第23話

「櫻井!

 姿勢がなっておらん!」


「はっ!」


 いつもの嫌がらせだった。

 この教官は長州閥の腐れ外道だ。

 何かある度に嫌がらせの叱責をする。

 どれほど見事な敬礼をしようが、精神がなっておらんから駄目だと、愚にもつかない事を言う。


 だが誰が見ても正しい姿勢で敬礼をしているし、銃の扱いも完璧だ。

 これ以上直しようがない。

 だから返事をして全く同じ状態にやり直すという、馬鹿げたことを繰り返すしかない。


「教官殿。

 櫻井の何が悪いのでありますか?

 自分には全く分かりません。

 むしろ櫻井より、教官殿の弟君の方が、ふらふらとみっともないであります!」


「「「「「ブッフ!」」」」」


 中学出の生徒がたまらず吹き出した。

 同期の戸田が助け舟を出してくれる。

 戸田は子爵家四男の御曹司だから、長州閥の教官も余りに横暴なまねができない。

 戸田が揶揄してくれたように、幼年学校から入学した生徒の中に教官殿の弟がいるのだが、兄同様に事あるごとに長州閥である事を自慢するだけの、無能で性根の腐った嫌われ者なのだ。


「戸田ぁあぁ!

 子爵家の曹司だからと、何時までもいきがれると思うなよ!」


 長州っぽの馬鹿が頭に血が上ったようだ。

 このままでは戸田が顔が歪むほど殴られてしまう。

 俺を助けようとしてそんな事態にさせる訳にはいかん。


「教官殿!

 何が悪いか教えてください!」


「なんだとぉ?!

 何が悪いか分からんだと?!

 この大馬鹿者の賊軍がぁ!

 精神が悪きに決まっているだろうがぁ!

 賊軍の血を引く腐れ外道の分際で、陸軍士官学校に入ろうなどと思い上がりやがって!」


 許せない!

 絶対に許せない!

 会津は孝明天皇陛下の命に従い、忠節を尽くしてきた。

 孝明天皇陛下を毒殺し、御政道を私した連中に賊軍と言われるいわれなどない!

 まして、蛤御門の変で、御所に大砲を撃ち込んだ連中の孫に賊軍などと言われては、黙ってはいられない!


「黙れ腐れ外道が!

 孝明天皇陛下を毒殺して政権を奪い、権力を手に入れただけであろうが。

 しかも御前の祖父は、御所に大砲を撃ち込んだ謀叛人ではないか!

 武力と謀略で権力を手に入れようとも、謀叛を起こし、孝明天皇陛下に砲門を向けて攻撃した事を糊塗できると思うなよ!」


「!

 黙れ、黙れ、黙れ!

 あれは、あれは、忠節やむにやまれず行った事だ。

 それこそ、会津の賊軍が陛下を人質に権力を握っていたから、仕方なく行った義挙なのだ!

 俺の祖父は不忠者でも謀叛人でもない!」


「権力を奪うためには、天皇陛下に砲弾が当たるかもしれないに、平気で大砲を撃ち込むのが長州の忠義なのか?

 ようは孝明天皇陛下を殺して、自分達に都合のいい天皇陛下を擁立しようしたのであろうが!

 逆賊の孫が!」


「違う、違う、違う!

 祖父は不忠者でも逆賊でもない。

 あれは義挙なのだ!

 不忠者の賊軍は会津だ!」

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