第4話 「ちょっと怖い……?」

「なんで、急にそんなこと……!」

『終電過ぎちまってよぉ。でも外で寝るわけにはいかねえしな』

「だからって、泊めるのは……」

『なんだよ、いつものなら快く了承してくれるってのに』


 金貸しを渋る友人に文句を言うかのようなセリフだ。


「今日は、まあ、都合が悪くてな」

『あ? まさか彼女が泊まりに来てるとか?』

「そそそそそそそそそんな訳ねえだろ! キレるぞ‼」

『何だ急に大声出しやがって。落ち着けよ』


 酔った奴に落ち着けと言われるとは。


「と、とにかく俺の家は無理だからな。他を当たってくれ」

『えぇ? もうお前ん家のマンションの前まで来てるぞ?』

「はあ?」


 素っ頓狂な声が上がる。


「何でもう来てるんだ」

『たまたま近くで吞んでたんだよ』


 なんてこった、と頭を抱える。


 今ベッドで美也が寝ている中、須郷が来るとややこしいことになる。

 だが、ここまで来た須郷を追い返すことは難しい。


 インターホンが鳴った。

 思わず舌打ちした。


 本当に、こいつは素面でも人の話を聞かないのだから面倒だ。

 電話を切る。

 急いで洗面所を出る。


 モニターを確認すると、赤い顔をした須郷が大きくあくびしている姿が映っていた。


 とりあえず、エントランスの扉を開錠する。


「本当に来ちまったよ」


 後ろ髪を掻く。


「美也、今から俺の――」


 と、振り返って美也に向き合ったところで、言葉を失う。

 ベッドの上で、美也が横になって目を閉じている。

 彼女は、なぜか俺の枕を胸に掻き抱き、顔を埋めて眠っていた。

 寝息のせいか、まるで匂いを嗅いでいるようにも見えた。


「……」


 なんだこの生きものは。

 こんな生きものが存在を許されていいものか。


「あ、あの、美也」


 躊躇いつつも、美也を揺り起こす。


「……。……?」


 黄金色の瞳が、ゆっくりと開かれ、俺を捉える。

 数度、目を瞬く。


「ごめんな、起こしてしまって」

「……?」

「急で悪いんだが、今から俺の友達が来ることになってしまったんだ」

「……」

「それでだな、ちょっと一芝居打って欲しい」


 この状況を須郷に見られるのは非常にマズい。


 狭い部屋に、男女が一組。そのうち一人は風呂上がりでベッドで寝ている。

 手っ取り早く彼女と説明できれば辻褄は合うが、すぐにバレる。

 それに、俺自身彼女がいたことがないため、切りぬけられる自信がない。


 この状況を違和感なく説明でき、なおかつこの先もバレない言い訳は――


「俺の従妹ってことにしてほしい」


 安直だが、別に矛盾はない。

 

「別に何かする必要はない。とりあえずそういうことにしておいてくれ。協力してくれるか?」

「……(こくり)」


 美也が頷いたのと同時、再びインターホンが鳴る。 


「……別に、寝ててもいいんだぞ? 少しうるさくなるかもしれないが」


 そう告げて、俺は玄関に向かった。

 ドアを開ける。


「おはよう」


 嫌味たらしく、俺はいう。


「不機嫌だな、お前」


 扉の前に立っていた須郷が赤くなった鼻を掻いた。


「当たり前だ。今何時だと思っている?」

「何時ってそりゃ――」

 

 須郷が腕時計をちらっと見る。


「午前零時半だと思っているさ」


 無邪気な笑みを浮かべる須郷に、俺は露骨にため息を吐く。

 須郷は学部も出身も、もっといえば須郷は浪人しているので年齢も違うが、なぜか入学当初から関係は続いている。

 馬が合うとは言えない組み合わせなのに、不思議なものだ。


「……とりあえず入れ。ここでしゃべっていても、近所迷惑だ」

「それもそうだな」

「あと、今家に従妹が来てるからな。静かにしてろ」

「従妹だ?」


 靴を脱ぎながら、須郷は怪訝そうに眉をひそめた。


「さっき電話では言ってなかったじゃねえか」

「ついさっき来たばかりなんだ」

「こんな時間にか? 非常識な奴だな」


 お前が言うな。


「おじゃましまーす」


 いそいそと部屋に上がり込む。

 そして早速、というかその目立つ容姿はこの狭い部屋の中では嫌でも目を惹くのだろう。


「あ……」


 先ほどのように枕を抱いて眠る美也を見つけ、固まる。

 そして、美也の瞳が開かれる。


 美也は、ただ須郷の目を見詰めていた。

 俺と初めて会った時のように。覗き込むような視線だった。


「あ、えっと……」


 須郷は気まずさに耐えかねて、目を逸らす。


「……初めまして、須郷です」

「……」


 美也は、すっと目を細めた。

 少し、警戒するように。


 あれ、と俺は思う。

 俺と初対面の時は、警戒するような目など一度もしなかった。

 

 俺がシャワーを貸すために部屋に招くと言った時も、何の警戒も見せなかった。

 


 一体、何の違いがあるんだ?


「とりあえず、そこに座れ」

「お、おう」


 美也の存在にたじろぎながら、須郷は腰を下ろす。


「わ、悪いな。こんな時に来ちまって」

「別にいい」

「さすがに、今日は……泊まれないよな?」

「あとで車で送っていく」

「お? いいのか、わざわざ」

「公園で寝たいというのなら遠慮しておくが」


 須郷に水を差しだす。

 向かい合うように座った。


「にしても、あれか。お前の家に来るの久しぶりだな」

「そうだっけか?」

「そうそう。春休みに『ハ〇ー・ポッター全シリーズ見終わるまで帰れない会』をしたとき以来だ」


 映像文化研究会。

 通称映研。

 俺と須郷が所属するサークルだ。

 

 

「あの会、なんだかんだで盛り上がったよな」

「久しぶりに見るとやっぱり面白いもんだ」


 最初は俺の家でやることに渋りはしたものの、やっぱり名作といわれるだけあって見るとのめり込み、結局深夜まで一緒にダラダラと映画を見続けることになった。


 別に部室でやってもよかったのだが、部室には空調も冷蔵庫もないので何かあると俺の家に集まることが度々あるのだ。



「そういえば、この前綾瀬が言ってたんだがよ」

「綾瀬が?」


 綾瀬麻衣あやせまいは映研のもう一人の部員である。


「もうすぐ夏休みだろ? だから『夏だから最恐ホラー映画で涼しもうの会』を開きたいんだってさ」

「また俺の家でか?」

「またお前の家だ」


 当然のことのように言う。

 俺の家は大学から近い場所にあるため、何かと友人たちから溜まり場にされる。


「最初の『クリスマス近いけど恋人いないからラブロマンス見て温まろうの会』以来、ずっとだな」

「仕方ないだろ。俺は家遠いし、綾瀬は実家暮らしだしな」


 ふと、俺は美也の方に視線を向けた。

 美也はいつの間にか体を起こし、ベッドの上で体育座りになってこちらの方を眠そうな目で見ていた。


 やはり須郷の存在もあって、寝付けないのだろう。

 ただでさえ慣れない環境で眠るのは人によっては辛いだろうに。


「さて、さっさと出るぞ。こんな時間だしな」

「それもそうだな」

「美也、一時間ほど出てくる。電気は消しておくか?」

「……っ」


 美也は数秒思案するように視線を彷徨わせた後、ゆっくりと首を横に振る。


「そうか。じゃあ、おやすみ」

「……」


 見送るような視線を背中に感じた。


 須郷と共に部屋を出る。

 建物から出ると、停めてあった車に乗り込んだ。


 大学入学祝いとして、伯父からもらった車だ。

 伯父は筋金入りのコレクターだったが、加齢とともにガレージの管理が難しくなったので、俺に一台譲ってくれたのだ。 

 

 つまり、厄介払いだ。

 受け取った当時は走行性能最悪のポンコツであったが、バイト先で整備してもらい、無事に今に至るまで走らせることができた。

 

 大学には推薦で合格した分、運転免許も早めにとれたのでこの車にはだいぶ助けられている。


 車のエンジンを起動し、発進する。

 夜中の道路は都心に近い地域とはいえ、気持ちいいほど空いていた。

 

「……なあ、秀斗」

「ん?」


 真っ暗なはずの窓の外を眺めながら、須郷はいう。


「あの子のことなんだが――」

「美也のことか?」

「美也っていうのか」

「ああ、いってなかったっけ」

「何者なんだ? あの子」

「だから、俺の従妹って――」

「芝居はいいからさ」


 ぴしゃりと打つような、鋭い声が飛んでくる。

 赤信号で、車を止める。

 ハンドルから、手を離す。 


「……バレてたのか」

「従妹じゃねえってことぐらい端からわかってたさ」

「なんでだ?」

「あの子がお前の従妹ってさすがに無茶だろ。十親等離れててもまだ納得できねえわ」

「従妹だったらイケると思ったんだがな」

「本当だったら突然変異を疑いたくなるレベルだな」


 信号が青になる。

 アクセルを踏む。


「で、本当は何者なんだ?」

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