ヴァンパイア・ビレッジ

 突如二人の前に現れたヴァンパイアの頭部を、シャルロットが祓魔銃で撃ち抜く。

 射出された銀の銃弾は狙い通りに眉間を貫き、ヴァンパイアを一撃で仕留めた。

 撃たれたヴァンパイアは被弾した頭部から灰になっていき、やがて姿を無くして、地面の土に取り込まれるのを待つだけの残滓ざんしと化した。

「それ……そんなに強力な武器だったんだ……」

 銀色に神々しく輝く祓魔銃の威力を目の当たりにしたソフィアは、思わず唖然としてしまう。

 すると、シャルロットはニヤリと笑ってソフィアに銃口を向け始めた。

「ちょ、ちょっと……!?」

 狼狽するソフィアを気にも留めず、引き金を絞るシャルロット。

 銃弾はソフィアの頬の数センチ横を通過し、彼女の背後に忍び寄っていたヴァンパイアの頭部に命中した。

「油断しちゃダメよ? 遊びじゃないんだからね」

 シャルロットの表情は普段通り優しげなものであったが、声には鋭さが混じっている。

 彼女らしい叱責に、ソフィアは気を引き締める一方で、シャルロットという女性の優しさに改めて好意を抱いた。

「――ごめん。そうだよね」

「ふふ……わかれば良し」

 シャルロットはウィンクをして見せる。

 ――直後、彼女の背後に一体のヴァンパイアが接近した。

 ソフィアは慌ててその事を教えようとしたが、それよりも早く、シャルロットはまるで知っていたかのように振り向き様に回し蹴りを放ち、そのヴァンパイアを蹴り倒す。

 そして間髪入れずに銃による追撃を入れて仕留めた。

「さぁ、そろそろ本腰入れるわよ」

 シャルロットはソフィアにそう言ってその場から離れ、至る所から次々と湧くように出てくるヴァンパイア達と戦い始める。

 洗練された動きで敵を殲滅していく彼女の勇姿を見て、ソフィアは光剣を握る手に力を込めた。

「(私も戦わなきゃ……!)」

 ソフィアが臨戦態勢に入った所で二体のヴァンパイアが目の前に現れ、牙を剥いて彼女に襲い掛かる。

 ソフィアは片手で持った光剣による袈裟斬りで一体を斬り捨てた後、素早く後ろに下がってもう一体の爪による攻撃を回避する。

 その後直ぐ様反撃に移り、その個体の胸部に光剣を突き刺す。そして剣を引き抜きながら、腹部を思い切り蹴りつけた。

「これくらいじゃダメか……」

 手応えはあったものの、二体のヴァンパイアは再び立ち上がろうとしている。

 ソフィアは嘆息を漏らし、指輪を掲げて光剣を更に一本生成した。

 二本の光剣を両手に構え、次なる襲撃に備える。

 ヴァンパイアは身体の傷など無いかのように俊敏な動きでソフィアに接近し、今度は二体同時に飛び掛かる。更にその時、背後からも新手が出現し、おぞましい叫び声を上げながら近付いてきた。

 後方からの襲撃にソフィアは一瞬たじろいでしまったが、すぐに判断を下し、行動に移る。

 彼女は始めに後方の一体を仕留めようと振り返り、自ら接近していった。

 向かってきた獲物に喰らい付こうと、ヴァンパイアは鋭利な牙を露にしてソフィアに飛び付く。

 ソフィアは左手の光剣を口元に押し付けて動きを止め、その隙に右手の光剣を左胸部に突き刺す。

 強靭な生命力を持つヴァンパイアであったとしても、弱点である心臓を貫かれてはひとたまりもない。結果は即死であった。

 続けて、左手の光剣を背後から迫ってきている内の一体に投げつけて牽制する。

 その光剣は偶然にも、ヴァンパイアのもう一つの弱点である頭部を捕らえた。

 右手の光剣を死骸となったヴァンパイアの身体から引き抜き、ソフィアは残る一体と対峙する。

 しかし、その個体はソフィアの前までやってきた後、何故か攻撃を仕掛けずに、威嚇をするように叫び声を上げ続けていた。

 その姿はソフィアに嫌な予感を抱かせた。

「(何……? 何で攻撃してこないの……?)」

 予感の正体はすぐに姿を現した。辺りの物陰から続々と別のヴァンパイアが現れ始め、ソフィアを囲う。

 ソフィアは舌打ちをして、集まった敵の援軍を見回す。

「(そんな知能があったとはね……)」

 慌てる事なく、現状を打破する方法を考える。

 しかし、ヴァンパイアがそんな暇を与えるハズもなく、正面に居た一体が彼女に襲い掛かった。

 ソフィアはその個体に光剣を投げつけてから、指輪の光で腰の高さ程の場所に円形の足場を一瞬で形成する。そして素早く足場に飛び乗り、その上から更に大きく飛んでヴァンパイアの包囲から逃れた。

 着地と同時に転がって衝撃を分散してから直ぐ様立ち上がり、こちらに向かって来ているヴァンパイアの集団に左手を突き出すように向ける。

 すると、指輪が光を放ち、ソフィアの周りに次々と小さな光剣を作り出した。その光剣は意思を持っているかのように、ヴァンパイア達に向かって飛んでいく。

 その結果、ヴァンパイア達は為す術もなく光剣の餌食となり、瞬く間に全滅した。

 辺りに敵が居なくなった事を確認し、ソフィアはふうっと一息ついてから、怪訝な表情になって指輪に視線を落とす。

「(感覚が戻ってる……。どうして……? この村に何か理由が……それともヴァンパイアに何か……)」

 思案に耽るソフィアであったが、離れた所から聞こえてきた銃声が、彼女の意識を現実に呼び戻した。

「(――考えるのは後にしよう。今はとにかくヴァンパイアを何とかしなきゃ)」

 新たに光剣を生成し、ソフィアはシャルロットの元へと駆けていった。


「全く、数だけは多いわね……」

 隙を見て銃の再装填を行いながら、嘆息を漏らすシャルロット。

 ソフィアも複数のヴァンパイアと交戦していたが、シャルロットの方にはそれとは比にならぬ数のヴァンパイアが集まっていた。

 既に二十体以上撃破しているにも関わらず、辺りにはまだ十体程残っている。

 しかしそれでも、シャルロットの表情は涼しいものであった。

「(何体集まろうが所詮雑魚は雑魚。――さっさと終わらせちゃいましょうか)」

 再び銃を構えるシャルロット。

 その時、彼女は突然、背筋をなぞられたような不気味な感覚に襲われる。それと同時に首の傷がじわりと疼き、脳裏に忌まわしき顔が浮かんだ。

「(な、何……?)」

 辺りを見回し、浮かんだ顔――ラメールの姿を探す。

 しかし、視界に入るのは先程からずっと交戦している下級ヴァンパイアのみであり、ラメールの姿は確認できない。シャルロットは狐に摘ままれたような気分になり、眉をひそめる。

「(気のせいだったのかしら……?)」

 溜め息をつき、自嘲するかのように小さく鼻で笑う。

 その時――

「シャルロット」

 いつの間にか背後に居たソフィアが、シャルロットの名前を呼んだ。

 疑心暗鬼に陥っていたシャルロットは、著しく動揺してしまう。

「び、びっくりした……」

「――どうしたの?」

「いえ、ちょっとね……」

 そこで、揃った二人を警戒し、辺りをぐるぐると歩き回っていたヴァンパイア達が痺れを切らして攻撃を仕掛ける。

 しかし、その一斉攻撃はシャルロットの超人的な早撃ちによって呆気なく阻止された。

「話は後でしましょうか。とりあえず片付けちゃいましょう」

「わかった」

 ソフィアは頷き、光剣を生成する。

 戦闘は再開されたが、残るヴァンパイアは六体だけであり、それからの決着は一瞬でついた。


 ソフィアの光剣が最後の一体の心臓を貫いた所で、辺りに遍満へんまんしていたヴァンパイアの気配が消え去った。

「そして残るは沈黙のみ……ってね」

 シャルロットは器用に銃を回してから、ホルスターにしまう。

 ソフィアも光剣を光に戻し、その光が消えていく様を見つめながら、戦闘の熱が冷めていく感覚をひしひしと味わっていた。

「さてと――」

 シャルロットがソフィアに向き直り、話を始める。

「ひとまず村を回ってみる? それとも、もう何か思い出してたりして?」

「記憶の方はまだ思い出せてないけど、魔法の感覚が戻ったの」

 それを聞き、シャルロットは眉をひそめる。

「――魔法の感覚が?」

「うん。理由はわからないけど……戦ってた最中に」

 見て貰った方が早いと思い、ソフィアは指輪を掲げる。

 光が放たれたかと思った直後、彼女の手の上に光で作られた精巧なウサギの置物が現れた。

「あら、上手にできてるわね。――でも、なんでウサギ?」

「――可愛いじゃん」

「なるほど」

 ソフィアの可愛らしい一面を見たシャルロットは、にこにこと嬉しそうに笑みを浮かべた。それから、自分の意見を述べる。

「戦闘の最中に、って言ってたわね。危機に面した事で、それが刺激になって感覚を思い出せたのかも」

「――結局、実戦が一番の近道になるって事か……」

 ソフィアはそう呟いた後、少し惜しそうな顔で光細工を消し、おもむろに歩き始めた。

「村の中、見回ってみよう」

「そうね」


 メティス村は、小さな家屋が四つぽつんと存在しているだけの寂れた場所であった。

 過去に漁業が盛んで賑わっていた事もあったが、年々村民が減っていき、今となっては村というよりは集落と言った方が正鵠せいこくを射ている。

 加えて、奥に見える砂浜が昨晩のハリケーンの影響で荒廃しており、その光景がより一層寂れた雰囲気に輪をかけていた。

「――ホントにここに住んでたの?」

「こっち」

 怪訝な表情で訊いてきたシャルロットの質問には答えずに、木造の平屋の元に向かうソフィア。

 開閉に耳障りな軋音あつおんを伴うぼろぼろの扉を押し開け、建物の中に入っていく。シャルロットもそれに続き、玄関をくぐる。

「中々……味のあるお家ね……」

 今にも抜け落ちてしまいそうな程腐食している床に、シャルロットは思わず苦笑を浮かべる。

 一方ソフィアは床の事など気にもかけずに、部屋の中を見回っていた。

 しばらくして、彼女は窓際に置いてあった小さな机の上に写真立てを見つける。それから、写真に映っていた人物を見て小さく呟いた。

「お父……さん……?」

 その声を聞き、シャルロットは早足で彼女の隣へと向かう。

「――今、“お父さん”って言った?」

 ソフィアは小さく頷く。

 シャルロットは彼女の視線を辿り、写真立てに視線を結び付けた。

 その写真には、ソフィアと思われる黒紫色の頭髪の少女と、黒髪の中に白髪が混じって見える中年の男性が映っていた。二人共に笑顔で、幸せそうに寄り添い合っている。

「お母さんはどうしたの? それらしき写真は見当たらないけど……」

「お母さんは――」

 ソフィアは話し始めてすぐに、言葉を切った。シャルロットは不自然に思い、彼女の横顔に視線を移す。

 すると、ソフィアの身体が突然支えを失ったかのように崩れ落ちた。

「ソフィア……!」

 シャルロットが慌てて抱き起こすも、ソフィアに反応は無い。

 ――突如濁流のように押し寄せてきた記憶が、ソフィアの頭の中を蹂躙していた。

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