ウォールフラワーのせい


 ~ 一月七日(火) 10センチ ~

 ウォールフラワーの花言葉

      逆境にも変わらない愛



 一月末で学校はお終い。

 そして三月一日には卒業式。


 いよいよ見えて来た別れの時。

 だから急いで。

 決めないと。


 友達のままでいたいのか。

 それとも、違う関係性になりたいのか。


 いつも隣にいた幼馴染。

 彼女の名前は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を……。

 いやはや、今日は力作ですね。


 天才スタイリストである穂咲のとこのおばさんがこさえた作品。


 穂咲の頭の上に広がる。

 髪の毛で作られたお花畑のジオラマ。


 10センチほどの風車付き。

 草原の動物たち付き。


 その中心に。

 小花がちんまり群れて咲く、可愛らしいウォールフラワーが植えられているのですが。


 お花畑にそびえる大樹のようにも見えるのです。



 そんな小世界を自撮りして。

 草原の動物たち。

 ネズミとクマを指差して。


 ……なんです?


 別に居たってかまわんでしょう。


 それに、そのツッコミは。

 朝一で俺がしています。


 もとい。


 草原の動物たち。

 ネズミはともかく。

 クマも指差して。


「……んでね? この王子様と、隣国のお姫様が手に手を取って逃げて来たんだけど、こっちで覗いてるキツネが両方の国に情報を漏らしちまうの」

「朝からこの午後まで続いた壮大なドラマもいよいよ最終章ということは分かるのですけれど。授業中なので静かになさい」


 自習とは言え。

 大学受験組もちらほらと見かける教室で。


 君の夢中な声だけクラスに響き渡るのですが。



 迷惑。



「でも、それなりみんな、展開が気になってるの」

「微妙に聞こえるか聞こえない辺りの人たちが妙にそわそわしていますから。続きは放課後になさいな」

「そんな皆は席をにじにじ寄せて来てるの」

「それも含めて迷惑なのです」


 呆れ果てる俺の言葉も右から左。

 穂咲は草原にそびえ立つウォールフラワーをすぽんと抜いて。


「でもこれ、駆け落ちの合図なの」

「でも、に続く文章になっているとは思えないのですけど」

「いいからひと房持つの」

「いいから、に続く文章になっているとは思えないのですけど」

「これはその昔、駆け落ちしましょうって合図に使われてた花なの。逆境にも負けない愛を誓うの」


 え?

 そうなのですか?


 でも、それが本当だとして。

 俺が誰と駆け落ちしろって?


 眉根を寄せる俺の肩を。

 六本木君が、ポンと叩きます。


「いいじゃねえか色男。後のことは俺に任せて、道久は逃げる準備しとけ」

「いえ。相手が確定しないと不安で仕方ありません」

「珍しく藍川から熱烈なアプローチされてるんだ。ちゃんと守ってやれよ?」

「そういう六本木君が一人でいる方が珍しいのです」


 渡さんは、ちょっと風邪気味とのことで。

 一人、学校に来た六本木君が。

 席を離れてふらふらしていますが。


 教卓に座った先生は見てみぬふり。

 まあ、このクラスで一番必死に勉強している人が休憩を所望しているのです。


 文句があるはずもないでしょう。


「お前はほんとに朴念仁だな。藍川の言葉の意味が分からないのか?」

「意味を分かっていないのは六本木君の方なのです」

「は?」


 怪訝そうな返事をした六本木君ですが。

 ほら御覧なさい。


 穂咲のやつ。

 君にもウォールフラワーを手渡しているではありませんか。


「……どういう意味だよ」

「ふぁいっ!」

「ファイトしねえよふざけんな!」


 妙な二人の駆け落ちに。

 今まで静かだった教室が黄色い歓声で満たされます。


「百歩譲って他の男なら妥協してやる! でもこいつは勘弁しろ!」

「こっちこそお断りなのです。駆け落ちるどころか奈落の底です」

「……ふぁいっ!」


 そして穂咲が携帯で俺たちを写真で撮ると。

 至る所からシャッター音が記者会見。


「んでね? 話は戻るけど」

「戻さないでいいです。まずはこの騒ぎをなんとかなさい」

「王子様はどうしてお姫様を連れて逃げたんだと思う?」

「…………食料でしょうね」


 俺がばっさり切り捨てると。

 穂咲は意外にも。

 なるほどと手を打ちます。


「凄いの。いいシナリオなの。きっと姫様はお料理上手で、王子様の胃袋をがっちりキャッチしたの」

「いえ。そういう話ではなく」


 クマにとって、ネズミ一匹ではおやつにもならないかもしれませんが。

 お腹がすいたら食べちゃうこと間違いなし。


 でも、そんなブラックジョークより。

 穂咲のドラマの方が、断然幸せで。

 そして可愛らしいのです。


「……道久君も、胃袋がキャッチされてる?」

「いいえ。お昼に玉子の殻一個分のカルシウムが入った目玉焼きを食べさせられた後で言われましても」

「食べづらかった?」

「じゃりじゃりポリポリなんとか食べ切りましたけど。食べづらかった」

「じゃあ、それが……!」

「絶対に違うと思う」


 だって、君が食べたとしたら。

 作ったのはおじさんかおばさんなわけで。


 玉子の殻が入るなんて。

 そんな失敗するわけない。


 でも、ああそうなんだと。

 しょんぼりしてしまった穂咲さんに。

 一応、フォローを入れておきましょう。


「先ほどは、食料なんてこと言いましたけど。そんなに料理が上手なら、食べたりしないでしょうね」

「食べないって、なにが?」

「王子様が、姫様を」


 当たり前なのと膨れる穂咲が。

 俺の顔を見ながら、寂しそうな微笑を浮かべると。


「……でも、いざとなったら。心優しいお姫様はその身を差し出すと思うの」

「そう、なって欲しくないですね」


 幸せなエンディングを。

 どうか迎えることが出来ますように。


 俺は、クマとネズミの素敵な未来を信じながら。

 お花畑の物語に思いをはせるのでした。



「……ようやく静かになったな。そのまま静かにしておくように」

「了解なのです」


 おっと、そんな指摘をしてくるということは。

 それなり気に障っていたのですね?


 ここは素直に従うの一手。

 そう思っていたのに……。


「分かったの。でも一つ質問があるの」


 穂咲が余計なことを言い出したのです。


 変なことを言い出しなさんな。

 願いを必死に込めてみましたが。


「ネズミにとって、クマは何食分に当たるの?」

「そっちだったんかい!」


 残念ながら。

 俺の願いはばっさりと切り捨てられました。


「……やかましいぞ秋山」

「だって! クマ姫とは思わんでしょうが!」

「道久。ネズミの王子ならいるぞ?」

「そっちも想定外!」

「愛さえあれば、身長差くらいどうとでもなるの」

「背の話じゃないからな!?」


 大騒ぎも佳境となる中。

 穂咲は何事もなかったかのように先生へ近寄ると。


 残ったウォールフラワーをその手に握らせたのでした。


「……何の真似だ?」

「ふぁいっ!」



 そんな扱いを受けた先生が。

 猛るクマのような眼光でにらむ先は穂咲ではなく。


 ネズミのように縮こまる俺。


「なんでやねん」

「貴様が藍川と駆け落ちしていればこんな騒ぎになっていなかったろうに」

「なんという姫のわがまま」


 仕方がないので。

 俺は廊下へ。

 六本木君と共に駆け落ちして。


 クラス中から盛大な拍手を頂戴いたしました。


「だから貴様とは嫌だったんだ!」

「でしたら、先生とお二人でどうぞ」

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