Human ly

常雨 夢途

何でもない

 下町の商店街、古ぼけた絢爛、時代遅れの雑踏を越えて、通路の真ん中に突っ立つティッシュ配りの差し出すティッシュを払いのけ、さらにさらに人の河を上る。

こんなむさ苦しいところは嫌だ。俺は一刻も早く、やらねばならない。ただ、いつものバーを目指した。

 古ぼけたドアを押し、カランカランと小気味良い音が鳴り、俺は店内を見渡す。バーテンダーたちは何も言わない、見向きもしない。よく知られている。少し得意気になりながら、客を物色し、大学生ぐらいだろうか、茶髪の華奢な女を見つけた。こういう一人で飲んでいる若い女は手ごろだということを俺はこれまでの経験から知っている。

「今日はおひとりですか」

女は重そうに目を持ち上げ、俺の顔を見、どうぞというような仕草をした。促されるまま、俺は女の隣に座り、バーテンダーに「ジン・トニック!」と快活に言った。爽やかな第一印象を植え付けてやると、話しやすい。

「寂しいわ」

女は重々しいため息をつきながらひとりでに呟いた。

「寂しさは飲んで紛らわせましょう。今夜は付き合いますよ」

「ありがとう」女は言った。


 酒をたらふく飲ませてやる、無い金を使ってまで。そして出来上がってしまえばもうこちらのものだ。勘定を済まし、女に肩を貸してやる。一瞬、女特有のフワッと華やぐ香りが脳を痺れさせたがすぐに、彼女が吐く酒気が脳を嫌悪で塗り替えていく。だが、そんなことどうでもいいのだ。

行きつけのバーの近くにある行きつけのラブホテルに入り、受付の女からはまたお前かという顔をされる。それに腹が立つ日もあるが、今日はいい感じに酔えている、得意気だ。

俺は、このホテルのほぼ全ての部屋に入ったので、最早ここのアルバイトよりも内装や設備を知り尽くしているかもしれない。

女をベッドに座らせ、服を脱がせてやる。愛撫などいちいちしてやる気もなかったから、下着もまとめて脱がせて、俺はいきり立ったぺニスをつき出す。女は困惑したが、俺が頭をわし掴んでやり、無理やりしゃぶらせる。酒気かおる唾液でそれなりに濡れたら、女を適当に寝かせてやり、そして、ヴァギナにぺニスを突き刺してやる。何の感動もない、ただヤるだけだ、習慣なだけだ。だが、これがないともう俺は正気で一日を終えることができなくなっていた。女は息を荒げて喘いだ。笑えるくらい何の感動もなくただ前後に運動して、そして先っぽが熱くなって昇ってくるのを感じると、女の股に精を吐き出してやる。女は手のひらで顔を覆い隠すようにして、息を荒げていた。その後、二回射精して、俺は彼女を放ってホテルを出

た。何の感動も無い、だが、これをやらないと一日に意味を見出だせない、そう、これはただの日課だ。そういうことにして、自分に酔って、そして俺は帰路につくのだ。



 ただ、死にたい。そう思う毎日だ。そして、何で、何故生きているのだろうか、そう疑問に思う毎日だ。

 夢を追ってきた。小説、音楽、絵、好きなもので生きていきたかった。だが、世界はやはり、徳も何も積んでこなかった俺が特別になんかさせなくて、好きなものだけ見ている俺へ、代償として借金を付きまとわせている。

そして、そのうち、俺は好きなものにまで居場所を追われ始めた。もう終わりだ、俺は死に場所を探す思いで、ヤクザにでも遭遇したら喧嘩をうって殺されたいなとかふらふら考えて、商店街を歩いていたら、突然、強い衝撃が胸を襲った。散弾銃で撃ち抜かれたようだった。

よろめき、気づくと、白く細い足を見せつけるかのようにホットパンツで露出した、十代後半ぐらいだろうか、少女が尻もちをついていた。

「......大丈夫ですか?」

俺は手を差し出し、少女は手をとった。そして顔をあげた。少女は顔に包帯を巻いて、右目には眼帯をつけていたが、反対のちゃんと露出している左目だけで彼女が美人であるとわかった。湖のように澄んで深い瞳、先ほどまで泣いていたのだろうか、それは赤くにじんで、目の下には涙の跡があった。

「......ちょっと、話しませんか?」

俺の手を借りて立ち上がった少女はコクりと頷いた。



 ちょっと話すと言って家まで連れていくというのは自分でもどうかしていると思う。だが、少女はきっと、そういうことだとわかっていたのだろう。俺が物言わず上着を脱いでも、少女は何も驚くことなく、ただじっと猫のようにして、成り行きを眺めていた。

 俺は、ベッドに少女を寝かせて、上から覆うように乗り掛かって、首にキスをした。少女の首は握るともげそうなほど細く弱々しく、白かった。少女は俺の耳に息を吹きかけたが、何も感じなかった。次は唇を重ねて、十秒ほどそのままでいたが、少女から舌を出してきたから、俺も絡めてやった。慣れているな、と思った。

ディープキスを俺からやめて、少女はもの惜しそうな顔をしたが、俺はお構い無く上着を脱がせてやって、あらわになった彼女の身体は、傷ひとつなく、瑞々しく、美しく、俺は腹を撫でて、そのまま手を這わせて胸を揉んだ。中学生のように華奢な見た目だが、さらけだされた胸は思ったよりも膨らんでおり、そして指が沈むほど柔らかく、またその指を弾き返すハリもあった。こいつは当たりだなと思った。そのまま、その胸を揉みし抱き、しゃぶり、堪能していたら、少女は自分でヴァギナをいじって濡らしていたので、了解も得ずにぺニスをねじ込んでやり、何回か果てた。

 俺も少女も疲れて一歩も動けず、裸のまま、二人重なって死んだように添い寝した。

「ねぇ」

少女が薄いピンクの唇を微かに動かした。

「帰りたくない」

俺も、こんな美しい身体をもつ少女を手放したくなどなかった。

「今日から俺の女になれよ」

少女は唇を小さくし、そっと近づけた。俺は最初で最後の優しい口づけをしてやった。

「私は、スズって言うの」

そうか、とだけ言い、俺はスズの頭を撫でた。日向にあたる猫のように俺の腕にもたれかかるスズは本当に可愛いらしかった。髪の生える向きをなぞるかのようにソッとなで続けていると、寝息が聞こえ始めた。いとおしく思えて、優しくするのも案外悪くないなとか自分らしくないことを思ったが、そんな可愛いらしいスズをめちゃくちゃに壊してやりたいというどす黒い感情がどことなく蠢いてきて、仕様がなくなった。今日だけはその感情をはねのけ、俺はスズの寝息に耳を傾けた。目を瞑った。





 あの日からスズは俺の家に居着いた。スズは便利だった。俺が、朝から夜まで適当に廃人同様に街をふらついて、そして疲れて帰ってくると、スズは、俺が家を出るときに台所に置いていた金を持って買い出しに行って、晩飯を作ってくれていた。俺が人から借りた金とは知らずに。他にも、部屋の掃除だったり、整頓だったり、ビールを冷やしてくれていたり、服を洗濯していてくれたりと、スズは俺に甲斐甲斐しくしてくれた。

とにかく腹が減って、俺はスズに礼を言うことも褒めることもせず、どっかりと音を立てて椅子に座り、出された飯を当たり前のように食べた。料理は全て薄味だった。スズの顔面に巻く包帯の隙間から覗く、目の下に影を落とした幸薄そうな青白い顔のようだった。食べ終わっても、後味が綺麗すぎて、たいして食った気になれなくて、俺はビールを一気に一缶飲み干した。

こんなに酒と合わない料理も珍しいなと思いながら、俺は立ち上がって、フライパンを洗っているスズに強引にキスしてやった。スズは大して驚くこともなく、冷静で、唇を放してやると、スズは流れるように洗剤まみれの手を洗って、そしてはにかみながら首を傾げて「やるの?」と言った。

俺は「ああ」とそっけなく言って、寝室のほうへ歩いた。スズもとことことついてきて、そこで俺は酒を忘れたことを思いだし、ベッドを指差して、そこにスズを座らせた。俺は台所に引き返し、冷蔵庫からビールを二本取り出した。それにしてもよく冷えているなと思った。

寝室に戻って、置いてあるデスクにビールを置いて、スズの隣に音を立てて座った。ベッドがきしんでスズの小さな体が少し跳ねた。

俺に酔いが回るまで、主導権はスズが握っていた。スズは、俺の乳首を噛んだり、肩を噛んだり、首を噛んだりと、やたらと噛むことが多かった。当然甘噛みな訳だが、彼女には八重歯があったのでチクリとはしたが、別に悪くはなかった。されるがままで、俺はビールをちびちび飲んで、そして酔いが回って楽しくなってくると、スズを突飛ばし、下着をはいで、馬乗りになってやるのだ。

そして、どの女にもそうするように、強引にぺニスをならしもしていないヴァギナにねじ込んでやる。大概の女は辛そうに顔をしかめて息を止めるのだが、スズは違って、口の端を曲げて、顔を紅潮させて、喜んでいるように見えた。動きをはじめから早めても、彼女は依然として笑みに歪み、吐息を熱くした。歯痒くて、俺は、スズの強く握るともげそうな弱々しい首を両手で絞めてやった。スズは驚いたように目を見開いたが、それでも笑みを崩すことはなかった。俺は一層首を絞める両手の力を強めて、腰も彼女の膣を壊すかのように打ち付けた。

スズは流石に苦しそうに目を細め涙を流し、俺の両手を弱々しく掴んだが、それでもやはり笑みに歪み、彼女の内では苦しみよりも快楽が勝っているように思えて、このままでは堂々めぐりだと、俺は彼女を一旦解放し、ぺニスを抜いた。スズは途端に咳き込み、空気を貪って、ゼェゼェと喘いでいた。そんなスズに、次は後ろからねじ込んでやり、震える彼女の髪をわしづかみにして一気にピストンを早めてやる。そして、はじめからとばしすぎていたからか、俺はすぐに精を吐き出してしまった。無論、外に出した。そこまで鬼畜にはなれなかった。

スズは汗だくで、ぐったりとベッドに倒れ伏してしまって、わずかに肩を動かし、呼吸していた。虫の息、その表現が適切か。そんな彼女が急にいとおしく、また、申し訳なくなって、心が震えて痛くなって、俺はたまらず、そのか細い背中を抱いた。

スズはピクリと肩を跳ねさせたが、それだけで、呼吸は落ち着いてきていた。

「ごめん」、「ごめん」と。俺は何度も何度も、壊れたラジオのように言い続けた。はたしてそこには謝意があったのか、いや、無い。ただ、謝り続けて自分を美化していただけだ。だが、彼女はそんな俺の顔を、目をまっすぐに、その湖のように深く澄んだ瞳で射貫いて、「いいよ」とはにかんでくれた。俺にはスズが必要だと、その時初めて思った。たまらなくいとおしくて、俺はスズの薄いピンクの唇に優しいキスをしてやろうと思ったが、その時、ドアを乱暴に叩く音がした。何と言っているかはよくわからないが、罵倒の怒声が深夜に響いていた。

「えっ」スズは驚いた猫のようにすっと身体を起こし、玄関のほうを震えながら見た。

「あああ、仕様がないんだ、仕様がないんだ」

俺は急いで立ちあがり、部屋の端の箪笥の引き出しを開け、その中から注射器を取り出した。

「それって......」

スズの困惑と制止が混じった声を無視して、俺は注射を打った。

途端に酩酊して、視界がぐるぐる回って、楽しくて、楽しくて、楽しくて、スズも借金取りもどうでもよくなって、楽しくて、わからなくなった。

そこからの記憶は無い。




 借金は日に日に増えていき、小説も音楽も絵も満足いくものがつくれず、俺は絶望の底無し沼に日に日にはまりこんでいった。

心に降り積もって山になる鬱憤を、全てスズにぶつけた。使い潰すかのように彼女を毎日毎日犯していたというのに、スズは変わらなかった。

性交時に俺を噛むのも、狂ったように口端を歪めるのも変わらなかった。

 俺は絵を描いていた。ゴッホを気取って、似たような絵を、ごしごしと油絵の具を塗りたくって描いていた。

てくてくと、スズが気が向いた猫のように歩いてきて、椅子に座り、紛い物を描く俺の隣に静かにしゃがみこんで、感心したように息を吐いて、「わぁ、上手」と本当に感心したように言った。

「こんなもの、何処がいいんだよっ」

 俺はもう、駄目になっていた。全てに吠えて噛みつくようになっていた。

俺は絵を蹴り飛ばして、スズを組伏せ、馬乗りになった。そして、丁度手に収まる掴み易く、柔らかく、ハリのある胸を片手で揉みしだき、もう片手で首をいつもよりも強く、半ば殺す気で絞めて、驚いてもがき喘ぐ彼女の口を塞ぐようにキスをしてやる。本当にスズの顔が青ざめて、目が朧気になって、もがく力が無くなってくると解放してやって、スズはたまらず宙を大袈裟かと言いたくなるぐらい貪る。その間に俺はズボンを脱ぎ、空気を吸うのに夢中なスズの下着を剥ぎ取り、いきり立ったぺニスをヴァギナに添え、ある程度空気を吸わせてやった彼女の首を絞めるのと同時に添えたぺニスをねじ込んでやる。喉が爆発したかのように膨れ上がったが俺が絞めているのでその空気の塊は逃げ場を失って彼女の苦しみは増す。だが、

それでもやはり笑みに歪んだ彼女を無理矢理犯して支配するのは何よりもに気持ち良かった。生涯で一番と言えるほど、夢中で腰をふって二人、どす黒く融け合っている最中、扉が開く音がした。

驚いて振り替えると中年だが屈強そうな男が立っていた。一目で借金取りだとわかった。立ち退こうとしたが、遅すぎて、彼女にまたがる俺を蹴り飛ばして、そのまま胸ぐらをつかみ、壁に叩きつけられ、そのあとは一方的に殴られ蹴られした。抵抗などできなかったし、する気も起きず、俺は幼児のように無様に泣きながら、「ごめんなさい」と何度も叫んだ。


 どうやら気絶したらしく、目を開けるが頭がひどく痛んで、視界がぐるぐると回って奇妙だった。腕に温もりを感じて、鉛のように重い目を動かすと、

スズが俺の腕に抱きついて眠っていた。スズからは、スズでも俺でもない小便を腐らせたような匂いがして、あの借金取りに犯されたんだなと悟った。

やってられなくて、立ち上がろうとすると、彼女はゆっくりと瞼をあけて俺の腕を弱々しく引っ張り静、そしてすすり泣き始めた。

「......一緒に死のう」

スズは弱々しく頷いた。




 一緒に風呂に入って、俺はスズにこびりついた借金取りの腐った体液の臭いを丁寧に丁寧に落としてやり、風呂から上がると、一緒に朝飯を作って食べて、「今日が最後の日だ」、俺たちはいつかそうしていたように、口づけをして愛撫からはじまる初々しい普通のセックスをした。静かに、時にはコミュニケーションをとって、優しく抱き合った。こんな何の変哲もないセックスも気持ちいいのだということを思い出した。いつもは身体中を噛んでくたり、乱暴な快楽の衝撃に笑みに歪んだりする彼女も、今は顔をあざとく紅潮させ、柔らかく暖かな快楽に身を委ねていた。俺は彼女に中に出していいかと聞いた。彼女は「出して」と抱きつき、俺は彼女がたまらなくいとおしく、可愛く思って、すぐに出してしまった。中にいれたまま

俺たちは溶け合うかのように眠った。


 俺が目を覚ますと、彼女も目を開けて、そしてキスをした。ぺニスは抜けていて、乾いていた。

 時刻は夕方の四時四十分だった。

 俺たちは着替えて、彼女は初めてあったときのホットパンツとパーカーの格好をした。僕はTシャツとジーンズを着た。

一緒に家を出て、古ぼけた絢爛を見せびらかす悲しいとすら思える退廃の商店街を手を繋いで歩いた。そして、コンビニでビールを買った。スズのぶんも買った。夕暮れていく空を肴にした。スズは初めてビールを飲んだらしく、「まずい」と言った。仕方なくスズが一口つけただけのビールも飲んだ。

川辺にきた。毎日街を歩いていたから死ねそうなところぐらいわかっているものだ。二人でも死ねる場所を選んでやってきた。川に一度飛び込めば、真下からもう水深があり、釣り人に人気の場でもある。

 夜をうつす暗い川面にどこかの電灯の灯りが微かに射し、ゆらゆら揺れているのを眺めて、そして、俺たちは口づけをした。俺は最後の口づけのつもりだった。その最後の口づけを終えて、とうとう俺は死のうと、スズの手を引いた。が、スズはもじもじと縮こまって、躊躇っているようだった。俺はたまらなく悲しくなって、侘しい思いをして、スズの頬を平手でぶった。彼女は怒って、そして泣き出して、踵を返してどこかへ走って行こうとした。俺はあわててその手を掴み、強引に抱き寄せた。「嫌だ、嫌だ」と、生命の気配もない暗い川辺で泣き叫ぶ彼女を引きずり、そして躊躇わずに飛び込んだ。暗い川へ沈んでいくなかも俺は「愛している」と、全力で彼女を抱き締めた。




 目を覚ました。あり得ない、そう思った。しばらく俺は放心して、白い天井に視線だけ向けていた。そのうち医師がきて、俺は奇跡的に助かり、スズが死んだことを知らされた。スズは俺より一キロも下流で見つかったらしい。俺は奇跡的に浅瀬へ打ち上げられたようだ。だが、脳への障害がのこり、全身不随を発症していた。

自分で死ぬこともできなくなり、小説も綴れず、絵も描けず、音楽も作れず、セックスも、薬も、酒も飲めず、スズも居ない。一生、このベッドの上で俺はただ生かされるらしい。

「はは、なんでだよ」

 もう、笑うしかない。笑って生きるしかないんだ。この世は喜劇だ、ははは、何でだよ、神様。


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