鬼をも狩る者

似屋

第1話


 早朝、街にもちらほらと人の姿が見え始めた頃、一人の青年が小さくあくびをかみ殺しながら通学路を歩いていた。

「くぁ……」

 高校に入りようやく半年が経過し、今の生活にも慣れ始めてきている。

 青年──芦原あしはら あさひがこうして他の生徒より早く高校に向かっているのは、自身が入っている部活の朝練があるためであった。

 小さい時からずっと続けている空手は、旭にとって既に切り離せない物。何より中学からは部活に入り、それなりの成績も納めていたのだ。

(新人戦もそろそろだしな。気合入れてやらないと)

 高校生としては初めての大会。中学時代とは違い、相手もより強くなっている可能性も高い。

 自然と拳を強く握り、旭は自分への喝を入れていた。


 ──そうして高校の前まで到着した旭の視線の先に、長い綺麗な髪をなびかせ校門をくぐる一人の女生徒の姿が映る。

(あれは……確か)

 西条せいじょう 灯夏とうか。教室こそ違えど、噂でだけは聞いている。

 うっすらと雲にかかってこそいるが、ここからでも見える双子山の片割れ、西山にある神社の娘であり一年生でありながら弓道部のホープとして名前が挙がっている事に。

(まぁ、俺には関係ないか)

 だからと言って、話した事も無い相手にこちらから声を掛ける話題も無い。

 この時間に来ているのなら同じ朝練なのだろう、とだけ考え、旭もまた校門をくぐり道場のある部活棟に向かっていく。



「「お疲れ様でした!」」

 旭を含めた部活生達は朝練の終わりの挨拶を道場に響かせる。

 朝礼の予鈴がなるまでの時間はまだある。軽く汗を拭き、手早く道着を着替えた後、旭はそのまま教室へと向かう為に校舎へと向かい歩き出していた。

 その中で、ちらほらと聞こえる生徒たちの話には一つの話題が上がっている。

 ──近頃、旭が住むここ饒津にぎつ市で起こっている事件の話が。

(……まぁ、物騒だとは俺も思うけど)

 旭自身も連日のようにテレビに流れるニュースは知っている。

 行方不明者の増加に些細な喧嘩から重軽症者が出る騒動まで、昔に比べるとそれらの事件は驚くほどに増加していた。

 だが、だからと言って自分には関わりは無く、同じ市内のどこかで起こった事件を人事だと思うのは人の常。

 旭も、そしてこうして噂をする生徒たちも、そう考えているからこそ何処か他人事のように噂として話しているのだから。


 生徒たちの根も葉もない噂を聞き流しながら、旭は自身の教室の前まで着く。

 引き戸である教室に扉に手をかけ、横にスライドさせようとし──

「よう、旭。朝練終わりか?」

 ポンと、その肩を叩かれる。

「毎朝のだからな。お前こそ今来たところか?」

 肩を叩かれ、旭がそのまま顔だけを横に向け、叩いた本人──下関しもぜき ゆうに声を掛ける。

「もちろん。お前とは違って俺は帰宅部なんだぜ? 朝練がある部活なんて無理無理」

「やってみれば楽しいもんだぞ? まぁ、気が向いたら俺に言ってくれれば空手なら教えられるぞ」

「絶対断る。誰が好き好んで汗だくにならなきゃならないんだよ」

 ひらひらと手を振り、友はそのまま旭の隣を通り教室へと入っていく。

 小学生からの古い付き合いではあるが、旭とは違い運動系にはめっきり興味の無い友とはそれこそ性格からして真逆に近い。

 そんな二人が親友に近いくらいに仲が良いのは周りから見れば不思議に思われているが、旭も夕もそうした事は殆ど気にしていなかった。

「お前、いっつもそればっかりだな」

 多少の苦笑を混ぜながら、先に行く夕を追いかける為に旭もまた教室へと入っていく。



「なぁ、最近の噂、聞いているか?」

 午前の授業が終わり、昼休みになると同時に夕が弁当と自分の椅子を持ちながら旭の席へと来る。

「当たり前だろ。学校の皆もあれだけ話しているし、ニュースだってそればっかりなんだから」

 どっかりと椅子を旭が座わっている机の反対側に置き、そう答えた旭に対し夕がニヤニヤとした笑みを帰してくる。

「……また妙な話でも仕入れてきたみたいだな」

「ご明察。分かってるじゃねぇか、親友」

 くつくつと笑う夕の顔を見ながら、一つだけ旭がため息をつく。

 悪い癖、と言えばいいのだろうか、昔からこと情報収集に関しては得意なのが夕の特技だ。

 雑多なものからよく調べないと分からないようなものまで。本当によく調べるものだと旭が思っていた。

「勇気試しって聞いた事があるか?」

 不意に、旭にとって聞いた事のない言葉を夕が口にする。

「いや、聞いた事が無いな」

「まぁそうだろうな。最近、この学校で広まった代物だ」

 そうして、夕は勇気試しの説明を旭に話していく。

 曰く、双子山の東山に神社の奥に隠されるように古びた祠が存在する。

 そして祠に向かう為の道の入口には注連縄がされており、その祠までの道の間に何か不気味なモノが出るらしい。

 本題の勇気試しは、その祠まで行き5円玉を置いて到達した証とする。と言った物だと言った話を夕は旭に話していく。

「祠って……それもしかして、昔話にある鬼の祠なのか?」

 夕の話を聞きながら、旭はそれを思い出す。

 小学生の時に少しだけ興味が合って調べた、饒津市に伝わる伝説。

 例えれば桃太郎のようなものだろうが、鬼と人が戦い、結果的に人が鬼を鬼門と呼ばれる方角の位置に封印したという、言ってしまえばよくある昔話だ。

 だが、それが実在するとは旭は思ってもいなかった。

「お、よく知ってるな。双子山は元々この市から見れば北東の位置、いわゆる鬼門の方角って奴だ。ならそんなのが合っても不思議じゃないだろ?」

「それはそうだろうが……誰か実際に行ったやつはいるのか?」

 伝説として残るくらいだからこそ、本来ならそうした祠があれば噂にもなる。

 だが、今の今まで聞いた事すらない存在を唐突に口にされて信じろと言う方が無理があるだろう。

「行った、といった奴はいたが大体は注連縄の前で引き返すらしい。誰もかれも口を揃えて行けば分かるばっかりで、実際には俺も分かんねぇよ」

「なんだそれ……」

 呆れたように旭は口にするが、だからと言って夕がそこで止まる訳が無い。

 ──それは、長い付き合いだからこそわかる、友の悪い部分の一つだった。

「だったらよ、俺等で調べてみるのが早いだろ? な?」

 問いかけるように夕が話すが、実際には殆ど決定事項になっている。

 ここで断っても、何かにつけて連れていかれるのがいつもの流れなのだから。

「……はぁ、分かった分かった。それでいつ行くんだ?」

「さっすが親友! なら今日の夜に東山の前で待ち合わせだ。神社の人に見つかると面倒だからな、居ないのを見計らって行こうぜ」

 嬉々として笑顔を見せる夕方とは裏腹に、面倒な事に巻き込まれたとがっくりする旭。

 唐突に決まった予定に向け、二人は対照的にその後の授業を受けていく。


 ──二人に向けられた視線に気づく事無く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鬼をも狩る者 似屋 @Niya7021

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ