第37話 「 」

真っ白な世界。そこには何もない。『声』だけが存在している。



あら と誰かが言った。


たいくつね しんだわ まだここにいるの うまれかわらないのかしら

なによこれ ここはどこ あのこどもがいるわ じょうかできるのかしら あのこしかいないわ

ちがうわ うえからだれかがふってくる だれかしらね 



ここには肉体が無い。『魂』しか存在しない。実際に彼らは声を出しているわけではない。共鳴しているだけなのだ。




またあらしいなかまよ あのこへんよ 

わたしたちとおなじなのにゆうごうしないわ ほんとう へんね 

にくたいがあるからかしら たましいだけきたのね からだはどこに 

わたしたちもとばされたのよ あのこどもが あら あたらしいこえがするわ



((((貴方がくれた言葉よ))))



だれかしら あたらしひとね かみよしゅくふくしてください 

かれがうまれしんだきせきをどうかおたたえください 

きれいなこえね わかいおんなかしら



((((貴方がくれた言葉よ、私は世界で一番愛されているんだわ))))



あいのことばよ ずいぶんとおくからきこえるわ 

うえからじゃない かぼそいこえね

なかなかきこえないわ かみよしゅくふくしてください 

だれにいっているのかしら 

どうせここにいるおぼっちゃんよ われわれはしぬことからのがれられない 

きおくはいつかどこかへきえてしまう だれかをあいしたことさえも  

あらやだ あいのこくはくかしら それならばあいはどこへいく



((((君が嬉しい時、僕も嬉しい。君が悲しい時は僕が精いっぱい力になりたいと思う。どんなあらゆる災厄から君を守りたいと願う。君が寒い時は僕が炎をつける。君が暑い時には僕は水を作る。君はただ笑顔で僕の周りにいるだけで良い。それだけで僕は癒される)))))



なんてあまいことばかしら きっとちゅうがくせいがいったのよ 

おい だれがちゅうがくせいだって? 

きっとれんあいけいけんのないこがいったのよ 

おいぼくのぷろぽーずのことばだぞ あら わたしはいがいとぐっときたわ 

せいいっぱいこどもがぷろぽーずしました ってかんじで ういういしいわ 

だからぼくはもうおとななんだってば 


ねえ その


あいするひとのおもいでは ないの


そうねえ 


そうねえ


くすくす


あったりなかったりよね ええ わたしはかすかに なまえはおもいだせないわ ぼんやりとおぼえているけれど わたしはかろうじてかおが おぼえていることはおぼえているわ こまかいことはあんまり なんですきだったのかしらね 

きっかけとか おぼえていないわ


でも やっぱり あいしていたわね



((((私はあなたに言葉を返すべきだった。私はあなたがいればよかった。ただひたすらに、あなたが幸せであればそれでよかった。私は初めから全てを持っていた)))))



ねえそのきもちは おもいだせるかい


きもちだけならね そうね きもちだけならね 

きおくはないけどね でもなんとなくわかるわ

そのひとのことが すきだったってこと 

きおくはなくとも おぼえていなくとも わかるわ

そうね なまえもかおも もうわたしにはおぼえていないわ 

けれどわかる けれどおもう

わたしは ぼくは おれは わしは 


あなた

おまえ  のことをあいしていた

あいつ



きいたことのあるこえだ うえからきこえるわよ 

あなたのしりあいでしょ じゃあなんでうえからきこえるのかしら 

こだまするわね うるさいわ そういえば なまえわすれたわ 

いろんなことがあったもの しんだらおなじよ あらそうかしら 

しんでもおぼえているわ かおはわからないけれど なまえもおもいだせない 

けどあのひとがきたらわかるの わたしにはわかるの こえでわかるのかしら 

さあね でもわかるのよ ぼくには あのひとがいた おかあさん 

はやくここからだして 


いとしいひとよどこにいる


((((私は何もかも持っていた。すでに私は満ち足りて幸せだった。あなたがくれた言葉が、愛情が、私を前へ進ませる力へと変えた。私はあなたに与えているようで、本当はたくさんの感情をくれた。それはいつしか勇気に変わった。私はあなたを守りたい。私は人々を、この国を守りたい))))



 何も見えないはずだ。声しか聞こえないはずだ。ここにはただの空間があり、ただ光が広がっている。


 上から銀色の液体がつつつと降りてくる。なんだこれは。前にこの感覚を味わったことがある。ずいぶん懐かしくて……とても暖かい。


 僕はなんだ? 僕とはいったいなんだ? ただ一つの魂か? それとも世界の一部か?


 そうだ、僕は世界の一部なのだ。僕は何にも縛られていない。僕は自由だ。僕自身が世界なのだ。肉体はない。ただ魂だけがある。それでも僕は自由だ。どこにだって行ける。誰とでも喋れる。この世に魂がある限り、僕はどこにでも行けて誰とでも話せる。そうだ世界はもとから愛があった。それが僕たちを生かす原動力だった。僕たちが生きる上で、ただ漫然と、恐怖だけにおびえて生きるのではない、前を向いて歩くために、僕たちは生まれたんだ


そうだ僕たちは愛するために生まれてきた


 僕はもはや世界なんだ。世界はちゃんと誰かのことを思っている。ずっと世界は残酷で、ただそこに「ある」だけだと思っていた。確かにこの世はある意味では残酷だ。でもそれは僕が勝手に思っているだけに過ぎなかった。

 それに僕たちが気づかないだけだった。

 気付こうとすればいつだって、僕たちは愛に包まれていた。ほら僕の食べるもの、着るもの、住むもの、ひとつひとつに愛がある。きっと僕たちそれを感じられないだけなんだ。感じられなくなっちゃうことがあるんだ。いろんなことがありすぎて、世界は残酷に見えて、ただひたすらに亡くした人や会えない人のことを思って、記憶は足かせになり、やがてみるみる死を思う。愛した人が手に入らないから、愛しても報われないからと時には自ら命を絶つ。でも本当はちゃんと愛があったんだ、見えていなかっただけなんだ。

 今ならわかる、僕はここにいて、世界の一部で、どんなふうにだってなれる。それを受け止めるには強くて賢くなくちゃいけない。隠れているだけでそれはちゃんとここにある


 そうだ僕はあの人を愛している


 ちゃんと顔も声も思い出せる。名まえだけが出てこない。愛しきあの人よ、僕は君の愛を受け取った。今度は僕の番だ。君は僕から愛をもらって前へ進めたと言った。それは僕だってまるきり同じなんだ。


 一をもらって一よりも大きくなれるんだ。


 光が差し込む


 ほら いま、いくよ。光の射す方向へ



 うまれかわるの にいちゃん


 ああ だいじょうぶ 


 生まれ変われるさ






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