第14話 2日目...3

 クラッチに銃を向けるニコルを亮司は手で制した。「撃つのは怪しい動きをしてからにしてくれ」


 銃を構え、周りに誰か伏せていないか注意しながら亮司は近づく。クラッチは足元に自分の武器を置いてこちらが納得するのを待っている。


 他に誰かが姿を現す様子は無い。これが罠でないと分かり、亮司は緊張を解いて息を吐いた。「この場合、久しぶり、とでも言えばいいのか?」

「昨日ぶりだからな」クラッチは両手を上げたまま口元を緩めた。「いまはそちらのお嬢さんと?」


 クラッチが亮司のはす向かいに顎をしゃくる。ニコルは感情の読み辛い笑みのままクラッチに照準を合わせたままだ。


「ああ」

「他のみんなは?」

「中に残ったのは俺以外死んだよ。あのあと、いきなり襲われたんだ」

「そうか。まあ、そうなんだろうなとは思っていたが……君だけでも助かってなによりだ」


 そうだなと亮司が同意しようとすると、工場のある方角がひときわ強く光った。銃弾の発射音と、爆発音。


「のんびりしている場合じゃないな」クラッチが慌てた。「こうやって顔を見せたのはもちろん世間話をするためじゃない。もしよければ、君たちの仲間に入れてもらえないだろうか?」

 正直なところ予想できていた提案──この男は確かに危険な仕事も率先して引き受ける働き者だが、信用できるかどうかでいえば難しい。元チームメイトとはいっても、ものの10分でお流れになって碌な会話すらなかった。


 卑怯だとは思いつつも、亮司はニコルの方へ目をやった。「どうする?」

「いくつか質問してもいい? おじさん」

「もちろんだ」クラッチが言った。

「どうして私たちの仲間になろうと思ったの?」

「一人では心もとないからだ。このゲームで単独行動をして得られる利益というのはあまり思いつかない。昨日、そこの彼と一緒のチームでゲームが始まったんだが、すぐに散り散りになってしまった。多分、リーダーがやられてしまったのだろう?」


 亮司は頷いてクラッチの予想が当たっていることを裏付けた。


「どうしてここに来たの?」

「嘘か誠か、SNSでここに食料があるという書き込みを見てやってきた。昨日の昼から飲まず食わずで、情けない話だが限界が近くてね。このまま空腹で動けなくなるよりはと足を運んだんだ」

「ゴーグル外してもらえる?」


 その要求はやや予想外だったようでクラッチは眉間にしわを作ったが、すぐに言われた通りにした。鳶色の目。眉尻の下がった彫りの深い顔立ち。俳優だと言われても納得のできる容貌をしている。同じようにゴーグルを外したニコルが白い歯を覗かせて最後の質問をした。


「ゲーム中に殺した人数は?」

「1人だ」

「うん。もういいよ」


 ゴーグルを戻したクラッチが両手を腰にやって、どっと疲れたように頭を下げた。


「どうやら合格のようだな?」


 アンソニー・クラッチフィールドがチームに加入したことを示す通知が亮司の画面にも表れる。亮司はジャージの上着のポケットに突っ込んでいた予備のペットボトルをクラッチに投げて渡した。


「あんまり残ってなくて悪い」

「いや、十分だ。君には借りができる一方だな」


 相当に喉が乾いていたようで、クラッチは貰った水をがぶがぶと飲みほした。口元を手の甲で拭いて銃を拾い上げる。ニコルが戦闘中の建物の方を指さした。


「それじゃあ、とりあえずは近くにいこっか?」


 丘の上に位置する工場は開けている。打ち捨てられたように外縁にぽつりと存在するグリーンのコンテナに隠れながら様子を窺う。新たに勢力が1つ参戦し、3チームでの撃ち合いが行われている。


「工場内に陣取ってるチームが2方向から攻め立てられてる」亮司がコンテナから顔を出して目を細める。「東西に分かれてるのは……別チームだな。表記が違う。〝00022〟と〝00107〟だ。あー、いや、中にいるのはこれ、もしかすると1人かもしれない。撃ち返してはいるが、全然弾数が少ない」


 黒い肌をした丸刈りの男がシャッターの上がった入り口から工場の外に向けて2、3発撃つ。すぐに倍ではすまない〝00022〟の反撃が男に殺到する。一方にくぎ付けにされている男の背後からは、チャンスとばかりに〝00107〟の何人かが工場の壁にとりついていた。

 そのままあっさり決着がつくかに思えたが、〝00107〟のメンバーが工場の窓を開けた瞬間、爆発に巻き込まれてアスファルトの上に力なく転がった。虚を突かれた連中に、工場内を横切ってきたのだろう黒人の男が開いた窓から銃撃を加える。


「おっ、あの人かなりやるね?」亮司の肩に手を置いて同じものを覗き見ていたニコルが言った。

 亮司もうなずく。「ああ。うまいな」


 これが実弾での戦いなら工場の壁を穴だらけにされて建物ごと焼き払われていたかもしれないが、物理的な効力を持たない電気信号の弾丸であることを十二分に活用している。工場の壁や狭い入口、中の様子が分からない磨りガラスの窓を駆使して上手く攻勢をいなしていた。


 思ったより善戦している。それでも、結局は数の暴力にやられるだろう。体力には限界がある。


「リーダー私だし、指示出していい?」ニコルが言った。


 亮司とクラッチは顔を見合わせた。クラッチの苦笑──そちらに任せる。亮司は代表して尋ねた。


「どうするつもりなんだ?」

「工場の外の連中を背後から襲う。理由は、撃破カウントが欲しいから。予想外に手間取って焦ってるっぽいから、今ならボーナスタイムだと思うよ」

「中の男はどうする?」

「うーん、どっちでもいいけど、死んでからの方が楽かなあ。今みたいに抵抗されると面倒だし」


 亮司はもう一度戦況を確認した。遠巻きに攻め立てられる工場。包囲の輪はじわじわと縮まっている。黒人男は奮戦しており、やられるまでもう少しかかりそうだ。3人が潜んでいるコンテナから工場までは少し離れているため、男が死ぬのを待っていたら、攻めている2チームのうちどちらかが工場を再占拠して防衛に回るだろう。


 亮司はひとつ思いついたことを提案した。「中の男と手を組んでみるのは?」

「追い払ってやるから食料分けろって?」


 一瞬考えたあと、ニコルはすぐに結論を出した。黒人男の頭の上に表示されているIDに対して直通の対話を試みる。


「もしもーし、聞こえる?」


 外に対する数秒の反撃のあと、頭を引っ込めた男から返答があった。


≪誰さん? 悪りーけどマジですげー忙しいんだわ≫


 スピーカーがONにされているため声が亮司たちにも聞こえた。


「今ねー、あなたのそばにいるの」

≪あーそうなの。俺、死にかけてるの。だから冗談には付き合えないの≫


 コメディのような軽いノリ──亮司は思わず笑いそうになって口元を手で覆った。


「助けてあげよっか? お礼はそこにある水と食料でいいよ」

 男はすぐに食いついた。切羽詰まった声で応じる。≪分ける。助けてくれたら分ける≫

「おっけー。今から攻めるからタイミング合わせてね」


 通信を終え、すぐに出ようとするニコルの腕を亮司が掴む。


「ついでに俺のスキルも使おう。ここら辺のチーム内通信を敵味方問わずしばらく阻害できる。攻めてる連中はさらに混乱するはずだ」


 ニコルが親指を立てて笑った。許可を得て、亮司は昨晩奪った【ジャマー】を発動した。

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