第8話 打ち明け話②

「まさか、僕に腹違いの兄がいて、兄も僕の母上も壮絶な人生を送られているとは露ほども知らなかったものですから……。それに比べると僕は皇族としては凡庸な人生かもしれません。皇帝から愛されることはありませんでしたが、母からは多くの愛情を注いでもらい、命の危険を感じることなく生きていました。ところが、貴族学院に入学した頃から雲行きが怪しくなってきたのです。皇位を僕に継がせたい者と、僕の二年後に生まれた第二皇子である弟に継がせたい者とで派閥争いが生まれ始めました。最初は噂話などで互いを貶め合うだけだったのですが、段々食べ物にも頻繁に毒が盛られるようになりました」

「だから、今、薬屋を?」

「はい。毒見役を目の前で何人も死なせてしまい、とても申し訳ない気持ちがしたのです。だから、私は宮廷の医者のところに入り浸り、解毒剤の調合を教わるようになりました。その医者は、僕がある程度解毒剤の知識がつき始めると、他の風邪薬や塗り薬など、薬の知識を惜しみなく分け与えてくれたのです。そうこうしていうるうちに、学院の卒業式を迎えました。そこで、事件が勃発します。とうとうその日の晩に闖入者が僕の私室にやってきたのです。刺客でした」

 私は思わず唾を呑み込んでいた。

「間一髪で私室を抜け出しましたが、相手は第二皇子の刺客。皇族にのみ知らされる秘密通路を知らされている可能性は大いにありました。そこで、僕は奴隷が繋がれている地下牢を通ることにしたのです。そして、地下牢に足を踏み入れた時、ふと僕の目に留まった者がいました。それがベルです」

 レオンハルトはベルに微笑みかけながら話を続けた。

「ベルは異国から献上された奴隷で、歌がうまいということで皇帝のお気に入りでした。奴隷になる前のことはよくわかりません。何せ、異国の人ですから、言葉が通じないのです。それに、奴隷にされる時家族を皆殺しにされたショックで、言葉を失ったみたいで。これはここ一年で知ったことですがね。宮廷にいた頃は皆、喋らないのだと思っていましたから。まあ、それは置いておいて。命を狙われ、満足に眠れぬ日々を過ごす僕の心は荒んでいました。しかし、皇帝の側で彼女の歌声を聞いていた時だけはその心が凪ぐのを感じていました。だから、彼女と目が会った時、僕はこの人と共に逃げたいと思いました。鍵を番人から受け取り、彼女を連れ出し、逃げ出しました。堂々と正面の門から馬車で逃げたのです。敵の策の裏を掻いたおかげだったと思います。まさか、命を追われている者が正面の門から馬車で逃げるとは思っていなかったのでしょう。そうして、馬車で行けるところまで行った僕たちは、こうして薬屋で生計を立てて生き始めたのです。ちょうど一年前のことです」

 話を聞き終えた私は腹が捩れるほど笑った。涙も浮かべていただろう。レオンハルトは怪訝そうにこちらを見ていた。

「なにが、皇族としては凡庸な人生だ。波乱万丈じゃないか。兄弟揃って過酷な運命を背負わされたな」

「全くです」

 レオンハルトは力なさげに笑った。

「だが、運命は俺たちを完全に見捨てたわけではなさそうだ」

「というと?」

「だって、今こうして、俺とレオンハルト、そしてベルが何の因果か出会ったんだ。俺は神なんぞ信じちゃいないが、本当に神がいるのであればこれこそが神の思し召しでなくして、何とする!!よし、決めたぞ」

「何をです?」

「俺とお前さんたちとで、皇帝を討伐する。そして、俺たちの母親を救おうじゃないか。妙案が浮かんだんだ」

「あ……あの、母上のことに関してですが」

「ん?心配するな。俺は母を恨んでいないし、寧ろ会いたいと思っているからな」

「いえ、そうではなく」

「何だよ。俺の案に乗るのか?乗らないのか?」

「……どうせ目的もない人生です。一矢酬いるくらいの気概を僕も見せましょう」

「よし来た」

 私はこの時のレオンハルトの言葉にもっと耳を傾けるべきだったと、心底後悔することになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る