え、辺りを見回していた。

「……あんたの配下のものかしら?」

 シルビアがルイズに訊く。

「馬鹿を言え。ここまでの気配を出せるような奴は記憶にすら無い」

 ルイズはそう答え、剣を鞘に納める。それから、床に落ちていた自分の拳銃を拾い、窓の元へと歩いていった。

「勝負は預ける。――次は負けない」

 最後にシルビアに向かってそう言い放ち、ルイズは窓から飛び降りた。

 シルビアも銃を下ろし、気配の主を確かめる為にその場を後にしようとする。

「ソフィア、私達も行くわよ」

「……うん」

 返事が弱々しい事を不審に思い、シルビアは足を止めた。

「どうしたのよ?」

 へたり込んだままのソフィアを見て、眉をひそめるシルビア。

 ソフィアはおもむろに立ち上がり、ルイズに斬りつけられた肩の傷を手で押さえながらシルビアの元へ歩いていく。

「傷、大丈夫なの?」

「このぐらいなら平気。すぐに治るから」

「……すぐに治る?」

 シルビアは耳を疑い、ソフィアの肩に視線を移す。

 傷の具合を見せる為、ソフィアが肩から手を離すと、そこにあったハズの痛々しい切創はほとんど塞がりかけていた。

「――母方の血の力ってワケね」

「その通り。私にもルイズと同じ血が流れてる――ハズなんだよね」

 最後の一言だけは、先程の弱々しい返事と同じ声調で発せられた。シルビアは目を細めてその理由を訊ねる。

「何が引っ掛かってるの?」

「同じ血なのに、私は弱くて、ルイズは強い……。私にはこの魔法の力だってあるのに、まるで手も足も出ない……」

「……」

 シルビアは小さく溜め息をついた。それから、叱り付けるような厳しい口調で言う。

「弱音なら後にしなさい。今は何が起きてるのかを調べる方が先よ」

「ご、ごめんなさい……」

 すっかり弱気になってしまったソフィアは、こんな時に弱音を吐いたりすれば怒られるのは当然か――と反省し、しゅんと落ち込みながら歩き出したシルビアについていく。

 度重なる敗北。今まで唯我独尊ゆいがどくそんを貫いてきたソフィアも、一矢も報えずに返り討ちにされた今回ばかりは、その事実に打ちひしがれていた。

 以降は会話も無く、二人は無言で通路を進んでいく。

 しかし、ホールへと続く階段とは別の階段を降りて一階の通路へとやってきた所で、シルビアが口を開いた。

「自分の力に自信を持つ事は、決して悪い事では無いの。まず始めに、それだけは言っておくわ」

「……え?」

「でも、過剰な自信は慢心に繋がる。そして慢心は油断を生む。――あんたの場合はそれ以前の問題だけどね」

「それ以前って……」

「あんたの自信は根拠の無い自信だからよ。自分の力を知りもしないで、自分は強いと思い込んでいる」

「……」

 図星を指され、俯くソフィア。シルビアは続ける。

「まずは自分の弱さを自覚する事ね。それから、鍛練を積むなり、教えを請うなりすると良いわ」

「教えを請うって言ったって、私の魔法を他に使える人なんて――」

「誰が魔法の事を教えて貰えなんて言ったのよ。あんたの魔法は主に武器の生成でしょう? それなら生成した後の動きを磨けば良いじゃない」

 シルビアはそう言って、突然ソフィアに拳を突き出す。ソフィアは反射的に目をつむり、身体を竦める。

 その反応を見て、シルビアは小さく鼻で笑った。

「――そういう基本的な事からよ。実戦で敵の攻撃に一々びびってたら、まともに戦えるワケが無いでしょうが」

「そ、それはそうだけど……」

 生返事をしてから、ソフィアはある事を思い付く。

「――シルビア」

「何よ」

 シルビアが顔を向けたと同時に、ソフィアは先程自分がやられたように拳を突き出して、彼女を試した。

 しかし、シルビアの表情はぴくりとも動かなかった。それどころか、ソフィアの拳を片手で受け止め、そのままぐいっと捻り上げる。

「い、いたたた……!」

「満足した?」

「した! したから離して!」

「そう、それは良かった。でもいきなり殴りかかるのはあまり褒められた事ではないわね。“ごめんなさい”は?」

「自分だってやったじゃん!」

「え? なに? なんですって?」

「い、痛いってば! わかったよ! ご、ごめんなさい……!」

 シルビアはくすりと笑って、ソフィアの手をそっと離した。

「お、折れるかと思った……」

「安心しなさい。折らないように痛め付けるのは得意なの。力加減は完璧よ」

「乱暴な特技だね……」

 まだ痛みが残っている手を見つめながら、ソフィアは苦笑を返す。

「まぁとにかく、これからは素直になる事ね。自分の弱さを自覚して、他人に対して変な反抗はせずに教えを請いなさい。そうすれば、少しは強くなれるハズよ」

 シルビアはそう言ってソフィアの頭にぽんと手を乗せ、くしゃくしゃと撫で回す。

 厳しい性格のシルビアが時折見せる優しい一面に、ソフィアは思わず表情を綻ばせる。

 しかし、やはり素直にはなれず、彼女はぷいっと顔を背けた。

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