モクレンのせい


 ~ 一月八日(水) 300センチ ~

   モクレンの花言葉 持続性



 昨日は立ったまま勉強をし続けていた六本木君に。

 お前も勉強しろと、大学受験用の問題集を渡され四苦八苦。


 そんな俺が。

 先生には立たされていることを忘れられ。

 放課後まで放置されている間。


 教室では駆け落ちドラマを。

 二転三転のどんでん返しからの感動的なハッピーエンドで結び。


 クラスの皆から。

 涙交じりの大喝采を浴びていたこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 なにやら小説投稿サイトにデビューする気になったらしく。

 軽い色に染めたゆるふわロング髪をハンチングの形に編んで。

 そこにモクレンのお花を活けているのですが。


 そんなバカっぽく見えるこちらの方を。

 今は、このようにお呼びしないといけないお昼休みの時間です。


「……教授。本日の実験は、一体……」

「どこかおかしいところでもあるかねロード君! 言ってみたまえ!」


 穂咲は……、もとい。

 俺のYシャツをぶかぶかに羽織った教授は。


 フライパンを左手でくるりと一回転させると。

 そいつをびしっと俺に突き付けるのですが。


 これをおかしいとすら思わないその感覚が。

 すでにおかしい。


「……長年研究し続けて来た、その成果と言ったところでしょうか」

「察しがいいな、ロード君! これは十才の頃から現在まで作り続けて来た目玉焼きを思い出せる限り全て再現したものだよ!」

「はあ、なるほど。教授の記憶力が悪くて助かりました」


 五歳の頃から現在まで。

 ざっと三千種類以上は作り続けてきたはずですが。


 良かったのやらなんなのやら。

 十五センチ角の四角い目玉焼きは、たったの二十個。


 とは言え三メートルにもわたって並んでいると。

 恐怖しか感じませんね。


「……しかし。俺が悶絶した順から二十個並んでいるように思えます」

「これしか思い出せず不本意だが、まあ、大差なかろう」

「ええ。十分に目的は果たしているかと」


 食べづらい目玉焼きを探している以上。

 これはこれで正解なわけですが。


 それにしたって。


 ブルーベリーこし餡目玉焼き。

 魚醤の漬け風目玉焼き。

 塩辛はりはり漬け巻き目玉焼き。

 トウガラシまるまんま五本飛び出し大悪魔風目玉焼き。


「……作りも作ったり」

「長年研究し続けてきた成果!」

「よくもまあいくつも嫌がらせを考え続けてこれたものです」

「持続性があると言いたまえ!」


 そんな綺麗な言葉で。

 この悪行を形容したくありません。


 俺の方こそ。

 よく逃げ出すことなくこんなものを食べ続けてこれたものです。


 御覧なさいな、クラスの皆の顔。


 げっそりしているどころか。

 これを俺が全部食べると信じて。


 尊敬を通り越して畏怖しちゃってます。


 今更、クラスのヒーロー爆誕です。


「教授。元々はしょっぱくて優しい味の目玉焼きを探し続けていたはずですが」

「そうだったな! しかしそれは二年半前、無事に発見できたわけだ!」

「ええ、そうでしたね。でも、こう思い返してみると。我々はどうやら十数年間、単に今回のテーマを探求し続けてきたような気がします」

「御託はいいから、隅っこからちゃっちゃと片付けるがいい!」


 ちゃっちゃ。

 それは無理。


 でも、逃げることなどできようもない。


 俺が箸を持ち。

 最初の皿を持ち。


 その都度湧き起こる、おおという歓声にイラっとしながら草加せんべいまぶし目玉焼きを口に含むと。


「どうかねロード君!」

「……無論。食べづらいのです」

「おお! では、これが……!」

「いいえ。ここに並んだ品、全部が百パー違います」

「どうしてだね!?」


 そうですね。

 最初に説明しておくべきでしたね。


「だって、教授が目玉焼き食べてたの、実験を始めるより前のことなのです」

「ふむ。確かに食してこなかったが、それがどうした?」

「教授が食べづらかったと言うのですから」

「ふむふむ」

「実験中の作品とは一切関係ないはずなのです」

「ふむ……?」

「おそらく教授に目玉焼きをこさえたであろうおじさんにしろおばさんにしろ、こんなの作らないでしょうに」


 ここまで丁寧に説明してあげると。

 ようやく教授は全ての作品をひとしきり眺めた後。


 てへっ。


 ぺろっ。


 こつん。


 イラッ。


 どうして俺の頭叩きました?


「……責任とって、半分は教授が食べるのです」

「半分は無理だけど、いくつか手伝うの」


 そして教授はトウガラシとタバスコとデスソースのお皿を取って。

 美味しそうに食べながら。


「ふむ! 全然食べづらくない! この三皿は失敗だ!」


 相も変わらず。

 辛いものに甘い評価を下した後。


「げぷ。……もう、お腹一杯なの。ごめんなの、食べづらいのが残ったのかも」


 そう言いながら。

 箸を置いてしまいました。


「いえ。結構助かりました」


 棒読み返事からのため息。


 でも、自分が三皿ですし。

 俺も三皿くらいで勘弁してもらおう。


 そう思いながらチューインガムがのびーる目玉焼きの皿を取ったのですが。


「……なんです? そのニコニコ顔」

「だって、ここんとこ普通に料理作って来たけど。ずっとあたしが作った目玉焼き食べてたなーって思い出して」

「じろじろ見ないで下さい。食べづらいです」

「だって、見てたいの」


 机に頬杖などして。

 こちらを見上げるとか。


 ずるいのです。


「ええい。ギャラリーもひゅーひゅー言わない」


 照れ隠し半分。

 俺は周りに文句を言ったのですが。


 ……そうか。

 食べづらいって。

 ひょっとしてこういうこと?


「教授。もしかしたら……」

「ロード君! ほら、冷めてしまう前に食べるのだ! あと十六皿!」

「はあっ!? 残り全部食えって!?」


 冗談じゃない!

 ゲテモノうんぬん以前に。

 量が多すぎます!


「ずっと、持続して美味しそうに食べるロード君の姿を観察しておこう!」

「ずっと、地獄で苦しそうに食べるロード君の姿しか提供できません」


 文句を言ったものの。

 教授はずっと。

 ニコニコと見つめているので。


 俺は仕方なく。

 地獄へ続く道へと。

 一歩を踏み出したのでした。



「……ピーナッツバターが、お口の中で牡蠣と大喧嘩」

「食べづらい? はっ!? じゃあ、それが……!」

「なんでついさっきの話をもう覚えてないの?」


 ほんとにこんなことで。

 思い出の目玉焼きなんて見つかるのでしょうか?


 ……あと。


 胃薬下さい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る