攻めのイケメン! 受けのモブ男!

 西部劇で流れているような、ニヒルな音楽が頭の中で再生される。

 空は、実際は青色だが陽が落ちかけているようなオレンジ色に見えたし、かさかさと藁の塊のようなものが風に流されて転がる様がイメージされた。

 風切り音が耳を打つ。


「来たね。アキヒロ」


 照夫がぺろりと舌を出し、唇を軽く舐めた。俺にはそれが、自分の拳銃をなでる行為に見えた。ってそろそろこれやめよう。流石に脚色が過ぎる。


「来たぜ」

「ボクらの決闘は見せ物じゃないんだけど、こんなに集まっちゃったね」


 そうなのだ。中庭には今、俺たちを中心に人の波ができている。

 中には部活をサボって来ている生徒や、他校の生徒まで見受けられた。先生もちらほら。どうなってんだ。


「ギャラリーがいようと関係ない。とっととはじめよう」


 俺は昼食後に装着した、鉄製のリングウェイトを舌から外す。

 おおおお! と無駄に歓声が上がった。


「湧かせるねえ。ところで、審査員はどうしようか? 一応非公式試合だから、最悪審査員ナシ、片方が負けを認めるまで、みたいな措置をとることもできるけど」


 試合? 審査員? ダメだ、朔夜から吸血芸能についての詳細を何も聞いてないからさっぱり分からない。

 知ったかぶりをするか。いや、そんなことしたら知らないうちに反則負けになる可能性がある。それだけは避けねば。


「我がやろう」


 人混みをかき分け名乗りをあげたのは、まさかの朔夜だった。

 漆黒のワンピースに身を包んだ朔夜はただならぬオーラを放っており、周囲を圧する。透き通るような白い肌。濡れ羽色の長髪。ゾッとするほどの美貌。それはまさに神話に出てくる吸血鬼のイメージそのものだった。


「なんだあのロリカワちゃんはっ! 将来とんでもない美少女になること間違いなしじゃないか! お近づきになりたい!」


 見境のない小野とかいうバカが騒いでいる。俺も周りもスルー安定。


「キミは……月読家長女の朔夜じゃないか!? どうしてここに?」

「アキヒロは、我の眷属じゃ。眷属の初試合を見に来ない主がどこにいよう。ついでに審査員もつとめてやる」

「なるほどね。アキヒロが言ってた、ある人っていうのはキミだったんだ。キミが審査員なら心強いね。キミはプレイヤーとしての才には恵まれなかった。しかし、吸血へ対する愛は本物だ」


 照夫は昔を懐かしむように遠い目をした。照夫と朔夜は過去、戦ったのかもしれない。

 対して朔夜は古傷をえぐられたかのように苦い顔をして、言葉を吐き捨てていく。


「ふん。そんなこと言われても嬉しくないわい。我が一方的に愛しただけで、吸血の神は我に微笑んではくれなかった。我だって本当はぬしのような一線級のプレイヤーに、なりたかっ、た」

「無理だね。キミには才能がないもの」


 語気から邪気は感じられない。人間的な優しさ、思いやりを排した、プロの姿勢。実力の世界だというのがひしひしと伝わってくる。

 朔夜は咄嗟に、といった様子で胸を押さえ、しかしてすぐに平静さを取り戻す。その瞳は、遙か先を見据えるように、澄んでいた。


「分かっておる。誰よりも、それは分かっておる。我はもう自分自身に見切りをつけた。託すことにしたんじゃよ、この男にな」


 朔夜はテクテクと俺に近づいてきて、腕に抱きついてきた。

 月瀬ぇ! どういうことじゃわれぇ! 紹介してくださいお願いしますっ。

 小野、黙れ。今そういう雰囲気じゃないだろ空気読め。

 小野の頭の悪い発言。諫める甲斐さん。ありがとう甲斐さん。ここに来てから一度も崩していないキメ顔が小野のせいで崩れそうになったよ。危ない危ない。

 くっついた俺と朔夜を見て、照夫は得心がいったと言わんばかりに頷いた。


「なるほど。アイス・ランドでアキヒロの舌技を見た時、荒削り、雑な部分が散見されたが、そういう部分を潰す指導係、みたいなものになるってことだね。適任だと思うよ。キミは知識だけは深い。才能の塊たるアキヒロの良き指導者となることだろう」

「それは違う。我は、アキヒロに気づきを与えてやるだけじゃ。この身をもってな。アキヒロを指導するなんてとんでもない。この男は勝手に真理にたどり着く。ぬしがいくら天原家の最高傑作と言われようと、アキヒロには届かんじゃろう」

「ははっ。面白い冗談だね。純血、サラブレッドとして磨き上げられたボクに、天然モノが叶うはずないだろう。さあ、おしゃべりはここまでだ。証明してみせよう。ボクの方が上だってこと」


 照夫は手を自らの喉につっこんで、小型フィルターのようなものを引っ張り出した。


「なんだそれ!?」


 思わず大きな声を出してしまった。照夫も、俺と同じように。


「見た目通りフィルターさ。空気が通りにくくなってる。これで肺活量を鍛え、吸う力の上限を引き上げるんだよ」


 おおおお! そんな素敵特訓アイテムが! 俺も使いてえ!

 俺が感心している間に、朔夜が持参の鞄から黒い布のようなものを取り出した。

 照夫も似たようなものをかたわらに置いた鞄から取り出す。そちらは純白だった。


「アキヒロ。これを纏え。競技用のマントじゃ」

「そんなのあるのか。つか『吸血』ってそんなに色々ルールあるのか? 俺、何にも知らないんだけど」

 審査員とか競技用マントとか何なんだ。スポーツそのものじゃないか。ルールも知らないまま俺は戦おうとしてたのか。

「難しいことは考えなくてよい。そうじゃな、野球に例えると、DHでホームランだけ打ってればいいという話じゃ」

「いまいちピンと来ないのだが」

「ならもっと分かりやすい例えにしよう。ボクシングだとして、判定勝ちではなく、ノックアウトを狙うということじゃな」

「ニュアンスは伝わった。具体的には?」

「うむ。首筋限定吸血試合。五分ずつ交代で吸血を行う。一〇分一セットとし、三セットまでじゃ。その三セットを総合して点数を出す。この点数というのが、いわゆる芸術点というやつじゃ。芸術点による判定勝ちは素人のぬしには狙えん。狙うは、点数関係無しに勝つことができるブラッドダウンじゃ」

「ブラッドダウンって?」


 やけに物々しい響きだ。まさか気絶させるほどの血液を吸うなんていう危険なものなんじゃ。


「吸血による快楽で腰砕けにする」


 想像と全然違った。

 つまり、照夫を俺の舌技で悶絶させればいいと。シンプルで分かりやすい。


「了解した。やつを俺の舌技で天国へ連れて行ってやる」


 俺は朔夜に渡された漆黒のマントを羽織った。朔夜は背伸びをして、首もとの赤い紐を結んでくれる。


「気合い十分のようじゃな。……このマントはな、我がかつて使用していたものなのじゃ。これを着て公式試合に出ることは叶わなかったが……きっとぬしがこいつを大舞台へ連れて行ってくれることじゃろう」


 朔夜が、感慨深そうに俺のマント姿を見つめる。

 朔夜の競技へかける想い。無念さ。その全てが分かるわけじゃないけど。


「任せろ。照夫に勝って、俺の強さを証明してみせる。若手の中じゃ照夫がトップなんだろ? なら照夫を倒せば、実質俺が吸血鬼界の若手ナンバーワンだ。俺は事あるごとに言うぞ。もし照夫に勝ったことでインタビューとかされたら、師匠である月読朔夜のおかげだ、ってな」


 朔夜の頭に手を置いて、くしゃくしゃと撫でてみる。朔夜はくすぐったそうにして、俺の手を払った。目元を押さえながら。


「ばかもの。そういう妄想は勝ってからにしろ。それにぬしはぬし自身で強くなったのじゃ。それを誇れ」

「頑固だな。……照夫との試合が終わったら、俺にルールや戦い方、じっくり教えてくれよ?」

「言われなくとも」


 朔夜は、目元に残った涙の残滓を完全にぬぐい去り、俺と拳を合わせた。


「そろそろいいかな?」


 タイミングを見計らっていたのだろう。俺たちの会話が一区切りついたところで照夫が催促をしてきた。


「すまん。待たせたな」

「いいさ。試合自体は一五分程度で終わるんだから」

「もっと早く終わらせてやるよ」

「ブラッドダウン宣言かい? このボク相手に良い度だ。……ハルカ! 見ててくれ! ボクが勝って、キミの近くにいる権利を手に入れてみせるから!」


 照夫は実にサマになっている投げキッスを遥へ送った。

 ギャラリーの中に紛れ込んでいる遥は苦笑いをしている。

 もし照夫が勝ったら、俺はもう遥のそばにいられなくなる。代わりに、照夫が遥の隣に立つことになるだろう。

 遥も今でこそ彼氏は作らないと言っているが、人の心は変わるもの。そうじゃなくとも照夫の権力によって強制的にハーレムに加えられてしまうかもしれない。

 遥の意思を無視して照夫の近くにいさせる。それは幼なじみとして阻止したい、と思うのは自然な流れだろう。

 しかし、遥が照夫と楽しそうに過ごしている想像。こちらにモヤモヤしてしまうのはお門違いだ。

 幼なじみ。それは、友達と同義だろうか。親友と同義だろうか。親友が奪われてしまうかもしれないという恐怖感なのだろうか。分からない。分からないけど、困っている遥をほっとけない。

 照夫に勝って、遥も、朔夜も、幸せにしてみせる。


「勝つのは俺だ、照夫! いざ尋常に勝負!」

「キミに勝って、ボクの自信を盤石なものにする! キミという障壁を乗り越え、ハルカを手に入れてみせる!」


 うん。やっぱバトル前といったらこれだよな。前口上。  

 実を言うと、この勝負を受けた理由は遥のためだけじゃない。自分自身、舌技の実力的に照夫にライバル心を抱いている、というのもある。

 負けられない戦い。だけど、プレッシャーより実力者と戦える喜びの方が大きい。


「先行! 白、天原照夫! カウントスタート!」


 朔夜がストップウォッチを押す。試合開始だ。

 照夫は優雅に歩み寄り、目の前に立つと、俺の顎をクイッと持ち上げた。

 まっすぐ見つめた後、首筋へ口元を寄せる。

 鑑賞していた女子から黄色い声が上がった。攻めのイケメン! 受けのモブ男! 王道こそ至高! と加藤のバカデカい声が耳に入ってくる。あいつ腐女子だったのか。

 この行為はおそらく芸術点を手に入れるため。

 負けたくない。これからはじまる吸血に、身を固くする。

 どこからでもかかってこい! 俺の肩には二人の女子の運命が乗っかってんだ! ブラッドダウンを狙ってくるかもしれない。間違っても、やつの吸血に快感を覚えるわけにはいかねぇ!

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