第20話

 驚いたことに、助けた女の子は連隊長閣下の御嬢様だった。

 男爵令嬢、華族の公女様だったのだ。

 助けた俺の方が驚いて何が何だか理解できないくらいだったが、父は冷静に対処し、連隊長閣下とも対等に話ができていた。

 やはり父は尊敬できる大きな大きな漢だ。


 母は御嬢様を安心させるように話しかけ続けていた。

 それが功を奏したのだろう、御嬢様も泣き喚くような事はなかった。

 それが奥方様にも好印象だったのだろう。

 奥方様も下にも置かない態度で接してくださっていた。


 後はあれよあれよという間の話だった。

 連隊長閣下が独自の考えでやられたのか、参謀となる人がおられるかの、父が係わったのかは分からないが、新聞を使い、江戸っ子を味方につけて、今回の誘拐未遂事件を今上陛下の耳にい届くようにして、長州閥に大打撃を与えられた。

 それだけではなく、莫大な募金が我が家に届くように工夫してくださった!


 だが一番大きかったのは、家族を男爵家に召し抱えてくださったことだ。

 出る杭は打たれる!

 特に誘拐未遂事件で苦渋を飲まされた長州閥は、陰湿に報復してくる。

 品性下劣な長州っぽは、警視庁にいる仲間を使って、家族を追い詰めるに違いなかった。


 だが連隊長閣下の屋敷に召し抱えていただけたら、男爵家の使用人となるので、長州閥も迂闊に手出しできなくなる。

 莫大な募金を頂いても、長州閥の手先の博徒や盗人に奪われる可能性がある。

 募金を奪った後で、圧力をかけて仕事に就けないようにするかもしれない

 今度は弟妹が狙われ誘拐されるかもしれない。


 そんな危険の全てが、男爵家に住み込む事で防ぐ事ができるのだ。

 なんと有り難い話だ!

 この御恩は軍務で御返ししなければならない。

 お引き立てくださった連隊長閣下に、恥をおかけするわけにはいかない。

 必死で軍務に励むのは当然だが、休日も御屋敷に伺って御手伝いできることは全て御手伝いする。


 ですがそんな俺の考えを連隊長閣下は窘めてくださいました。

 目先の事だけ見ずに、高所大所から物事を見よと諭してくださいました。

 そして連隊長閣下だけではなく、今上陛下のためにも、もっと軍務に励めと叱咤激励してくださったのです。

 具体的には、陸軍士官学校に挑戦しろと言われました。


 最初は正直驚きました。

 絶対に無理だとも思いました。

 長州閥が絶対的な力を持つ陸軍です。

 どれほど学力試験で高得点を獲っても、どれほど体力測定で高得点を獲っても、賊軍と言われる会津士族出身の俺では、危険思想者として不合格にさせられます。


 そうは思いましたが、連隊長閣下の命には逆らえませんし、挑戦もしないで諦める訳にも行きません!

 死力を尽くし、身命を賭して努力しました。

 

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