エピローグ 英雄達の宴②

「星が墜ちたか……」


 京都。

 星を読む男がいた。

 男?

 いや、女と見紛う程の美貌だが、確かに男だ。


「どうした、晴明?」


 名を呼ばれた。安倍晴明、それがこの男の名だ。

 そして、呼んだ男も美貌の持ち主だった。


「信長殿、まだ起きていらしたのですか?」


 第六天魔王織田信長。

 天下布武の旗は、既に千年の都にまで届いていた。


「清明、先に我が問いに答えよ」


 冷厳な声であった。


「失礼いたしました。では、お答えしましょう」


 やや勿体ぶった声で言う。


「天が動きました」


「そうか!動いたか!」


 魔王が狂気の笑みを浮かべた。


「して、誰が先陣だ!」


「虎」


「カカカッッ!そうか奴か!」


 魔王は嗤う。

 その声の響きは、夜を震わせていた。

 



「巨星墜つ……」


 白い羽の扇を掲げて、男は言った。

 明らかに気品のある文官の姿だが、纏う空気は武将のそれであった。

 不思議な男であった。


「まだ夜は冷えるぞ。孔明」


 穏やかな声で呼ばれた。


「まだ起きておいでですか。玄徳様……」


 諸葛孔明と劉玄徳。


 稀代の軍師と大徳。


「孔明、何か見えるのか?」


星読みは、軍師の嗜み。世界の理が見える。


「星が大きく動きました。いよいよ始まるようです」


 何が始まるとは言わなかった。


「そうか……。民が巻き込まれねば良いが……」


 どこまでも仁徳の人であった。


「何れにしても、我らの成すべき事は変わりません」


「ああ、中華の統一」


「そうです。”高祖”による中華の再統一。それが目下の我らの使命です」


 高祖、つまりは劉邦の名を言った。


「分かっている。既に曹操も涼州へ向かった。我らも蜀へ向かうぞ」


「はい。中華の統一し……」


「やがて世界も……」


 中華の大地に、新しい風が吹いていた。




「まだ、続いているのか?」


 美丈夫は言った。彫りの深い、彫刻のような男だ。


「はい、大英雄どのは例の猿と三日三晩戦い続けています」


 ”大英雄”と言った。


 ”猿”と言った。


「流石だな。ヘラクレス殿は……」


「あの、孫悟空という猿も中々にございます……」


 ”ヘラクレス”と言った。


 ”孫悟空”と言った。


 ヨーロッパ最大の英雄と、アジア最大の英雄が闘っていたのだ。


「だが、もう頃合いだ……」


「はい。インドを目の前にして、些か悔しゅうございますが」


 遠い目をした。


「帰るぞ!」


「承知!」


 引き上げの合図が鳴った。


「王に続け!ヨーロッパに、マケドニアに帰るぞ!」


 号令一下、一斉に軍が反転した。


「奴らと決着を付けるぞ!」


 綺羅星の如き将が、ぞくぞくと続く。


「ローマ族と、そして……」


「カエサルと!」


 力強い声は、王から発せられた。

 マケドニアの大王アレクサンドロス三世から。




「正気か!ハンニバルッッ!」


 冬のアルプス山脈。それは死の山。

 その山を越えようとする一団が居た。

 カルタゴの武将ハンニバルが率いる軍団である。


「兵は3分の1が減り、象も次々に死んでいっているだぞ!」

 副将の言葉に、ハンニバルは笑みを返した。

 狂気の笑みだ。


「まだだ。まだ多い……」


「多いだと?」


「兵は半分まで減らす……」


「正気か?」


「ククク……」


「何が可笑しい!」


「狂気こそ戦さの本質……」


「なっ……」


「楽しいぞ、これからの戦さは……」


 楽しげな笑い声が、雪原に吸い込まれていった。




 才蔵は船上に居た。

 フランス行きの船だ。

 隣にはモードレッド。

 才蔵の肩にもたれ掛かり、海風に当たっていた。

 佐助と十蔵とミレディーも、それぞれの場所で寛いでいる。

 穏やかな風、穏やかな時間が、才蔵の周りを流れていた。

一時の平穏。

 だが……。


「一雨降るな……」


 不穏な空気を感じていた。

 これから行く場所、これから来る未来、その両方に嵐の予感を感じていた。

 この世界に居る限り、平和など来るはずがない。

 その確信があった。

 それでも今は一時の平穏を享受しよう……。

 せめてこの娘が、安心して眠れるように。


「船室へ戻ろう、モードレッド。もうすぐ雨だ」


「ん……うん」


 うつらうつらしていた少女が、才蔵の手を取り立ち上がる。

その手を離さぬように歩き出す。

 少女にとって、その手の温もりはかけ替えのない宝物だった。

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最極のミーレス ~時代を超えた歴史的英雄が史上最強の称号を求め集結し、覇を争う世界の話~ SIG @SIG0013

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