Section 02「冥界の王と天界の使者」

Subsection B01「仕事熱心なお方」

 ユリハ・ナノ・クレヴァーは目を開けた。

 周囲の喧騒や物音は掻き消えている。

 目を開けたユリハは奇妙な大地の上に立っていた。空気がどんよりと重く、上空では黒色の雲が渦を巻いている。地面の土、全て灰色であった──。

 ユリハは山を下り、麓の民宿で部屋を取った。布団に横になり目を瞑った──そして、目を開けたら町の中に居た。

──しかし、そんな不可解な場所に飛ばされたにも関わらず、ユリハに驚いた様子はない。

 こうなることが予め分かっていたようだ。ユリハは慣れたように町の中を見回した。

「……さて、あの人は何処にいるかしらね……」

 誰かを探すように、町の通りを奥に向かって歩き出した。


 奇妙なのは景色ばかりではなかった。

 その町の中で暮らす人々も、普通の者たちとは違っていた。骸骨や腐敗したゾンビ──鬼や獣など、様々な種族の者たちがこの町の中に居た。

 通常──日常の世界であれば、それらの存在は人々から忌み嫌われ、恐れられる存在である。

 しかし、此処ではそんな種族の垣根もなく、人も妖魔も動物たちも──なんら隔たりを感じることなく一緒に暮らしていた。

 それもそのはず──。そもそも、此処は先程までユリハが居た世界ではないのだ。

──冥界。

 それが、この世界を示した名である。


 人間たちが生活を営む人間界とは異なる空間に存在する冥界──その世界を、死を司る女神であるユリハは訪れていたのだ。

 勿論、生者と死者の世界を行ったり来たりできるのはユリハくらいの芸当である。通常の人間であれば──他の女神ですら、冥界と人間界とを自由に行き来することなどできない。


 しばらく通りを真っ直ぐに進んでいると、行く手を阻むものがあった。道のど真ん中に折り畳みの長机が設置され、上には分厚い本が乱雑に積まれてあった。その後ろにも木製の背の低い本棚があり、びっしりと本が並んでいる。

「あ〜ぁ……」

 そんな本の山に囲まれながら忙しなく手を動かす人物があった。それが、ユリハが捜していた人物である。

「う〜ん……」

 その子は、唸りながら本のページをパラパラと捲っていた。かと思えば首を傾げ、本をパタンと閉じて本棚に戻した。

 次の本を手に取り、ページを開く──。しかし、直ぐにまたページを閉じて他へ移る。

 そんな調子でいそいそと、その子はずっと落ち着きがなかった。

 しばらく様子を窺っていたユリハだが一向にこちらに気が付く様子がないので、頃合いをみてその子に呼び掛けた。

「ど〜も〜!」

「う〜ん……。おかしいなぁ〜」

──無視である。

 ユリハの呼び掛けには気付かず、その子は相変わらず本に視線を落としている。

「ねぇ、任務を熟してきたんだけれど……」

 そう言いながら、ユリハは手に持った包みを長机の空いているスペースに置いた。

「いや、でも、まてよ……」

──ところが、相変わらずの無視。

 これはもう意識的に無視しているかのようなレベルでの無反応ぶりである。

「ちょっとぉぉおおおぉおぉおっ!!!」

「うわあっ!?」

 ユリハが目一杯に叫ぶと、相手は驚いてバランスを崩してしまう。

 机に積んでいた本の山に倒れ込んだせいで、書籍の山がユリハに向かって降り掛かってくる。

「きゃあぁぁああっ!」

──大惨事であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る