第5話 「電気消さないでって言ったのに……(言ってない)」

「で、本当は何者なんだ? 彼女か?」

「彼女ではない。それは本当だ」

「じゃあなんだ? セフレか?」

「冗談だとしても笑えないな」

「だったらマジでどういう関係なんだよ。年頃の女子が男の部屋で無防備に寝るなんて、よっぽどのことだぜ?」

「それは……」

「俺に言えないことか?」


 逡巡する。

 

「……今はまだ、打ち明けるタイミングじゃない」

「何だ、その言い回し」


 映画の中で物語の重要な秘密を握っているキャラがいうような台詞である。


「俺もまだ頭の中が整理できてないんだ。だから、近いうちに必ず話す。それまでは、誰にも言うな」

「誰にもって、綾瀬にもか?」

「綾瀬にも、だ」

「飲み会でいい感じになった女子との話のネタにするのも?」

「そんなことしたらお前との縁切るからな」

「やめてくれよぉ」


 サークルの連中にバレるのは想定内だ。

 まさかこんなにも早いとは思わなかったが、早いか遅いかは問題ではない。


 どちらにせよ、身に留めておくには美也の問題は重過ぎる。


「まあ、今はそういうことにしておくか」

「すまないな」


 須郷は軽薄そうに見えるが、少なくとも友人から口止めされていることを人に言いふらすことはしない人間だと断言できる。

 友達や同級生として接するなら、普通にいい奴だ。


 でなければ関係など続きはしない。


「それにしても、あの子お前に懐いてたよな」

「……見ただけでわかるのか?」

「最初来た時に無防備にお前のベッドで、ぐで~んってなってただろ。お前の部屋で、お前の枕まで抱えて。これで何とも思ってないっていったら女性不信になりそうだ」

「懐かれるようなことした覚え、ないけどな」

「面倒見いいからだろ」


 ――兄は面倒見いいからねぇ。


 昔、妹がそう言っていたのを思い出した。

 自覚はないが、家族である妹がそう言うのなら間違いではないのだろう。


「一年前の夏にさ、俺と秀斗と綾瀬で旅行行ったよな。九州に」

「一応映画の聖地巡礼というサークル活動の一環だったんだがな」


 まあ、顧問もいないし、部員も三人しかいない。

 真面目な活動をするほうが無理だろう。


「そん時、新幹線・宿泊施設の予約、レンタカーの手配、運転、道案内、スケジュール調整も、全部お前がやってくれたじゃねえか」

「そんなこともあったな」

「あんな面倒な役回り、なんで全部一人でやったんだよ」

「なんでって、そうした方が楽しめるだろ。実際、楽しかっただろ?」

「まあ、楽しかったし、大助かりだったが」

「だったら何の問題もない」

「でも、俺たちに相談くらいしてもよかっただろ? 黙って一人でやることなかったじゃねえか」

「……まあ、確かに」


 別に負担がかかるわけではないので全部処理しておいたのだが、それが一人で抱え込んでいるように見えたようだ。


「たまに俺とか、綾瀬に頼れよ?」


 須郷の方を見る。 

 照れ隠しなのか、何も見えない窓の方に顔を向けていた。


「俺も意外と頼りになるぜ?」

「……どうだか」


 ふっ、と笑いを込めて、アクセルを踏み込んだ。


 ♢


「ただいま」


 一時間後、無事に家に帰ってくる。

 時刻はもう午前二時。さすがに、眠気が襲ってくる。


 さっさと風呂入って寝るか。


 直接洗面所へと行き、風呂にゆっくりと浸かる。



 明日は午後から授業が入っている。

 それが終われば部室に顔を出す予定だった。

 しかし、美也を部屋で待たせる以上早めに帰った方がいいかもしれない。


 

 

 風呂から上がった。

 体を拭き、寝る支度を整える。


 部屋に向かうと、電気が点いていた。

 確か電気を点けたまま出たはずだ。


 ベッドのほうを見る。

 美也は体を丸め、膝を抱えるような体勢で眠っていた。

 枕は、元の位置に戻されていた。


 美也の静かな呼吸だけが部屋を満たしている。

 ついさっき会ったばかりの人の家でぐっすりとは、本当は気が強い子なのかもしれない。


「電気消すか……」


 リモコンで電気を消した。

 座布団を敷き、床に転がる。

 目を閉じて、数秒で意識が沈んでいくのがわかる。


「……っ!」


 もぞっと、ベッドで美也が動くのを感じ取る。

 寝返りだろうか。


 再び目を閉じた――次の瞬間体がどんっ、と強い衝撃を受ける。


「うげぇ!?」


 跳ね起きる。

 

「~~っ」

「な、何してんだ?」


 暗闇の中でもぼうっと薄く光る髪と瞳で、直ぐに正体に気付く。

 美也が、俺の胸元に顔を埋めるように抱き着いていた。


「お、おい、一体なにを――」


 肩を掴んで、はっと気づく。

 震えていた。まるで何かに怯えるように。


 何に?

 この部屋にあるものか? 


 しかし、この部屋を覆う暗闇のせいで何も見えない。

 せいぜい美也のシルエットを捉えるくらいで――


「……暗闇?」

 

 美也はついに足まで絡め、まるで子供のコアラが親に抱き着くかのような体勢になる。


「く、暗いのが怖いのか?」


 美也を引きはがしながら、俺はいう。

 細い体からは想像もできないほど、力が強い。 


 美也は胸元で、こくりと頷く。


 その仕草が、ふと妹と重なる。

 あいつは、雷が苦手だった。

 幼い頃は怯える妹と一緒に寝たこともあった。


 妹が小学校高学年になるころには、雷は平気になったが、今の美也の怯え方ときたらその比ではない。


 雷と違って電気を点けてしまえばすべて解決するが、寝ている間ずっと点けるわけにはいかない。

 この家の電気は常夜灯がないため、明るさを調整できない。 

 電気を点けると明るすぎて、俺が眠れなくなってしまう。

 

 とりあえず、美也を落ち着かせるため、背中をそっと撫でる。


「――……んぅ」


 少し呼吸が収まった。

 体は未だに強張ったままであった。


「……一緒に寝るか?」


 つい妹を相手にしているような気分のまま、言ってしまう。

 だがこうでもしないと、互いに眠れないだろう。


「……ん」


 美也は頷く。


「よし」 


 内心ドキマギしつつも、美也を抱きかかえてベッドに移動する。

 隙間がないほど密着しているからか、彼女の身体の輪郭、柔らかさを全身に感じる。


 しかも美也の寝巻は生地が薄い。


 やばい。いろいろと。

 体が熱い。心臓がバクバクと鳴っている。


 自然と息が止まっていた。

 息苦しさにはっとして、呼吸を取り戻す。 


 美也をベッドに横たえ、その隣に寝そべる。


 このベッド、こんなに狭かったか?

 少し寝返りを打つだけで落ちそうだった。


 自然と密着する。

 美也は俺を抱きしめる力を緩めない。


 これ、朝まで抱き合った姿勢のままなのか?


 美也と目が合った。

 琥珀の瞳。

 いつ見ても不思議な気分になる。

 満月のような淡い光を放つその眼は、どこか温かみがあった。


 ぱっちりと開いた目に吸い込まれる。

 目が逸らせない。


 しかし、心が落ち着いてくる。

 体に巡っていた熱が収まっていくのを感じた。


 瞼が自然と下がっていく。

 

「……ふへへ♪」


 ぼやける視界の中、最後に美也の微笑みかけるような笑みを捉え、俺は眠りに落ちた。

 

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る