2-5 セドの黒幕

「それで国を守るって、具体的には何をさせたいんだ? 一応言っておくが、セドをするのは俺じゃなくハルだぞ」

 ブロードは冷め切った茶に口をつけた。

「王はこのセドを機に王城に巣くう虫を一掃するおつもりだ」

「虫?」

「国をセドにかけた連中を捕まえるということだよ」

「それなら、偽のセドを止めてさっさと捜査すればいいだけの話だろ。わざわざこんな茶番をすることはない」


 ブロードの言葉にジャルジュとワリュランスも頷いた。偽のリドゥナを王が認めたせいで今があるのだ。止めたいのなら王ならば、すぐにできることだった。


「僕が王からこのセドに参加するように言われたのはセドの前の晩のことだ。その時にはすでに王の耳にこのセドの情報は入っていた」

「はああ?なら猶更止められただろう」

 ブロードは目を剥いた。

「どうしても止められなかった。と王は言っていた。理由は知らないよ」

 タラシネ皇子は首を振った。

「王は、知っていて容認したと?」

「そういうことになるね」

「それで、あんたは俺にリドゥナを取るよう依頼したのか? だがそもそも番号がわかっていたのならそれを言えばよかっただろうに」

「そんなことをしたら、敵にばれてしまうだろう?」

 敵、とブロードは呟き首を振った。

「俺が国売りのリドゥナとれなかったらどうするつもりだったんだ」

「誰かから買うつもりだったよ」

 タラシネ皇子はさらりと口にした。

「バカなのか、セドはそんなに甘かねえよ」

 ブロードは脱力し、背もたれに背中を預けた。

「あなたにだけは言われたくないでしょうけど、確かに王のなすべきことは思えませんね。それに誰が何のために国を売るのです?国をセドに出して得をする人間などいないと思われますが」

 考え込んでいたジャルジュが口を開いた。

「今の王に反対するものは多いというからね。嫌がらせの理由などそれで十分でしょう」

「嫌がらせで国を売るだと?ばかばかしい! 大体、それが本当だとしてその犯人を捕まえるためにあんたと共闘する理由はないだろう。それに何度も言うが、これはハル・ヨッカーのセドだ。どうしてさっきからハルじゃなく俺に向かって話す?」


 自分の名前が呼ばれたハルが顔を上げ、ブロードとタラシネ皇子を交互に見ると、聞いていますの合図に頷いた。


「気に障ったのなら謝るよ。ただ、私は円滑に話の分かる相手に話をしたかっただけだ。彼女を蔑ろにするつもりは微塵もないよ」


 タラシネ皇子はすまないね、とハルに向かって微笑み、脇腹を押さえ視線を伏せた。シャツの下のその場所には真新しい傷があることをここにいる人間は知っている。


「タラシネ、大丈夫」

 ハルがタラシネ皇子の顔を覗き込んだ。

「確かに、あなたたちには関係ないことだろう。民にとって上に立つ人間の争いなど無益で迷惑以外の何ものでもない」


 セドは実力勝負。権力や財力に己が力と運で掴みとれるものだ。そうあるべきだ。そこに貴族たちの思惑が絡むなど許せることではない。


「よく分かっているじゃねえか。だったら俺が次に何を言うかもわかるよな?」

「僕からもきかせてくれ。国をセドにかけた犯人を捕まえるのに協力するのはそれほど君にとって忌避すべきことなのかい?」


 タラシネ皇子は不思議そうな顔で首を傾げた。

 ブロードは犬歯を剥き出しにして笑う。ずいと上半身を乗り出した。


「わかっちゃねえな。皇子さんよ。そんなことどうだっていいんだよ。大事なのは、王は、それを分かっていながらこの国をセドにかけたってことだろ」

「……」

「誤魔化したりするなよ、話せ。協力してくれというのなら、探るな、利用するな、信じろ。それが鉄則だ」


 ブロードはタラシネ皇子をねめつけた。その目に痛ましい傷を見せられた同情も手加減もない。

 タラシネ皇子はふっと息をついた。


「……やはり、ブロード・タヒュウズの名は伊達ではないのだね。僕の目に狂いはなかったらしい」

 満足そうに頷いた。一人ひとりの顔を見て、他言無用だ、と前置きすると言った。

「このセド、黒幕はヤホネス宰相だ」

「は?」

「くだまく?」

 ハルが小首を傾げた。誰も突っ込まなかった。

 キオ・ヤホネス宰相。それは黒幕としては考えられない人の名だった。



 キオ・ヤホネス宰相は若いころから頭角を現し、外交官として諸国を周り、国に戻ってからも行政官として数年国内を巡ってきた。中級貴族ながら、その辣腕ぶりで時の王からの信任も厚く懐刀として動いてきた。外交官であった経験から人脈も広い。国のために生きているといっても過言ではない。王位争いで国が荒れた際には、現王に中継ぎの王をさせることで政局争いを収めた立役者でもある。今の王が辛うじて王たり得るのもヤホネス宰相がいるからだといわれている。

 王よりも民からの人気は高い。そんな人物が国を売りに出す。にわかには信じられない話だった。


「宰相はそんなことをするような方ではないと思いますが」


 ジャルジュは慎重に言葉を切り出した。ジャルジュは一晩で交渉班を総動員してこのセドの裏を洗っていた。ジャルジュが得た情報の中にヤホネス宰相に繋がるものは何一つなかった。


「確かに宰相個人は優れた政治家だよ。だけど国は一人では治められない。彼が力を揮えるのは元老院が彼の政策の後押しをするからだ。この国では貴族の同意がなければ物事は動かないのだろう? だから決して宰相は元老院と争わない。だが王は元老院をすっとばして物事を進めすぎる。彼らにとっては面白くないだろうね」


 タラシネ皇子は淡々と言った。王に聞いた事実だけを伝えている。そんな感じだった。


「それだけで、国をセドに出したと? んな馬鹿な」

「王は元老院の派閥を解体しただろう?」

「なるほど、そういうことですか」

 ジャルジュは頷いた。

「どういうことだ?」

 ブロードは眉を寄せた。

「先月元老院の若手が数名今後の見識を深めるためという名目で外交官として国外に派遣されました」

「それがなんだ?」

「任命されたのはいずれも古参の貴族の子息です。通常なら元老院に迎え入れられる身分の人たちです。当然父親から推薦があったはずです。それがいきなり外交官となれば、反発も生むでしょう」

「いいじゃないか。国費で遊学なんて願ったりかなったりだろ」

「誰もがあなたのような考えならいいのですがね」


 ジャルジュはため息をついた。


「なんだ?」

「元老院の議員になれば、年間六百万ガリナが黙っていても入ってくるのですよ」


 ワリュランスは推測できたのか目つきが厳しくなった。ブロードはまだぴんとこないのか難しい顔をした。


「元老院の議員は領地を持たない貴族が多いですからね。大貴族や領主にはある土地からの収入がないのです。親から子へと議員職を受け継ぐことによって、代々収入源を繋いできたのです。それが跡継ぎを外に出されたのです。恨みもするでしょう」

「だが、ほんの数人だろ?」

 確かに元老院三十人の議員のうち、二人だけだ。


「明日は我が身、そう思わない人間はいないということです。元老院の議員であれば、失態をしたとしても他の議員に擦り付けることもできるでしょうが、その身と才覚一つで相手に向かう外交官は年間収入一千万ガリナですが、失態があれば個人の責任です。下手をすれば外交問題、その後の昇進の道が閉ざされますからね」


 有能な人間にとっては手っ取り早い昇進の機会だが、無能ものには死刑宣告に等しい。実際、過去には首が飛んだ大貴族もいる。外交問題の前に貴族の身分など無意味だ。むしろ、これだけの家格の者の処分と引き換えに、と相手から譲歩を引き出すことすらあるのだ。


「どれだけ後ろ向きなんだよ。金なんてどうとでもなるだろ」

「さすが借金王。あなたがいうと重みが違いますね」


 ここまできても王の狙いには気づかない様子のブロードに、ジャルジュはため息を飲み込んだ。城からの情報では宰相の采配だという話だったが、これが王の指示だとするのなら、王に対する評価を改めなければならない。無能な貴族を入れ替えるよい手法だ。


「まあ、たぶん最初は腹いせというか意思表示のつもりだったのだろうけどね。国売りのリドゥナを出しても総史庁の人間は優秀だ。そんなリドゥナを通すわけはない」

「だが、王は止めなかった」

 ジャルジュが言葉を引き継げば、タラシネ皇子は頷いた。

「そもそもばれた時点で自分が死ぬと思わなかったのか、犯人は」

 ブロードは呆れたように言った。

「それは僕にはわからないことだ。ただ今頃は驚いているのじゃないなかな、彼らは。まさか気づいてそのままセドにかけるとは思わないだろうからね」

「それで宰相に泣きついた、と。それなら宰相が執拗にセドを止める理由も説明がつくが。だが一国の宰相だぞ。もう少しやりようがあっただろうに。大体、それでなんでハルに協力を求める? 言っちゃなんだが、こいつはなんの力もないぞ。ただ偶然今回のリドゥナを取っただけだ。頼むのならラオスキー侯爵やニリュシードの方がいいだろ。この国の事情をきくだけにしても向かないぞ」


 ブロードの疑問にタラシネ皇子は答えなかった。

 確かに、外国人で言葉が苦手な相手など情報を得るにしても協力を求めるにしても最悪の選択だ。もし本当に、そんな馬鹿な理由で本当に国売りのセドをしだしたのだとして、こんな大事にする必要性は皆無だ。

 まだまだ見落としている情報があるのか。ジャルジュは自らが得た情報を掘り起こし、頭の中で反芻する。そして、一つの可能性に気づく。固まった。それなら、あり得る気がした。

 恐る恐るタラシネ皇子を見た。ジャルジュの顔色にタラシネ皇子の瞳が面白そうに輝いた。


「まさか、あとの二人は宰相と繋がっているのですか?」


 ご明察、タラシネ皇子は笑った。


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