最強の魔物使いが『淫獣使い』と呼ばれるワケ

青野 瀬樹斗

最強の魔物使いが『淫獣使い』と呼ばれるワケ


 ──どうしてこうなった。


 世界中に点在する『魔物』を使役する『魔物使い』である少年──レック=フェンデは目の前の光景に対してそんな疑問を浮かべた。

 とりあえず状況を整理しようと、痛くなる頭を少しでも軽くするために眉間に寄っていたシワをほぐす。

  

 自分は確か最強の魔物使いを決める世界大会の決勝戦に出ていたはずだ。世にも珍しい魔物を使役出来た幸運はもちろん、レック自身の魔物使いとしての采配は優勝候補として話題になるレベルはあるが慢心することなく、この決勝戦だって万全の準備と対策を以て十分に挑んだ。


 だが、そんな彼でもは完全に予想外の出来事である。


「~~っ! ~、~~っ!? ~~~~♡」


 相手選手が使役するハーピーに、レックの相棒であるスライムが纏わりつく。

 ハーピーはやせ細った女性のような体に鳥の翼と足を持つ魔物だ。空中戦を得意とし、素早い動きも相まって相手によっては一方的にやられてしまう事もありうる。


 対してスライムは水餅のような粘性の体を持ち、動きこそは鈍重だが強い物理耐性がある初心者向けの魔物とされている。が、そのため雑魚としての認識が一般的であった。

 しかし、レックのスライムは特殊個体として高い能力を持っており、これまでの戦いでスライム=雑魚という前評判を何度も覆して来たのである。現に、スライムを取り付かせることで飛行する前にハーピーを拘束するという作戦を立て、こうして見事成功したのだ。


 ……だが、だがしかしである。


「~~っ! っ、~~~♡♡」


 体中に張り付いたスライムを剥がそうともがくハーピーの声音が、最初は怒りに満ちていたはずが段々と甘い鳴き声に変わっていった。

 ハーピーは全身を小さく震わせるかと思うと、時折大きく跳ねるような反応も見せる。

 拘束した瞬間、歓声の沸き上がった観客もその異様な反応に疑問を隠せない。

 

 何より全員がおかしいと感じたのが、スライムの動きである。

 体の一部から細長い触手が伸びたかと思うとハーピーの体へと這わせてまさぐりだした。それも一本ではなく六本くらいで全身くまなく。特に胸や足元を重点的に攻め立てており、その度にハーピーは甘い吐息を漏らす。

 

 ただただ空しく、ハーピーの鳴き声だけが会場を木霊する。


『こ、これは一体どういうことだ!? レック選手のスライムがディニス選手のハーピーを攻撃しているのでしょうか? し、しかし、それにしては様子が変です!』


 ようやく放棄されていた実況がこの場の全員の疑問を口にする。それを皮切りに会場全体がざわめきだした。

 何せスライムがこんな行動に出た例など誰も知らないからだ。それは主であるレックだって例外ではなかった。

 むしろ彼が一番知りたいはずだろう。


『お、おぉ……まさか、そんなことが……!』

『オヴァナ先生? 何かご存じなのですか!?』


 動揺が治まらない中、唯一心当たりがありそうな反応を解説席のオヴァナが見せた。彼は長年魔物の生態を研究して来た学者で、今大会においての解説を一任していたのだ。

 そのオヴァナは瞳孔が開かんばかりに目を大きく見開き、これでもかと歓喜に身を震わせていた。


『もしやあれは〝コーラルスライム〟!! ある薬の原料であったがために乱獲され、数十年前に絶滅したとされるスライムだ!』

『ええっ!? それは本当ですか!?』

『うむっ! あの艶やかなピンク色とハーピーの身に起きておる現象を考えれば間違いあるまい!』

『そ、そんな凄いスライムをレック選手は使役しているのか! これは歴史に残る素晴らしい快挙では!?』


 オヴァナの解説に実況だけでなく観客達も大いに興奮しだした。

 もちろんレックもその一人である。魔物使いとなった自分の最初の魔物が絶滅したと思われていたような、希少な存在だったのだと心を震わせずにはいられない。

 反面、対戦相手は勝てるわけがないとかなり絶望した表情を浮かべていたが。


『して、オヴァナ先生。コーラルスライムの乱獲原因となった薬とは、どういったモノなんですか!?』

『よくぞ聞いてくれた! それは〝コーラルヴィーナス〟といってな! 売れば数億はくだらん大金となる霊薬なのだ!』

『おおおおっっ! その霊薬の効果とは!?』

『心して聴けぃ! それはだな……』


 常に冷静で滅多なことでは興奮しない彼が、ここまで驚きを隠せない程なのかと、誰もが答えに耳を傾ける。

 ためにためてオヴァナはその先を高らかに明かす。







!!!!』


 ……。…………。………………。


「「「「「「──は?」」」」」」

「~~~~~~~~っっ♡♡!!?」


 上がり切っていたはずのボルテージがどん底にまで落ちたと同時に、相手のハーピーが一際激しく体を震わせて地に伏した。


「ハ、ハンナァァァァッッ! ウワアアアアァァァァッッ!!?」


 倒れたハーピーのあられもない姿に、対戦相手はまるで恋人を寝取られたような悲鳴を上げた。

 一応、ルールに則ってレックの勝利が決まり、彼は世界最強の魔物使いとなった。 


 ──……『淫獣いんじゅう使い』という不名誉極まりない肩書を添えて。


 ======


 ~数か月後~


「うわ、レックだ……」「レックって例の淫獣使い!?」「決勝で公開レ〇プを披露した鬼畜外道……!」「女なら人間でも魔物でも襲うド変態じゃねぇか」「なんでこんなところにいるのよ」「どうせ新しい女の品定めだろ」「ヒィッ、やだ気持ち悪い……」「最低……」


「……」


 ひそひそと囁かれる会話に、レックは顔を俯かせて無心で聞き流す。ただ少なくなった食料品を買いに来ただけなのに随分な言われ様であった。

 会計のおばちゃんにすら人以下を見るような目を向けられた。自分にそんな趣味は一切無いと主張したいが、それを聞き入れてくれる様子もないので早々に諦めた。

 

「はぁ……」


 堪らずため息が出る。それを眺めていた周囲の人達があからさまに距離を置いた。それはもう吐いた息が混ざった空気も吸いたくないといった勢いだ。

 相棒と違って普通の人間なのにヘタな魔物よりぞんざいな扱いに余計惨めな思いだった。


 たった二体の魔物で世界大会を優勝し、レックは名実ともに世界最強の魔物使いとなったはずだ。そんな彼を待っていたのは、ゴミを見るような侮蔑ぶべつの眼差しと絶え間ない誹謗ひぼう中傷であった。

 やれ好みの女を手当たり次第に発情させるだの、やれ女性型の魔物を寝取られるだの、外を歩く度にいわれのないさげすみを受け、自宅には全く知らない土地から中傷文が差し出されることもあり、『これもう町どころか世界にも居場所なくね?』と思えるレベルの酷い有り様である。


「もうやだぁ~~っ! 俺が何をしたって言うんだよぉ~~っ!」


 あまりに悲惨な現状に、レックはただひたすら泣き叫ぶ他ない。

 淫獣使いと蔑まれる所以となった一端のコーラルスライムを野生に帰そうとしたのだが、逆に被害が出そうという理由で却下された。というか放そうとしても普通にレックの元に帰って来るのだ。

 長年培って来た絆が牙を向いているようで、さながらストーカーから狙われたに等しい状況であった。


 だが、いくらコーラルスライムが媚薬の原料だと言ってもここまで軽蔑の対象にはならない。それは他の要因もあるということで……。

 

「ご主人~元気出して下さいっス~……」

「ふぐぅ~~……」


 テーブルに突っ伏すレックに軽い調子で慰める女性がいた。

 その顔立ちは非常に整っており、抜群のスタイルもあってすれ違う男は誰もが振り向かざるを得ないだろう。そんな女性に慰められるレックは羨望の対象になってもいいはずだった。


 ──それがサキュバスでなければ。


 魔物の中でも高位の存在であり、ずば抜けた使役難度故に味方に加えれれば百人力とも言われる悪魔種の一体……それがサキュバスだ。

 サキュバスはメスしか存在しないが、その全てが魅惑的な美貌の持ち主で言語を理解して話す知能もあるがために男性の魔物使いなら誰もが使役したい、男性人気ナンバーワンの座に君臨し続ける魔物だ。

 人気の最たる理由としては戦闘能力ではなく、餌として性的な夢を見せることで精気を摂取点にある。


 特にレックが使役するサキュバス──『ニア』と名乗る彼女は、コーラルスライムの次に長い付き合いの魔物だった。そう、ニアの存在自体が淫獣使いとしての説得材料になっているのだ!


「サキュバスを使役出来る俺すごくない? って思ってたけど、本当の理由はモモがコーラルスライムがだったからなんだな……」

「確かにきっかけこそモモちゃんがいたからっスけど……ウ、ウチはちゃんとご主人を愛してるっスよ……」

「うわぁ自信無くすわぁ~~……」

「……むぅ」


 さり気なく出たニアのデレに気付かぬまま、レックは再度テーブルに突っ伏す。

 鈍いレックへの不満を表すようにニアは頬を膨らませてテーブルを叩く。サキュバスだからといって性欲の捌け口にせず、キチンと女の子扱いしてくれる優しさに惹かれたというのに何とも分からず屋な主である。……ニア自身が素直になれないというのも、理由の一つではあるが。

  

 ともあれ、メスなら無条件に発情させる媚薬の原料であるコーラルスライムとサキュバスを使役していることが、レックが淫獣使いと呼ばれる理由であった。

 ちなみに彼自身は未だ童貞だったりする。何せヘタレだからだ。


 ──カンカンカンカンッッ!!


「鐘の音?」

「何かあったんスかね?」


 突如鳴り出した鐘の詳細を知るべく、レック達は外に出て状況を確認することにした。

 

 =====


 やけに慌ただしい兵士達や商人の話し声を聞く限り、どうやら野生のオークが大群を作って町へと向かって来ているようだった。

 使役されていない野生の魔物から町や商人を守ることも、魔物使いとして必要な責務として決められており、淫獣使いと呼ばれようがレックにも当てはまる。

 

「チャンスっスよご主人!」

「あぁ、ここで活躍すれば淫獣使いの汚名返上だけでなく、最強としての名誉挽回のチャンスじゃねぇか!」


 ニアとモモの二体だけとはいえ、その戦力は決して欠かせないものだ。

 町にいる全ての魔物使い達がオークの大群と対峙する中、レックの指示で二体は獅子奮迅の八面六臂な大活躍を繰り広げていく。頑張った。超頑張った。

 

 押し寄せたオークの総数が八千を越え、その半数はレック達の戦果によって討伐された。軽傷者は数人いたが味方の犠牲は魔物も含めてゼロで抑えることが出来た。

 まさに町の英雄と讃えられても不思議ではない所業である。


 翌日、レックは自宅ではなく牢屋の中にいた。

 温かいベッドではなく、冷たい藁の上で雑魚寝させられていた。昨日の晩御飯は不味かった。


「どうして!!? 俺達めちゃくちゃ頑張ったよね!?」

「まだそんなこと言ってるんスか? いい加減現実を受け入れるっス」

 

 悲しみに暮れるレックとは対照的にニアは早くも牢屋暮らしに順応していた。

 オークの大群を退いた直後、彼らは町を治める領主に呼び出されたのだ。ひょっとすれば町を救った謝礼金でも貰えるのではと意気揚々と向かったら、衛兵に拘束されあっという間にお縄になったのである。  

 

 その罪状は……。


「コーラルスライムでオークの群れを発情させて町を襲わせたマッチポンプの疑いって、どういうだああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!?」

「静かにしろっ!」

「ヒィッ、すんません!!」


 あまりに理不尽な投獄理由に絶叫するが、見張りの兵士に怒鳴られて縮こまった。

 

 だが、レックは依然として納得出来ないでいた。メスしか発情させられないコーラルスライムで、オスしか存在しないオークを発情させるなど不可能だからだ。

 そうでなくとも彼はマッチポンプを企んでいないので、冤罪えんざいなのは明らかなはずだった。 

 

「これ、もしかしたら噂が一人歩きしてるかもしんないっス」

「ウソォッ!? 生物なら性別問わず発情させられることになってんの!? 尾ひれの付き方に絶望しかなくない!!?」


 ニアの予想にレックは顔を真っ青にして嘆く。最早つい先日までの扱いですらマシに思えるレベルだ。 

 

 ──どうしてこうなった。


 レックは最強の魔物使いになる夢のため、モモやニアと共にここまで強くなって来た。何度も敗北の辛酸を舐めて、それでも諦めずに戦い続けてようやく最強となれたのに。幻の媚薬の原料らしいコーラルスライムと、男性人気ナンバーワンのサキュバスを使役しているというだけで、得られるはずだった栄光は一瞬でどん底に沈んだ。

 

 後日、世界大会の解説を請け負っていたオヴァナの証言により、レックは無事釈放される。

 しかし、町の人達からは以前より強い侮蔑の視線を向けられるようになっていた。もうこの町には居られない……そう決断したレックは旅に出ることにした。

 

「ご主人~。違う町に行くのは良いっスけど、モモちゃんがいる限り淫獣使いの扱いは変わんないっスよ?」

「解ってる。モモを野生に帰せない以上、別の方法でまた世界大会に優勝するしかないだろ」

「別の方法?」


 その方法が思い当たらないニアは首を傾げる。一方のレックはやけに自信たっぷりの様子だ。

 彼は右手で作った握り拳をを天に突き上げ、高らかに宣言する。


「新しい魔物を味方に加えるんだ! 何もコーラルスライムやサキュバスだけじゃないんだ! 淫獣使いなんて言わせないくらい、強くてカッコイイ魔物を使役してやる!!」

「おぉ~!」


 意外とまともな発想にニアは素直に感嘆する。世間的評判が地の底を通り越していようとも、レックの夢は折れることなく再スタートを切ったのだ。

 そうして旅立った彼は、確かに新たな強い魔物を味方に加えることが出来た。






 ──花の妖精『アルラウネ(♀)』。


 ──海の姫君『マーメイド(♀)』

    

 ──空の王者『ドラゴニュート(♀)』


 サキュバスに連なる、男性魔物使いの間で人気の高い美女揃いの魔物達を!!

 最強の淫獣使いが魔物ハーレムを築いて二冠を達成したことで、世界中に再びあらぬ誤解を生み出すのである!!



「なんでだああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!?」



 ──これが、たった一匹の特殊なスライムによって最強の魔物使いでありながら『淫獣使い』と呼ばれる理由であった……。



 ~完~

 

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