第13話 2日目...2

 AM10:00──2日目の戦闘開始。外に出ると帽子が欲しくなってくるほどの日差しに出迎えられた。ニコルのIDから通信が入り視界の端に小さくポップアップが上がる。


「見れる? リョージくん」


 タッチするとマップへのショートカットが起動してほとんどが黒塗りの1枚画像が表示された。点滅する2つの点が自分たちのいる位置であると分かる。そこから地図の全長の1/3ほど離れた地点からここまで細長い道が開通している。地図がチーム内共有であることを考えると、ニコルが歩いてきた道のりということだろう。


「いま送られてきた食料の座標がここ」ニコルが自分の地図をタッチすると、亮司の方にもそれが反映された。ここからニコルが昨日歩いたのと同程度離れた地点に青い旗が立つ。「それじゃあ後ろの警戒よろしく」


 先導するニコルに亮司はおっかなびっくり付いて行く。建物の周りにあった雑木林は5分も歩けば終わりを迎えた。その後はだいぶ色が白くなったアスファルトの道が伸びている。


 そうこうしているうちに聞こえる潮騒。


「海が近いのか?」

「多分、島なんじゃないかな? 海岸線を歩いてたらそう感じたってだけなんだけど」


 前を歩くニコルが言った。これといって辺りを見渡したり物陰を警戒しているといったふうはないのに、足取りは自信に満ちている。根拠を聞こうかと思ったが、どうせ碌な答えではないだろうと思って亮司は思いとどまった。


 亮司は言われた通りに時折背後を振り返って誰もいないことを確認する。「島か……確かに、世間の目から逃れるにはそっちの方が都合がよさそうだ」


 目的地が近づいてくる。整備された道路から脇にそれて両脇に雑草の覆い茂った小径を上る。2人がまず目にしたのは飛び交う光弾だった。既に他プレイヤー達が戦闘を行っていた。


「あー……他の連中も同じ情報を買ったってことか?」歩き詰めで顎まで垂れてきた汗を亮司はジャージの上着で拭いた。

「まーこうなるだろうなって感じだね」予想していたらしくニコルに驚いた様子はない。

「どうする? まさか、両方を相手にするなんて言わないよな?」

「ちょっと待ってて、いまSNS確認してるから」

「SNS? こんなときに?」

「ちょっとね。あ、あった。リンク送る」


 ニコルから送られてきたアドレスに触れる。表示される、とある発言。

 X52:Y811に水と食料が存在する──いま二人の目の前にある建物の座標だった。


「……誰かが自分の買った情報をリークしたのか?」

 ニコルが両手を上げて自分ではないことをアピールする。「一番乗りだったら私もやろうと思ってたんだけどね」


 つまり罠というわけだ。いま戦っているのは、これに騙されたか半信半疑で誘い込まれた連中ということになる。


「ふつーに情報買ったのかもしれないけどね。で、何て言うんだっけ、あれ。第三者が美味しいところを持ってくやつ」

「漁夫の利?」

「それ。多分それ。ニホンゴ難しいよね。この発言した人、それをやるつもりなんじゃないの?」

「中国由来の故事成語だけどな」


 暗に自分もそうするつもりだったとニコルが言っている。『こういうところ見習った方がいいですよ』というナビゲーターの発言を無視した。確かにうまい手ではあると亮司は忌避感を抑え込む。


「だったら、うかつに飛び込まない方がいいな。漁師が狙ってるかもしれないわけだ」

「リョージくん、昨日の消える奴でちょっと調べてもらえる? 多分そっちの方が確実だと思うし」

 ニコルの提案に亮司は一瞬言葉に詰まった。「それなんだが、実は使えない」

「うん? そうなの?? 1日1回使えるんじゃなかったっけ?」

「俺のスキルなんだが、毎日ランダムで切り替わるんだ。今日はまったく別のスキルになってる」


 とっさに考え付いた嘘にしてはすらすらと言えた。ニコルは笑う。


「前半分が嘘で、後ろ半分は本当。リョージくんって信じられないくらいわかりやすいね。本気で嘘つくつもりある? でもまあ、そういうところも好きかな」

 亮司は思わずたじろぎそうになったのを堪えた。「なんで嘘だと思うんだ?」

「なんでだろう」自分で言っておきながらニコルは首を傾げる。「仕草とか、声の音程とか? 何となく分かるっていうか。特に、目を見れば絶対分かるよ。嘘をつかないから。本当はいつも喧嘩してるのに私がそう聞くとそんなことはない仲が良いよって言ってたパパとママも目はお互いを殺したがってたんだよね。嘘をつくのって後ろめたいし後味も悪いじゃない? そりゃあ欠点はあっただろうけど、私はパパとママのこと好きだったし、そういう気持ちになってほしくなくて、だから、私は二人を正直にしたんだ」


 いきなり狂った人間のいかれた思想を浴びせられて腹の部分がずしりと重くなる。だが、実際のところはどうあれ、少なくとも今この瞬間においては彼女は真実を言い当てている。


「ああ、そうだよ。真っ赤な嘘だ。だけど、【ハイディング】が使えないのも、今は別のスキルに切り替わってるのも本当だ」

 ニコルは頷いた。「うん、それは分かる。私も自分のスキルは隠してるし、その辺はお互い様だね」


 それじゃあとりあえず様子見しようかとニコルは会話を打ち切って元のように前を歩き始めた。そのまま付け入る隙を探して戦闘区域を中心に迂回する。平屋建ての倉庫、あるいは工場のような建物を挟み、西と東に分かれて──地図の上方向が北であればだが──2つの勢力が撃ち合いをしている。


「どっちかに肩入れするか? それとも──」


 亮司の台詞をポップアップが遮る。対話の許可を求める通知。名前部分には自分のではないしニコルのものとも違うランダム生成された英数字のID。


 忙しなく首を左右に振る亮司へニコルが怪訝そうに振り返る。


「どうしたの?」

「いや、誰かから通話が来たんだが、正直心当たりがなくてどうしたもんかと。そっちには来てないのか?」

「リョージくんの方だけっぽいね。出てみたら?」ニコルがあっさり言った。

 ナビゲーターも同意する。『別にペナルティはありませんし、今のところ罠の兆候は無いですね』


 女どもは思い切りがいい。亮司は少し躊躇ってから応答した。


「もしもし?」

≪やあ、しばらくぶりだな≫

 ヘッドセットから聞こえたのは男の声。こちらを知っている口ぶり。亮司は眉をひそめた。「すまん、誰だか分らない」

≪クラッチだ。その節は世話になった≫

「クラッチ──」亮司の記憶が掘り返される。初日、ホルヘの提案に乗って真っ先に外へ偵察に出た男。「生きてたのか」

≪昨日、SNSでわざわざ忠告してくれただろう? 今の礼はそれだ。もしやと思ってたんだが、君の姿と表示されたIDを見て確信した≫

「つまり、どこかから覗いてるってわけか? それとも、通り過ぎたのか?」

≪撃たないでくれよ≫


 建物は円形の丘の上にある。その途中の岩陰から両手をあげて見覚えのある男が出てきた。サスペンダーでスラックスを吊り下げた白人の中年男。確かに見覚えのある姿だった。

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