第2話 舞台裏

 玉座の間。ナザリックで最も手の込んだ部屋。壁の基調は白で、そこに金を基本とした細工が施されている。天井から吊り下げられた複数の豪華なシャンデリアは七色の宝石で作り出され幻想的な輝きを放ち、壁には41枚の大きな旗が天井から床まで垂れ下がっている。中央には真紅の絨毯が敷かれていて、その先は玉座に続く階段まで伸びていた。


 そこには階層守護者含め多くの者が至高の主、アインズ・ウール・ゴウンに跪いて忠誠を顕わにしていた。カンと乾いた音が響く。


「おもてを上げよ。」


「「はっ!!」」


 アインズの命令で恭しく下げられていた頭がゆっくりと上がる。


「まずはデミウルゴス。」


「はっ!」


「先の作戦といい、バハルス帝国の管理プラン作成といい大変ご苦労。」


「とんでもございません、先の作戦も帝国の件も、至高の主であらせられるアインズ様自らに動いて頂き成された結果に過ぎません。わたくしの微力をお褒め頂くなど、勿体ない御言葉に御座います。」


 〝いや、マジで俺なにもしてないんだけれど……〟という言葉を呑み込み、アインズは重々しく頷く。


「だがデミウルゴス。おまえの見事な働きがナザリックに多大な利益をもたらした事も事実。何か褒美を与える。望みのものを与えよう。」


 デミウルゴスは自らの力など些末な塵芥に過ぎず、端倪すべからざる目の前の至高の御方、その力があってこそと考えている。しかし聡明なデミウルゴスは過度の謙遜は主を不快にさせ、不敬にあたることも同時に知っていた。


「では、現在わたくしが運営している牧場ですが、交配実験に一定の成果を出すため、魅了に長けた高位のサキュバスを幾人か派遣していただければ幸いに御座います。」


「サキュバスか……。わかった、手配しよう。次にシズ・デルタ、前へ。」


 シズは一度立ち上がり、数歩歩いて再び跪いた。


「ローブル聖王国の一件ではよく役目を果たしてくれた。1人ナザリックを離れ、自主的に己の判断を行う重責、見事であった。」


「…………勿体ない御言葉です。」


「そしてシズ、お前に友人が出来たということは、わたし個人として素直な喜びである。ガーネットさんもきっと喜んでくれるだろう。さて、彼女とは、また会う約束をしていたな?」


「…………軽率でしたでしょうか?」


「そんなことはない!仲間の娘が友人に会いたいという願いを無下にするほど狭量ではない。しかし、時期を考えねばな。デミウルゴス!」


「はっ!現在聖王国はアインズ様へ献上するに相応しいよう太らせております。ネイア・バラハという人間も復興に一助を担う人材となりましょう。最低限度の生活が出来るまでの復興を一区切りに致しますと……計画では100日前後で、ネイア・バラハを一時的に聖王国から切り離すことも可能かと愚考致します。」


「うむ。シズ・デルタよ、ローブル聖王国の復興が一段落次第、お前には休暇を与えよう。友人と会うのも自由であるし、なんならナザリックへ招待しても構わないぞ?」


「…………良いのですか?」


「勿論だ。他に望むものはあるか?」


「…………いえ、ありがとうございます。」


 喜怒哀楽の読めない無表情であるが、喜びの感情を宿したことは誰の目にも明らかだった。……玉座に座る1人を除いて。



 ●



 ナザリック九階層の食堂で、プレアデス含むメイド達が食事終わりに談笑していた。



「いや~~!シズちゃんアインズ様からすっげー褒められてたっすね~!マジ羨ましいっす!リスペクトっす!」


「しかし人間ヘッピリムシ風情が友だちというのは……。」


 ルプスレギナはいつものように茶化し、ナーベラルは妹に変な虫がついたのではないかと怪訝そうに眉を顰めている。


「…………ネイアは人間だけれど、見所がある。かわいくないけれどシールもあげた、かわいくないけど。」


「シズが1円シールをあげるからにはよほどなのね。先程のアインズ様とデミウルゴス様のお話を伺うに、少なくとも普通の人間ではないみたい。」


「わたしも興味あるわ、シズちゃんが執心なネイア・バラハとやらに……。」


「みてみたーぁい!」


 プレアデスだけでなく、他のメイド達も〝シズちゃんのお友達!?〟〝人間らしいけどどんな子?〟〝ツアレみたいな子かしら?〟と興味津々の様子だ。


「…………う~ん。困った。」


 基本与えられた命令を粛々とこなし、予想外の事態に対する対処方法も豊富に持ち合わせているシズだが、〝友人を招いた時のマニュアル〟など頭に入っていない。勿論生きて帰れぬなんてことは無いだろうが、蘇生させて帰すことになるかもしれない。


「…………うん、なら大丈夫。」


 シズは自分を置いて盛り上がる面々を見つつ、1人納得した。



 ●



「やぁ、アルベド。シズの休暇が正式におりたようですね。」


「ええ、アインズ様は〝7日間自由に〟とのことだけれど……。」


 うふふ。と2人は息を合わせた様に笑う。


「全く、わたしは最初ネイアという人間をアインズ様を神と崇める実験体とみていましたが、その希少性と有効性たるや……。信じられますか?洗脳も記憶操作もせずに、アインズ様は奇跡をやってのけた。そしてこの7日はネイア・バラハにとって神話の旅となり、より一層の力を持つことになるでしょう。」


「至高なる41名の造物主たる御方々に造られていない哀れな下等生物と思っていたけれど、調べれば調べるほどその偉業が解るわ。違う神を信仰するというだけで人間や亜人は戦争をする。アインズ様の偉大さに一端でも触れたならば平服するのが普通だと思うのだけれど、全く救いようのない輩ばかりね。」


「アインズ様はそんな人間の業深い心理すらも読み解いていたのでしょうね。常識を疑うことはとても難しい、それはわたしもアルベドもそうだ。しかしアインズ様は、この世界の我々を含む存在というものを常に客観視されている。シズは恐らく、魔導国への観光をネイアに提案する事でしょう。」


「ええ、アインズ様やデミウルゴスがそこまで評価する人間。わたし個人も興味があるわ。」


「ただの興味で終わるのは勿体ない。ナザリック内はともかく、彼女の旅路……今のところカルネ村、エ・ランテル、バハルス帝国は今後アインズ様を崇拝する者達の巡礼地となる。7日という区切りも実に素晴らしい、日常の生活から乖離するほど、遠方であるほど、人とは聖なるものに接近・接触を感じやすい。しかし崇拝しすぎて移住したいと思わせない絶好の区切りだ。」


「そして今まで表だって動きが出来なかったプレアデス達……シズが先導することで、円滑に支配した町への浸透が可能になる。」


「勿論それが全てではないでしょうが……。全く、アインズ様の深遠なるお考えを前にすると、何時も自分の無能を呪いたくなります。」


「それはわたしもよ、デミウルゴス。」


 2人は肩を竦め、再び笑いあった。

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