スイセンのせい


 ~ 一月十三日(月祝) 6人目 ~

  スイセンの花言葉 エゴイズム



 四月から専門学校へ通いつつ。

 土日は千草さんの所で仕事をしたり。

 仕事をさせてもらえる式場を探して歩くという生活になりそう。


 だから、今のうちに稼いでおかないと。

 俺は、ズボンのお尻に挿した平べったい財布を。

 ポンと叩きました。


 ――この三連休。

 朝から晩までみっちりと。

 ワンコバーガーでバイト三昧。


 連日、家に帰るなりバタンキュー。

 今日も昼休憩を前にして。

 レジ前で、今にも倒れそうな俺に対して。


「ずいぶんがっつり頑張ってるの。ゆとりも無くて、まるで守銭奴なの」

「…………いらっしゃいませ」


 連日、昼まで寝坊して。

 お昼を食べたら昼寝して。


 おばさんが俺に、「ほっちゃんって、職場決まったの?」と。

 聞いてくるほどのんきに過ごす緊張感のないこの人は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をぼっさぼっさにさせて。

 スイセンのお花を無理やりセロテープで髪に張り付けています。


「晩御飯の前まで居眠りしようと思ったんだけど、思いのほかお腹空いたから寝付けなくて。ハンバーガー食べに来たの」

「もう、理由については突っ込みません。君は就職先探しなさいな」


 せめて今から一件でも。

 俺は穂咲を追い返そうとしたのですが。


 お昼のピークも過ぎて。

 みんなで順に休憩を取ろうとしていたところだったので。


 穂咲の来訪に。

 後輩たちが、わらわらと寄ってきます。


「藍川センパイ! 就職先、決まっていないと聞きましたけど!」

「……し、心配です……」


 瑞希ちゃんと葉月ちゃんは。

 本気で心配して、何か所ものレストランに声をかけてくれて。


「お、お、おねえちゃん。頑張ってほしいから、ハンバーガーご馳走します……」

「なあおっさん。お花先輩の就職先、紹介くらいできねえのかよ」


 小太郎君と雛ちゃんも。

 なにかと気にしてくれるのです。


 ……そんな皆さんの温かい言葉に。

 涙ぐむ穂咲だったのですが。

 君に、そんな顔は似合いませんよ。


 だって。


 顔半分に。

 畳の跡。


 態度とやってることのギャップね。


「ここまで心配されているってのに、君は……」

「明日から本気出すの」

「それは一生やらない人が掲げる旗印です」


 どうしてこう適当なのか。

 呆れ果てて頭を抱える俺に。


「穂咲ちゃん、ここに就職するわけにはいかないの?」


 いつもの定位置。

 右側のレジに立つ晴花さんが言うのですが。


 厨房から覗いていた。

 カンナさんがノータイムで否定します。


「さすがに社員を雇う余裕ねえから」

「ですよねえ」

「言っちゃわりいが、正直晴花がバイト待遇になって助かってるんだ」

「ですよねえ」

「バカ穂咲を雇うことになったら、バイト二人をクビにしなきゃなんねえ」

「ですよねえ」

「その上で保護者はただ働きにしねえと……」

「それはねえ」


 冗談ではありません。


 しかし、なるほど。

 多国籍料理店を出すために貯金をしているとのお話でしたが。

 そこまでカツカツだったとは。


 晴花さんは、もともとワンコ・バーガーの社員だったのですが。

 東京へ行った際に退職して。

 復帰してからはバイト待遇。


 週五でフルに入っているので。

 結構なお給金にはなるはずなのですが。


 やはり社員とバイトでは。

 給料が随分違うのですね。


「でも俺、思うのです。ここ以外で穂咲を雇ってくれる店なんて、世のどこにもあるはずないって」

「バカやろう、そんなことでどうすんだよ。その内こいつ、一人で店を経営することになるんだからな?」


 ……ほんとだ。


「今更ですが、その未来予想図がまったくの絵空事に見えてきました」


 車が飛んで。

 タコの火星人と手を繋いでいるような落書き未来予想図。


 しかしそんな絵を描く画家先生は。

 こんなにも後輩に慕われているのです。


「だったらあたしがバイト辞めますから! 藍川センパイを雇ってください!」

「え? ……み、瑞希ちゃんが辞めるなら、あたしも……」

「そ、そ、そんな!? じゃあ、ボクが辞めます!」

「アタシは……、くっ。で、でも……」


 他の三人はともかく。

 料理人になりたいからと。

 厨房で腕を磨くことを生きがいにしている雛ちゃんまで。


 なんという自己犠牲の精神。

 でも。


「あたしはいいの」


 ここまで言われては黙っているはずがない。


 自己犠牲と言えばもちろん。

 穂咲の代名詞なのですから。


「晴花さんも、心配しないで欲しいの。レジに抱き着かないで欲しいの」

「今、ミシッて聞こえましたけど。どんだけ必死に抱き着きますか」

「ほんとなの。あたしはお仕事しないでも、結構平気だから」


 穂咲は優しく晴花さんへ微笑んで。

 レジから引っぺがそうとしているのですが。


 ちょっと待って。


 お仕事しないでも結構平気って。

 どういうこと?


「晴花さん、三年放置した耐震ジェル並みの吸着力なの」

「いやああああ! あたしはレジと添い遂げるの!」

「仕方のない晴花さんなの。じゃあ、ハンバーガーのセットをレモンティーでお願いなの」

「へい毎度!」

「ふう。やっと剥がれたの」


 お仕事となれば話は別。

 晴花さんは、嬉しそうにレジと戯れ始めたのですけれど。


「ねえ、穂咲。お仕事しなくていいって、どういうこと?」

「だって、そんなに苦労してないから」

「は?」


 俺をタレ目で見つめながら。

 ポシェットから財布を取り出した穂咲さん。


 五百円玉を晴花さんに手渡して。

 お釣りを貰ってスカートのポケットへチャリンと落としていたのですけど。


「ちょおおおお! それ! 俺の財布っ!?」


 あれ!?

 さっきまでパンツのポケットに入っていましたよね?


 それ、何のイリュージョン!?

 

「昔っからそうですよね君は! どうして俺の財布から何でも買うの!?」

「だから、お仕事しないでも結構平気なの」


 なんというエゴイズム。

 でもさ。


「いえ、金銭的な話じゃなくて。資格取るために二年仕事するのですよね?」

「…………はっ!?」


 はって。

 忘れてたの?


 てへっ。


 ぺろっ。


 ぱかっ。


 ぎゅむっ。


「財布は返しなさいよ! どんだけ自分中心なのです!?」

「むう、こいつは困ったの。あたしはここで働くの」

「ですから。そのためには二人も辞めないと……」


 俺の話に耳も貸さず。

 あくまで貫くエゴイズム。


 右の端から順番に。


「じゃーんけーん……」




 全敗しました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る