ブラッドダウン

 吸血開始。

 んぎもぢぃぃぃぃいいいい! なんじゃこりゃああああ!

 腰が落ちかけるの必死で堪える。 

 はじめ、チリッと一瞬痛みが走ったが、すぐに甘美な痺れに。吸血鬼の唾液の作用だ。

 いきなりぶちかましてきやがったな。天原家の神髄を。

 不規則なリズムで吸われる。強弱もそのたびごとに違う。それがたまらなく気持ちいい。

 リズムよく、徐々に吸う力を上げていくような王道な戦法じゃない。不規則さはハマらなければ大きなマイナスになる。これはおそらく、計算された不規則さ。舌コントロール、吸引力調整が完璧でないとできない芸当だ。さすが照夫。侮りがたし!

 一、二分は様子見なのか吸いに重点を置いたものだった。が、中盤。


「んあっ」


 短く漏れる俺の喘ぎ声。

 上がる歓声。

 加藤の鼻血が噴出する音。

 きたな。朔夜が言っていた、月読流をトレースしたという舐め技が。

 円を描くような軌道。いや、うずまきか。段々と出血ポイントへ近づいていっている。

 焦らされ、焦らされ、中央に達した瞬間、お得意の吸いがはじまる。


「あんっ」


 こんな喘ぎ声を出してしまうなんて! 屈辱だ! そんだけきもてぃーーーー!


「攻守交代! 黒、月瀬明弘、カウントスタート!」


 快感が残っていたせいで、すぐには動き出せなかった。くっ、もしかしてこの競技、先手有利なのか!?

 若干よろめきつつ、照夫の首筋へ狙いを定める。

 先手有利かどうかなんて関係ねえ。最終的に勝てばなぁ!

 芸術点度外視で、荒々しく噛みつく。

 そして、舐める! 一心不乱に!


「あ、ああ」


 照夫の足が小刻みに震えはじめた。

 上がる歓声。

 加藤の鼻血が噴出する音。

 攻めるモブ男! 受けのイケメン! そのギャップがまたイイ! 

 加藤。お前がBL好きなのは分かった。分かったから勝負に集中させてくれ。

 照夫。そっちがその気なら、俺も同じ戦法でいかせてもらう。序盤は最も得意な舐め!

 時に静かに、時に激しく。つまりは、不規則なリズム。照夫と俺は、似ている。

 そして中盤。朔夜を吸血した時につかみかけた、吸いメインの舌技。

 舐めて、吸う。舐めて、吸う。

 切り替えた途端、照夫の足の震えが止まった。さらに、先ほどまでの快感を我慢するかのような表情が、余裕のあるものに。

 裏目にでた? 俺の吸い技術は、所詮付け焼き刃だったのか?


「第一セット終了! 各選手三〇秒のインターバルへ」


 誰かが用意したと思われるパイプ椅子にどっかりと腰を落とす。


「あっくんお疲れー」


 遥がタオルと水を持ってきてくれた。

 額にびっしり浮かんだ汗を拭き取り、乾いた喉を潤す。


「思った以上にハードだ……」

「端から見てるとそんな風に見えないけどね。妙に艶めかしいし」

「艶めかしい? いやいや。俺たちは本気で相手を快楽地獄にたたき落とそうとしてるんだぞ?」

「それ逆に艶めかしくならなきゃおかしいからね? 加藤ちゃんなんてさっき倒れちゃったよ。尊い、って呟きながら」

「あ、そう」


 まあ、周りからどう見られようが関係ないか。これは、俺と照夫の勝負なんだから。

 朔夜は俺の方をチラリとも見ずにストップウォッチに目を落としている。アドバイスを求めようと思ったが、やめた。

 きっとアドバイスを求めても、朔夜は答えてくれないだろう。戦いの中で打開策を見つける。見つけてみせる。


「インターバル終了! 白、天原照夫、カウントスタート!」


 二セット目開始。

 試合運びは一セット目と全く同じになった。

 照夫が優勢。俺は『吸い』を意識しすぎるあまり、持ち味を活かせないでいる。

 どうする。どうすればいい。


「ラストセット、白、天原照夫、カウントスタート!」

「そろそろしとめさせてもらうね」

「はうんっ!?」


 吸血部位に対するみだれ吸い!? なんだこの速度は!

 口が接着、吸引。これが高精度、高速で繰り出される。断続的に訪れる快感に、俺のHP的な何かが削られていく。

 あわやブラッドダウンか、と思われたその時、朔夜の声が響いた。


「攻守交代、黒、月瀬明弘!」

「残念。ブラッドダウン狙ってたんだけど。耐久力もあるなんて驚きだ。ま、このままだとボクの判定勝ちになるんだけどね。最期の攻撃、期待してるよ」

「…………」


 照夫の言葉を聞き流す。切り替えろ。集中するんだ。

 勝つために何が必要か。これまでの戦いを思い出せ。

 最も快楽を与えられたのは、一セット目の序盤。舐めのみ使ったパターン。威力は高かったが、ブラッドダウンさせるまでには至らない。照夫レベルの相手に勝つには、舐めだけじゃダメだ。

 照夫は舐めと吸いを巧みに使い分け、器用に戦っていた。イメージは、双剣。

 俺も同じ戦い方をしようとしたが、上手くいかなかった。そこまで器用じゃなかった。片手の練度が圧倒的に足りていなかった。

 ならばどうするか。朔夜は、俺が吸いの極意の片鱗をつかんだと言っていた。あの時感じた手応え。果たして俺はあの時どんな吸血を行っていたのだろう。


「カウントスタート!」


 潜れ。深く潜れ。己の底に。勝利の鍵は自分の中にあるはずだ。

 朔夜を思い浮かべた。遥を思い浮かべた。彼女らに今吸血するとしたら。

 俺の舌は自然に動いた。喉も連動して蠢く。


「な、ん、だ、これふぁっ!」


 照夫が驚きの声をあげる。

 無理に二刀それぞれを振るうんじゃない。一本の巨大な剣を両手で操るイメージ。

 俺が戦いの中でたどり着いた吸血の極致。それは、『舐め』と『吸い』の完全融合!

 照夫のみだれ突きに似ている。だが決定的に違う点がある。それは、舐めと吸いを同時に行う点。

 肉眼ではとらえきれまいこの動きを! スピードカメラをもってして判明するはずだ。

 接着の瞬間、舌が蠢き吸血部位に舐めの刺激を。そしてコンマ一秒後、吸いつき。照夫がみだれ突きなら、俺はさみだれ突きだ!

 それだけじゃない。序盤はさみだれ突きで攻め、中盤からは完全融合を果たした『吸血』をさらに発展させ、攻める。

 ゆっくり舐めながら強弱をつけた吸い。ゆっくり吸いながら強弱をつけた舐め。


「おおう、んんっ!」


 照夫の身体がビクビクと痙攣しはじめた。これは攻め時、一気にオトしきる!


「あっくん! 勝てるよ! がんばって!」


 遥のエールが耳に心地良い。

 本当に一瞬、朔夜の方を見ると、ストップウォッチを持つ手が震えていた。

 勝つ。勝って幸せな未来をつかみとってみせる!


「ん、んちゅっ、ぺろぺろちゅーちゅー」


 俺の攻撃の激しさから派手な音が漏れる。剣戟音みたいなものだ。


「あっ、ふんっ、くっ」


 体感では残り三〇秒。ここで、決める!


「じゅるるるる、ぺろぺろちゅっちゅっ、じゅっ、じゅわっ、ぺろぺろぺろぺろぉ!」

「あ、ああ、あああああああらめええええぇぇぇぇぇええええ!」


 どう、と、照夫が背中から地面に倒れた。頬は紅潮し、尋常ではない汗をかきながら。

 静まりかえる中庭。やがて、校舎を揺らすほどの歓声が巻き上がった。


「白、天原照夫、ブラッドダウン! よって勝者、黒、月瀬、アキ、ヒロ……アキヒロォ! ようやった! よくやった!」


 ストップウォッチを投げ出して、駆け寄り、ダイブしてくる朔夜。


「勝ったよ。俺、勝ったんだ」


 俺も、やりきった達成感から、朔夜を強く抱きしめた。

 ギリギリで編み出した合わせ技。それが上手くハマってくれた。照夫に通用したんだ。

 俺は朔夜から身を離し、今だ痙攣し続けている照夫の元へ向かった。


「照夫。約束、覚えてるか? 遥に付きまとわないっていうのに加えて、俺の頼みを一つ聞く、ってやつ」

「あ、ああ。もちろん覚えてるさ。ははっ、負けるわけがないって、タカをくくってた。完敗だよ。ボクにできることだったら何でも言ってくれ」


 中庭の芝生に大の字になって倒れている照夫はどこか満足気な顔をしていた。

 朔夜は、照夫が権力を使って無理矢理遥を手に入れるかもしれないって危惧してたけど、この男はそんなことをするようなやつじゃない気がする。


「朔夜、ちょっと来てくれ?」

「ぬ?」


 朔夜を俺たちの会話が聞こえるところまで来てもらう。


「照夫。俺の頼みは、この試合の結果を報告することだ。月読家と、吸血業界に。自分は負けました。月読朔夜の眷属兼弟子の月読明弘に、ってな」

「この非公式試合の結果を公表しろ、ということだね。デビューもしてない素人に負けたなんて言ったら、お父様とお母様に殺されそうだ。その公表でもって電撃デビューでもするつもりかい?」

「あーそうか、結果的にそうなるのか。俺的に重要なのは、月読家に報告、の方だから」

「月読家に抱き抱えてもらおうと?」

「違うよ。ま、頼むわ」

「了解した。明日にでも。そ、そろそろボクは限界が近いから、少々眠らせてもらう。正直、意識を保ってるのがしんどくてね。アキヒロ、キミなら、世界を狙える」


 照夫はそう言い残し、白目をむいて気絶した。

 これまで負け知らずだったのだろう。快楽への耐性が低いと見た。


「アキヒロ。先ほどの要求は」


 朔夜は何がなんだか分からないといった風におろおろ手を動かしていた。


「朔夜。もう、一人でいる必要はないだろ。お前は自分の価値を証明した。きっと、実家の人たちも認めてくれる。凱旋したらいいじゃないか。朔夜が帰りたくないってんだったら話は別だけど」


 俺の目論見。それは、朔夜の両親に、朔夜を認めさせること。

 自分はプレイヤーとして大成できない。だから、自分の代わりになる、実力者を探して眷属にする。

 普通は、自分に見切りをつけるだけで終わってしまうだろう。だが、朔夜は違った。自分じゃダメなら、可能性ある人間を探しだし、育てようとした。

 そこまでしようとするのは、ひとえに吸血業界への愛ゆえ。

 朔夜を追い出した月読家に突きつけてやりたい。プレイヤーとして結果を出すこと以外にも業界に大きく貢献できるということを。

 月読家には朔夜以外にも跡継ぎがいて、朔夜より優れたプレイヤーを擁しているかもしれない。照夫が若手ナンバーワンということは、そのプレイヤーたちは照夫に敵わなかったということだ。ライバル家に大きな顔をされるのは気持ちの良いことではないだろう。

 その照夫を、朔夜が掘り出した俺が、破った。これは朔夜の功績だ。

 月読家は、朔夜を賞賛でもって受け入れてくれるはず。


「アキヒロ、ぬし、そこまで考えて」

「あの夜、お前の泣き顔見ちまったからな。あんな寂しそうな顔、もうしてほしくないって思った。ま、ついでにやったことだから気にすんな」

「ぬしは、ぬしというやつは」


 朔夜は、俺の胸にすがりつき、嗚咽を漏らした。

 小さな肩を、そっと抱いてやる。

 嬉し涙ならいくらでも流すといい。

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