第9話 計画始動

 私の妙案とは、ベルをもう一度皇帝のお気に入りの歌手にまで召し上げ、機会を見て皇帝の首を討ち取ることだった。今度は奴隷としてではなく、人として。そして、彼女の歌に癒された人に、「相乗効果」と称して癒し効果のある薬や香油を販売すれば商売繁盛という仕組みだ。私はそんな二人の護衛をする。それは詐欺では?と訝しげな顔をしていたレオンハルトだったが、面白いくらいに上手くいく商売を見て文句を言わなくなった。実際、レオンハルトの薬師としての腕は確かで、しっかりと効果を上げていたのも功を為した。黒い布の覆面で、決して顔は見せないようにした。

 最初の村で人気を博した私たちは次々に隣村から声がかかるようになった。やがて、村から町へと活動拠点を移し、町長の前で披露することになった。そして、それを気に入った町長は有力貴族に私たちを紹介し、どんどん貴族の間でも名を広めた。やがて、怪しげな黒布三人組は癒しの神であるらしい、と国中に評判が広まっていった。それから一年経ち、評判が最骨頂に達した時、ついに皇帝より直々に宮廷へ参るようにとのお達しがあった。私たちは狂喜乱舞した。実力が認められたからではない。計画で最も重要な段階に進んだからである。その頃にはベルは、ある程度の文章は読み書きできるようになっており、その文章を読んで共に喜んでいた。レオンハルトが宮廷を抜け出した時から根気強く教えてきた成果が実ったのだ。私たちは三人で顔を突き合わせて大きく頷いた。決戦はもうすぐそこまで迫っていた。

 宮廷でベルの歌声を披露する前夜、私は入念に剣を研いでいた。私たちはその頃には、すっかり人気者ということで、それなりの宿に泊まることが多くなっていた。私はいつも一人部屋でレオンハルトとベルは同じ部屋で寝ていた。彼らが恋仲なのか、何なのか私にはわからなかったが、恐らくそうだったのだと思う。コンコンというノックの音が聞こえた。

「誰だ?」

「レオンです」

 旅をする中で、流石にレオンハルトという名前を呼ぶのは危険すぎるということで、レオンと略すことにしていた。ベルはレオンハルトがつけた名前だそうで、心配はないらしい。

 私が鍵を開けてレオンハルトを迎え入れると、神妙な面持ちで扉の前に突っ立っていた。

「何、そこで突っ立ってるんだ?もっと中に入れよ」

 私が笑いながら、コップに二人分の酒を注いでいると、意を決したようにレオンハルトが言った。

「僕はずっと、兄上に隠してきた事実がある」

「ん?何だ?」

 私はコップを彼に差し出しながらベッドに腰かけた。レオンハルトはコップを受け取ったものの、全く口をつけずに俯いている。

「今じゃない、今言うべきじゃない。最初、そう思ったら最後。言うタイミングをずっと逃し続けてきました。最初に謝らせてください。ごめんなさい」

 ミニテーブルにコップを置くと、額と膝がつくくらいに腰を曲げて謝った。

「おいおい、何だよ。そんな重大なことを隠してたのか?」

 私も流石に心配になって、コップを置き、レオンハルトを見た。彼は勢いよく頭を上げて衝撃の事実を口走った。

「僕たちの母上は既に病で他界しております。現皇妃は、母上にそっくりなだけの女です」

「……何を言ってるんだ?レオン」

「僕が十歳の頃に母上は亡くなられました」

「つまり、およそ十年も前のことということか」

「その通りです。皇帝はその事実を受け入れることができなかった。皇妃を心の底から愛していたのです。そこで、皇妃の死は隠蔽され、皇族のみで彼女の葬儀は行われました。無論、皇帝はその場に出席しませんでした。そして、まるで皇妃が今もまだ生きているかのように、彼女にそっくりな女をそのまま皇妃の座につけて、第二皇子を産ませました。僕が十二歳の時です」

「だから、貴族学院入学と同時にお前さんは命を狙われ出したのか。すっかり、第二皇子が産まれたからだとばかりに」

「それも勿論ありますが、皇妃となったその女に僕が憎まれていたからという理由の方が大きいでしょう。だって、皇帝の寵愛を受けた女の子どもですから。邪魔者以外の何者でもないでしょう」

「そうか……そうだったのか……」

 私はそれ以上何も言えなかった。

「ずっと言えなくてすみませんでした。あまりにも母上と再会されることを楽しみにされていたので、この事実を告げることは酷かと勝手に想像し、言いそびれておりました」

「いや、レオンが優しい弟だってことはこの数年でよく分かったから責めないよ。ただ、一つ教えてくれ。母は皇帝を愛していたか?」

 私はその時のレオンハルトの真っ直ぐな目を一生忘れることができない。

「愛するということが死と同義であれば、その答えは否。彼女は全く皇帝を愛していませんでした」

 その答えを聞いて、私は安心した。もし、母が皇帝を愛していたのだとすれば、皇帝を討つことについて再考しなければならないと思ったからである。

「そうか……なら、いい。前日に教えてくれてありがとう。おやすみ」

「おやすみなさい」

 レオンハルトはコップの酒を飲み干して去っていった。私は顔を覆って静かに泣いた。満月の夜で、灯りもないのに部屋中が明るかった。

 暫く眠れないでベッドに横になっていると、再び扉を叩く音が聞こえた。少し弱々しい。女のものだと思った。「誰だ?」と尋ねると、再び二回ノック音が聞こえた。私はそれで誰だか察しがつき、勢いよく扉を開けた。予想通り、そこにはベルがいた。

「こんな夜遅くにどうしたんだ?」

 私の質問に対して、紙に文字を書いて見せた。

「家族の話?どういうことだ?まあ、いい。入れ。というか、レオンハルトは一緒じゃなくていいのか?」

 すると、「彼は寝てる。貴方と二人で話したいことがある。」と書いた紙を見せた。私は頷くと、ベルを迎え入れ、扉を閉めた。ベルは部屋に入ってすぐに紙の束を渡してきた。ペラりと捲ると、『私の過去』という表題が付けられていた。彼女に目配せすると、読めと目で訴えられたので、素直に従うことにした。


『私の過去』

 私はセントリア帝国より西南に位置するエリアドール公国の公女だった。しかし、セントリア帝国の侵略戦争に負けてしまった。そして、私以外の王族は目の前で皆殺しになった。父も母も、兄も弟も、全員。その時のショックで、私は言葉を失った。私も本来そこで殺されるはずだった。だが、私を皇帝が奴隷として欲しがった。

 こうして、公国は解体され、国民全員が奴隷となって各地へ売り捌かれることになった。全く、言葉がわからず、皇帝の前に差し出された時、私はどうすればいいか全くわからなかった。そこで、とりあえずいつも歌っていた歌を歌った。話そうと思ったら全く声が出ないのに、歌えることは自分でも不思議でたまらなかった。しかし、神様が残した最後の情けなのかもしれないと思い、心のままに歌った。すると、それが皇帝のお気に召したらしく、度々パーティなどにも呼ばれるようになった。

 奴隷と言っても、皇帝のお気に入りだったため、それなりに良い生活を送っていた。皇帝は皇妃にご執心だったため、夜伽する必要もなかった。人生に諦めていたし、私はこのまま朽ちて行くのだと思っていた。

 だけど、レオンハルト様が私を奴隷という身分から解放してくれた。それは、本当に偶然で一瞬のことだった。私は彼と旅を始めるまで、彼が私の歌声に救われていたことなど気づかなかったのだ。でも、そんなことはどうでもいい。こうして、描くことすらできなかった今日を生きているということが大切なのだ。

 私は皇帝に仇討ちしようとは思っていない。死んでしまった人は仇討ちをしても帰ってこないから。だけど、皇帝を討つことでこれからまた私たちのように運命を左右される人々が減ることは間違いない。そのための手助けをしたいと思っている。

 どうか、どうか、生きてまた会えますように。


 私はそっと紙を机の上に置き、ベルと軽く抱擁を交わした。

「ありがとう。必ず、生きて会おう」

 ベルは強く頷くと、その紙を暖炉の中に投げ込み、火をつけた。春も終わりに近づいており、部屋はやたらに暑くなった。

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