第3話

 やはり朗は裏路地に入り込み過ぎていたようで、そこそこ人通りのある大きな道に出るまで何回か道を曲がっていかなければならなかった。

「ふぇ~、随分奥まったとこまで入っていたんだなぁ」

「普通、旅行で来る人があんなところまで入っていったりはしませんよ。全く、私が来なきゃどうなっていたか……」

「反省はしてるよ……」

 しのぶの呆れたような声に、朗はバツの悪そうな表情で頭をポリポリとかいた。

「でも、その滅多に人が通らなそうな道を通りすがったしのぶちゃんこそ、その辺はどうなのよ?」

「私は、地元住まいですし、あまり人の多い場所が好きじゃないだけです」

 朗の反論に、しのぶはつんと澄ました顔でそう答えた。

「うまくごまかしてない?」「ごまかしてません!」

 ついさっき出会ったばかりの二人ではあったが、先程の『道代の娘』の一件もあってか、すっかり息のあった会話を繰り広げるようになっていた。朗もしのぶも、比較的ノリの良い性格であったのも手伝ってはいるが。

「……ま、それは置いておいて、そういやしのぶちゃんは自転車とかは乗らないのかい?駅まで行くって話だったけど、まだ結構歩くよね?」

「え、自転車ですか?……うーん、私は自転車というのはちょっと苦手で……」

 朗が感じた率直な疑問に、しのぶは少し困ったような表情になった。

「それはまた、なんで?」

「自転車に乗れない、乗りたくないってわけじゃないですけど、こう、自転車に乗っているとついつい気忙しくなったりしません?」

「気忙しい?」

 しのぶの発した言葉に引っかかるものを覚えて、朗はオウム返しに聞き返した。

「はい。何でなんでしょうね、自転車に乗るととにかくまずは目的地にいつ着くのかっていうのが最初に頭に浮かびますよね。勿論、そればっかりでも無いんでしょうけど、やっぱり心のどこかで、早くしなきゃ、早くしなきゃ、って時間に追われているような気になっちゃうんです」

「なるほどねぇ」

 しのぶの言葉に、朗は感心したように頷いた。

「言われてみれば、確かにね。そういう心持ちになるところもありそうな気がするな。目的のない気ままなツーリングもあるけど、普通は徒歩だと時間がかかるから自転車を使って時間を節約しようとするわけだしな」

「でしょう?私、そういうのが苦手というか、そういう考え方だけじゃ駄目だって、そう思うんです。何でもかんでも急ぐばかりじゃ、たとえ道端に綺麗な花があっても気付けないってことにもなりますし」

「急ぐばっかりでなく、道端の花を愛でるくらいのゆとりを持って、ということか」

「そう、そうです!朗さん、流石です!」

 しのぶが目を輝かせながら首を上下に振っているのを見て、朗も苦笑しながら一つ頷いた。

「ま、その気持ちはよく分かるよ。俺にもそういう所があるしな」

「そうなんですか?」

「うん、まぁ、都会の忙しさに飲まれちゃってるところもあるけどさ。それでも、たまに『俺、ちょっと急ぎ過ぎなところもあるのかな』って感じて、自転車を使うところをあえて歩きで用を済ませたりすることもあるし」

 朗のその言葉に、しのぶは少しだけ表情を曇らせた。

「都会暮らしって、何だか大変そう。私じゃ目が回ってしまいそうで……」

「そんなでもないけどね。『慣れ』っていうのもあると思うし」

「そうかなぁ……。私はずっとここにいるからよく分からない……」

「しのぶちゃんもいつか都会に出ることもあるんじゃないか?」

朗が何気なく言ったその一言に、しかししのぶはどこか怯えたような表情になった。

「私……?……私は……その……都会に出るのは……ちょっと……」

 しのぶは顔がうつむき気味で、ひどく動揺したように一言ずつ言葉がこぼれた。

「そんなに不安?うーん、まぁ、気持ちが理解できないこともないけどさ……」

 あまりにしのぶがひどく動揺しているのを見て、朗も少し心配そうにしのぶを見た。

「……!あ……いや、ごめんなさい。こんなに取り乱しちゃって……」

 朗の心配そうな表情に気がついたのか、しのぶは慌てたように顔を上げて謝罪する。

「いやいや、こちらこそなんか変なこと言っちゃったみたいで、悪いね」

「そんなことないです。私、都会に変なイメージ持っちゃってたみたいで、その…」

「大丈夫大丈夫、ちょっとネガティブすぎるとこもあるけど、都会嫌いの人が世の中にゼロってわけでもないしな。そんなに気にすることもないよ」

「は、はい。……ありがとうございます、朗さん」

 しのぶは深々と朗に頭を下げた。

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