悪役令嬢改め、お飾り王妃になりました

彩戸ゆめ

第1話

 乙女ゲームの悪役に転生した。

 それに気がついた私は、バッドエンドを回避しようとそりゃあもう血のにじむような努力をした。

 ゲームの中の私はただ公爵家の血筋のみに固執し、婚約者である王太子に執着するお馬鹿さんであったから、それを反面教師として、身分の低い者も尊重し、王妃教育にも手を抜かず。自分で言うのもなんだけれど、そりゃあもうハイスペックなご令嬢へと成長した。あ、もちろん悪役令嬢らしく美少女だしね!ボンッ、キュッ、ボーンですよ。うへへ。


 婚約者である王太子フランツとの仲も良好だった。ゲームでは世継ぎゆえの孤独をヒロインに癒されて恋に落ちていたから、そんなにがんばらなくてもそのままのあなたが好きなんだよ~と、ことあるごとに言い続けた。


 これでヒロインが逆ハー狙いの悪女でも、ざまぁしてやれるわ!と意気込んだのが悪かったのか。

 学園で出会ったヒロインは、普通に可愛くていい子だった。


 未来の王妃となるには、地位も頭脳も覚悟も足りなかったけれど、その愛らしい性格が王太子の心をつかんでしまった。


 だが、当然ながら、ゲームの中のように婚約者である私はヒロインをいじめたりなどしなかった。もちろん断罪イベントもない。でも王太子が愛しているのはヒロインだ。そこでどうなったかというと―――


「すまない、ヴィヴィアン。私はシャーロットを愛しているんだ。妾妃として迎えるのを承知してもらいたい」

「わたくしよりも、彼女を愛するとおっしゃるのですね?」

「君の事も大切に思っている。だが―――」


 あ~。はいはい。真実の愛を見つけたって事ね。

 ゲーム終了時に断罪されずに婚約したままだから、このままフランツと結婚して穏やかな愛を育んでいけると思ってたんだけどなぁ。シャーロットよりも私を選んでくれるって、そう、思ってたのに。


 まさか数代前に廃止されている妾妃制度を復活させるなんて思わなかった。愛人には何の地位も補償もないし、基本的には誰かの夫人という立場になっていないといけない。万が一、子供が生まれても、継承権の問題で王族の子供だと認める事はできないからだ。

 でも妾妃という公の地位につく場合は違う。いわば第二夫人という扱いになるのだ。

 シャーロットがその妾妃になるっていう事は、私が正妃になったとしても、お飾り決定って事よね。


 多分、公務とかそういう面倒な事は私に丸投げして、シャーロットはただ愛されていればいい気楽な立場になるんだろうなぁ……


 私だって……あなたを愛していたのにな……


「つまり、わたくしを王妃とするけれど、愛して側に置くのは彼女だという事ですの? 随分、わたくしを馬鹿にした話ですわね」

「本当にすまないと思っている」


 でも、目の前の男は、私が断るとは思っていない。自分が愛されているのを知っているから。

 なんて、ずるい人だろう。

 それでも愛していたのは確か。


 それに、今さら結婚を取りやめるという訳にもいかない。三か月後には、国をあげての挙式が行われる事が決まっていて、既に他国の賓客へも招待状を出しているのだから。国のメンツにかけても、結婚式を取りやめる事などできるはずもない。

 しかもそれが妾妃を拒んでとなれば私の風評も下がる。そもそも王太子がそんなものを持たなければいい話ではあるけれど、こういった問題ではとかく女の方が悪く言われるものだ。

 まあ、だからこそ、この時期にこんな事を言ってきたのだろうけど。


 本当に、ずるい人。


「条件がございますわ」

「……どのようなものだ?」

「わたくしの住まいを青の離宮として、そこではわたくしだけが主人となりとうございます」


 青の離宮というのは、王宮のはずれにある小さな宮のことだ。三代前の国王が、異国から来た王妃の為に作らせた青いタイルをふんだんに使った美しい離宮である。おそらくフランツもシャーロットをそこに住まわせようと思っていたのだろう。


「……つまり、王ですら権限を持たぬ場所にしろ、と?」

「その代わり、わたくしは王太子妃としてあなた様をお支えいたします。ただ、青の離宮でだけは好きなように過ごさせていただきたいのです」

「陛下にうかがってみよう」


 フランツはそう言ったけれど、どんな手を使ってでも陛下にそれを承知させるのだと分かっている。

 きっと、智に優れ、武に優れる美丈夫で、ただ一人の世継ぎの初めての我儘を、あの聡明な王も許してしまうのだろう。


 私の心など、彼らにとっては取るに足りないものであるに違いない。

 ならば……私は私の道を行こう。

 王だの王太子だの。男に振り回される人生なんてまっぴらだわ!

 王妃としては完璧に仕事をこなしてみせよう。でもそれ以外は好きにさせてもらう!開き直りでも、構うものか!


「では、良い返事を期待しておりますわ。ごきげんよう」


 優雅に礼をして、私はその場を辞した。


 そして公爵家の屋敷に帰った私は、早速仕事にとりかかった。

 まずは青の離宮を警護する護衛騎士の選定だ。今ついてくれているロイはそのままでいいから、後はどこから引き抜いて来ればいいかしらねぇ。


「ロイ。あなたちょっと今から騎士団に行って、使えそうな人材を引き抜いてきてくれない?身分は問わないわ」

「……お嬢様。それは先ほどのお話からのご命令でしょうか」

「ふふ。そうよ。さすがロイね。話が早くて助かるわ」


 公爵家の娘であり、かつ王太子の婚約者である私には専属の護衛がついている。そりゃあもう、トイレに行く時までぴったりと。だから当然先ほどの王太子との会話の時にも、この護衛が側についていたのだ。もちろん王太子の護衛もたくさんいたけどね。


 黒髪で深い青の瞳を持つこの美貌の男は、私が小さい頃に拾った暗殺者だ。当然ながら攻略対象で、ロイのルートだと私はロイを奴隷のように支配して縛り、ヒロインがハッピーエンドを迎えたあかつきには、私はロイの手によって殺されるというシナリオだ。


 もちろん私はロイを奴隷のように……あ、働かせてるな。労働基準法も真っ青な労働時間でこき使ってるかもしれない。いや、でも、ヒロインは王太子ルートだからね。セーフセーフ。


「青の離宮の警護及び女官はすべてわたくしが手配するわ。わたくしつきの護衛も多めに雇いたいの。良さそうな人を見つけておいてね」

「はぁ。また何かとんでもない事を考えているんでしょう」

「あら。失礼な。わたくしは立派な王妃になろうと思っているだけよ」


 まあ国母になる気はまったくないんだけどさ。お飾りの王妃になる予定だけど、今は秘密。敵を騙すにはまず味方からってね。


「まあ、お嬢様がこうと決めたら梃子てこでも動かないのは知っていますからね。分かりました、適当に見繕っておきます。あ、暗器に長けた者もご入用ですか?」

「う~ん。そうね。ロイの他にも欲しいわね。そちらも頼める?」

「お任せください、お嬢様」


 深く礼をしたロイはそれでも立ち去ろうとしなかった。


「どうしたの?早く行ってきてちょうだい」

「お嬢様。もしお辛いのであれば、逃げますか?」


 優しい私の護衛は、どうやら私を他国にでも逃がしてくれるつもりらしい。彼ほどの腕ならばそれも可能だろう。追手の目をくらませて、異国の市井でただ人として暮らしていけるのかもしれない。


 そうね。泣くだけしかできない姫なら、そうしていたかもしれないわね。だって夫になるはずの幼い頃からの婚約者には既に愛する人がいて、結婚したとしてもその愛は望めないんだもの。そのくせ、王族の義務には縛られる。

 そんな暮らし、普通の女には耐えられないわね。でも。


「わたくしはね。王国の全てに光を与えたいの。こぼれていく民を救いたいの。それには権力が必要だわ。それが手に入るのなら、女の幸せなど得られなくてもいいの」


 そう。ロイがかつて住んでいたスラムのような場所をなくしたい。全てを救う事はできないかもしれないけど、前世の知識と価値観を持つ私にしかできない事があると思う。

 うん。まあぶっちゃけて言ったら、めざせNAISEIなんだけどね。


 それに、前世から二股って大嫌いなのよ。よく覚えてないけど、二股されて嫌な想いでもしたのかしらっていうくらい嫌い。二股されるくらいなら、一生独身でいいわっていうくらい嫌い。

 だからどうしてもフランツとの結婚が避けられない未来なら、仕方ないから王妃業はやるけど、それ以外は求めないで欲しいのよね。


 まあでも前世の記憶っていっても、そんな大した事はできないのが現実なんだけど。特に専門知識があったわけでもないし。

 とりあえず孤児院作ってそこで教育をして、教育した者を全国の孤児院に派遣しましょう。ああ、医療ももう少し発達させたいわね。医者の数も増やさないと。

 それから下町にも上下水道の設備を整えて、と。う~ん、やる事がいっぱいだわねぇ。リストにしないとダメだわ。

 ああ、内政に強そうな文官もスカウトしないと。


 失恋なんかで凹んでいられないわね。

 明日あすには明日あしたの風が吹くのよ!





 そうして私とフランツの結婚式はつつがなく、挙げられた。国威を示すべく、豪華なものだった。

 その翌日。私は早速公務に励むべく、王太子妃の執務室へと向かった。そこに、不機嫌極まりないといった顔のフランツが出迎える。


「ヴィヴィアン。あれはどういう事だ」

「どういう……とは?」

「結婚した当日にわが妃の元へ渡るのに、なぜ護衛に止められなければならん!」


 あ~。やっぱり来たのか。まあ来るだろうな~とは思ってたけどさ。


「わたくしが命令しましたの。だって殿下に愛は誓っておりませんもの」


 うん。フランツもそれでいいって言ったじゃない。神の前で誓ったのは『夫と共にこの国を守る』ことだけだ。夫への愛は誓っていない。

 そしてそれはフランツにも言える。そうしてね、って言ったら、シャーロットへの義理立てができると思ったのか快諾したじゃないの。


「ああ、お世継ぎはシャーロット様にお願いいたしますわね。そうすれば無駄な継承争いも起きないでしょうし、安心ですもの。後世に憂いを残してはいけませんわ」


 元々、妾妃制度が衰退したのは、王妃の生んだ王子と妾妃の生んだ王子の間で、何代にも渡って血みどろの争いが繰り広げられたからだ。その愚をまたもたらすなんて、本当に恋は人を愚かにさせるという事なのかしらね。


「さて、殿下。本日は挙式にいらして頂いた国賓の方々のおもてなしがありますわ。そうそう、アズール国の絹織物をもう少し融通していただけないか交渉いたしましょう。それから―――」






―――歴史学者 グレゴリオの覚書より―――



 廃止されていた妾妃制度を復活させた好色王と呼ばれるフランツ王は、多くの妾妃を娶ったが、生まれたのは姫ばかりでついに世継ぎの王子には恵まれなかった。王位を継ぐのは男子のみと定められていたので、フランツ王は正妃である白の賢妃ヴィヴィアンの育てた傍流の王子シャルルを世継ぎとするよりなかった。

 一説によると賢妃ヴィヴィアンとフランツ王は白い結婚にすぎず、賢妃ヴィヴィアンは結婚式の際に「私はこの国の王と結婚するのではない。この国に嫁ぐのだ」と神の前で宣誓したのだと言う。

 バロウ王家の黄金時代を築いたと言われる賢妃ヴィヴィアンの功績については、多くの書物により書き記されているので、ここでは割愛する。

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