フクジュソウのせい


 ~ 一月二十三日(木) 十年前 ~

 フクジュソウの花言葉 回想



 きのうのあっちが、おとといだから。

 おとといの、おととい。

 それよりもっともっとおととい。

 まだ、おじさんがおとなりにいたころ。


 おばさんが、おせんたくなときは。

 いつも歌ってた、らぶそんぐ。


 おれは。

 あめふりの日に。


 すごいひさしぶりにきいたのでした。


「おばさんの歌、すきなのです」

「…………変な子ね。こんなに暗い声で歌ったのに」


 テーブルの、おじさんのいす。

 そこに、今日もこしかけて。


 いつもみたく、つくえに体をのっけているおばさんは。

 がようしをひろげて。

 ずっとなでていました。


「でもね、今日はちょっとだけ元気だから。素敵なものが出て来たから歌ったの」

「それはよかったのです」

「……変な子ね。何が出て来たか、気にならないの?」

「きになりますけれど。きいてもよいものか分からないのです」

「…………しゃべり方まで変な子よね」


 ほさきがおかいものから帰ってくるまで。

 おばさんとお話をしていたのですが。


 このごろ、まえよりもちょっぴりだけ。

 ながくお話をしてくれるようになったので。


 おれはとってもうれしいのです。


「でも、改めて見ると酷いわね……。ねえ、道久君」

「はい」

「これ書いたの、四才のころよね。今は八才だから、ちょうど半分」

「なにでしょう。分からないのです」

「あの子、これを書いて貰ってから小一時間。ご飯も食べずにずっとへらへらしっぱなしだったのよ?」

「……その、へにょへにょな字を見てですか?」

「不憫に思うなら、もっと勉強しないと」


 おばさんは、そんなこと言いますけど。


「でも……、いつもろうかに立たされるのでおべんきょうできないのです」

「立たされてるの? だめじゃない」

「はい。でも……」

「だめ。……でもっていう言葉は、女の子はみんな嫌いだから。覚えておくといいわ」

「きらいなのですか? でも……、あ」


 おばさんが、おれをにらむ前に。

 なんとかおくちをふさいだのですけど。


 ちょっぴりまにあいませんでした。


 でも、でも。

 おれが立たされるのは。

 いつもほさきのせいなのです。


「男は、言い訳しないの」

「……それがおとこらしいなのですか?」

「そうよ?」

「なら、でもって言いません。いつだったか、おじさんとやくそくしたので」

「おじさんと?」

「ほさきのことがすきなら、おとこらしくなりなさいって」


 おれが言ったことばが。

 しっぱいでしたでしょうか。


 おばさんは、いつもみたいに。

 目に、なみだをためるのです。


 でも。


 にっこりとしたかおで。

 ずっとむかしにきいた歌を。


 もいちど歌ってくれました。




 金の羽根を持つ天使 花咲く丘に舞い降りて

 声かける度に思う 気持ちの半分も伝わらない


 でもね時間は沢山ある

 ゆっくりと聞いて欲しい


 何十年かけてこの想い

 君に伝え続けよう――


 プレゼントを選ぶたび 一月も悩む僕だから

 ラブレターに封するまで どれほどかかった事だろう


 格好をつけて書いた言葉も

 全部辞書の受け売りだけど


 何百年先もこの言葉

 ウソではないと約束しよう――




「おばさんの歌、すきなのです」

「……この歌はね、おじさんが作ったの」

「すごいのです。音も? ことばも?」

「曲は違うわ。歌詞を作ったのよ」

「じゃあ、この歌はおじさんがしたことなのですか? らぶれたー書いたのですか?」


 おばさんは、ちょっぴりかんがえたあと。

 おれのおでこにゆびをのせて。


 たのしそうに言いました。


「違うわよ? これは、道久君にやってほしいことの歌よ」

「え? そうですか。じゃあ、ほさきにらぶれたーかかないといけません」

「そうね。こんな駄作じゃなくて、もうちょっといいの書きなさいな」

「……ださくは、しらないことばなのです」

「ふふっ。歌でも言ってたでしょ? 辞書を引きなさいな」

「あ! そうだ! ……じしょをもっていないと、らぶれたーかけませんか?」


 おれがきいてみると。

 おばさんは、テーブルにのっていた。

 おもたい本をくれました。


「これ、ほさきが大好きだったやつなのです。おじさんのじしょ」

「最近は読んでないから、あげるわ」

「え?」

「おじさんが、あなたにラブレターを書くように言ったんだから。それ持って帰って、ちゃんとしたの書きなさい」

「じゃあ、おじさんがくれたのですか?」

「そうよ」

「……分かりました。ちゃんとよみます」


 おれはさっそくほんをめくりましたけど。

 むずかしすぎてぜんぜんよめません。


 こまってしまって。

 おばさんによみかたをきいてみようとしたのですが。


 いつものようにてーぶるにねてしまったので。

 話しかけることができなくなりました。



 でも、いつもとちがって。

 おばさんは、小さいこえで言うのです。


「……ちゃんとラブレター書いてくれる人がいて、安心」

「そうなのですか。それはいいことなのです」

「ええ。……これでもう、安心。…………穂咲のことを、よろしくね」



 そしておばさんは目をとじて。

 ねむってしまったので。


 おれはいえにかえって、かあちゃんにそのことをはなしました。



 するとかあちゃんは、はだしでとびだして。

 そのあと、すぐに。

 きゅうきゅうしゃが、おばさんをのせて行きました。


 おれは。

 ふあんでいっぱいで。

 そのよるはねむれませんでした。




 ~🌹~🌹~🌹~




「あれ? 穂咲は?」

「お買い物よ」


 しとしと雨が降り注ぐ夜。

 俺は裏口から穂咲の家に上がりました。


 この寒いのに、おばさんは台所のおじさんの椅子に座って。

 例のオルゴールを撫でています。


「ほっちゃんに何の用?」

「学校のある駅ですが、レストランを三件ほど見つけておいたので。面接に行かせようと思って電話番号と地図を持ってきました」

「あら、ありがとうね…………」

「いえ、これくらいわけないので…………? なんですその顔」


 うふふふと。

 にやにやと。


 俺を見上げるおばさんが。

 なんだか気持ち悪いのですが。


「……ほんと。なんです?」

「な~んでもないわよ~?」

「絶対なんでもあるやつですよねそれ」


 また何か。

 悪だくみを思い付いたのですか?


 勘弁してくださいよ。


「さっき思い出したことがあってね~」

「……おじさんとの思い出ですか?」

「違うわよ。道久君とほっちゃんの思い出」


 それでニヤニヤしていたのですか?

 一体この人。

 何を思い出したのでしょう。


「あー、これでひと安心!」

「おばさんが安心できること? なんです?」

「道久君。ほっちゃんのこと、よろしくね?」

「…………不安しかない」


 でも、この人。

 頭も切れるので。


 絶対に口を割ることはないでのす。


 かくなる上は……。


「ただいまなの~。あ、道久君」

「待ってました。ねえ、おばさんが何を隠しているのか教えてもらえませんか?」

「ふっふっふなの」

「……おまえもかい」


 そして、俺を挟んで獲物を前に。

 舌なめずりする狼と虎。


 野兎な俺としては。

 ぎゃーすか騒ぐしかありません。


「ええい! 何の真似です二人して! 何を思い出したのか白状しなさい!」

「何でもないわよ。ね、ほっちゃん?」

「そうなの。なんにも探してないの」

「…………何を探しているのです?」


 あ、ヤバいと口を塞いだ穂咲と。

 あちゃーという顔をしたおばさん。


 ほんと穂咲って。

 悪だくみには向いてない。


「言いなさいな」

「うう……、でも……」

「でもっていう言葉は、男子はみんな嫌いだから。もてなくなりますよ?」

「そいつは……、別に構わないの」


 おや?

 意外な食い付きの悪さ。


 穂咲はそのままおばさんに並んで座って。

 ふっふっふの親子共演。


「もうこれ以上、口が裂けても言わないの」

「そりゃあ無理な話です」

「そんなこと無いの。証拠品が出てきたその暁には……」

「ちょっとほっちゃん!」


 証拠品?

 なんのこと?


 気になりはしましたが。

 これ以上バレたらかなわんと。

 おばさんにつまみ出されては仕方ない。


「いててて……! 出て行きますから! 耳を引っ張らないで下さい!」

「早く帰りなさい! もう、ほっちゃん! なんであんたはそうペラペラしゃべるの!?」

「ごめんなの。でも、画用紙の事はバレてないの」

「画用紙? 絵でも探しているのですか?」

「出てけーーーーーっ!!!」



 そしておばさんは扉をとじて。

 締め出してしまったので。


 俺は家に帰って、母ちゃんにそのことを話しました。



 するとかあちゃんは、慌ててお隣りへ行って。

 そのあと、ずっと。


「ふっふっふ」

「おまえもかい」


 なんだか、昔体験したことがあるような無いような。

 そんな思いのまま。


 俺は、不安でいっぱいで。

 その夜は眠ることが出来ませんでした。

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