第4話

その後は二人共何となく口数も少なくなり黙々と歩くばかりだったが、その甲斐はあって大分人通りの多い広い道まで出ることが出来た。

 ここまで来たら朗一人でも何とかなりそうな感じではあったものの、一緒に駅までというのが当初の約束でもあったし、今の状況でしのぶと別れてしまうのは少々はばかられるような雰囲気でもあった。

 と、朗があれこれ考えを巡らせている中で、しのぶがふと朗に話しかけた。

「朗さん。朗さんはこの街をどう思いました?」

「え、うーん、そうだなぁ……いい街だと思うよ、うん」

 朗は先程からの考え事に気を取られていたのであまり気の入っていない答えを返したが、しのぶの方はやはりそれでは納得できなかったようであった。

「……本当にそう思ってます?」

 しのぶの表情は硬く、やや不満そうな口調だ。それを受けて朗も姿勢をちょっと正してから改めて言った。

「いや、別にお世辞を言っているわけじゃないよ。昔ながらの町並みは綺麗だったし、牧歌的な雰囲気もいいし、空気もおいしいし」

「……でも、それって、単に『都会にないもの』を並べてるだけにも聞こえますよ?」

 しのぶの口から出た強烈な言葉のカウンターに、朗は驚きのあまり歩いていた足を止めてしまった。

「え……!?いや、それは……」

「朗さんの前にも何回か都会から来た人とお話する機会があったりもしましたけど、大体皆同じようなことしか言わないんですよね。都会との比較でしか古森を見ることが出来てなくて、そうじゃない魅力の部分には全然気がついてくれないんです」

「……」

 しのぶの言葉に反論する言葉が見つからず、朗は黙り込んだ。

「街並みの話もありましたけど、それじゃあ古森はその街並みをいつまでも永遠に変えることが出来ないんでしょうか?人も、時代も、周りはどんどん変わっていっているのに、古森は古い街並みが似合うからそれを維持してね、っていうのもひどい話だと私は思いますけどね」

「……しのぶちゃん、怒ってる?」

「そうじゃあないです。でも、悲しいです」

 朗の言葉にしのぶは顔を背けた。ひどく悲しげな表情だった。

「都会ほど生活リズムは早くもないし、田舎と言われたらそうなのでしょうけど、それでも古森は古森なりに一生懸命変わってきたんです。初めは広い森が広がるばかりだった場所に、人が入り、森を切り開いて街を作り、沢山の人達がその街で暮らすようになって……古森の歴史はそうやって脈々と築かれてきた開拓の歴史でもあるんじゃないかな、って思うんです」

「……」

「分かってます。別に古森だけがそうじゃないことくらい。でも、古森が良いところだと思ってくれるのなら、もっと深いところまで見てほしいと、そう思うんです。単に都会にないものばかりを追い求められても、それは本当の理解ではないのかなって思ってしまいます……」

 しのぶのその言葉に、朗は一つ大きくうなずいた。

「……街の生き様、そこに生きている人をもっと見てほしい。『生きた街』を見てほしい、ってことだな」

「朗さん……」

「正直、しのぶちゃんからそこまで言われるとは思っても見なかったけど、でも確かにそうだな。人間、ついつい自分のいる環境との比較でしか物を見なかったりするところがあると思う。それが良い悪いというより、そればかりに偏ってしまう考え方と言うのを、まず是正しなきゃいけないんだろうな」

 朗はしのぶの顔をまっすぐに見つめながらそう言った。しのぶも朗の顔を静かに見つめている。

「俺は古森の昔を知らないけど、古森は昔も今も変わり続けているんだな」

「人の住むところにいつまでも変わらない場所は、きっとないんだと思いますよ。人が住み、生活を営んでいる限りはどんどん変わっていくのだと私は思っています」

 しのぶのその言葉に朗も静かに頷いた。

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