ネイア・バラハの聖地巡礼!

セパさん

第1話 旅の始まり

「--先の大戦で皆様が経験したように、力の無き正義とは無力であり、正義なき力とは憎きヤルダバオトが如き殺戮を生み出す無慈悲な暴力となるのです!」


 一拍間をおいて、「そうだ!」「その通りだ!」と熱狂する聴衆の反応を確認し、ネイアは言葉をつむぐ。


「故に!力を持ち、それを正しく使える者こそが正義であり、アインズ様……魔導王陛下こそが正義なのです!」


 壇上に上がり堂に入った演説を行うのは【凶眼の伝道師】ネイア・バラハ。眼前の聴衆は数千を超え、支援者からもらい受けた拡声の魔道具の効果もあり、その声は誰の耳にも響くものであった。ある者はその堂々たる演説に涙を流し、ある者は共感に打ち震え、怪訝な顔で話を聴きに来た野次馬もネイアの演説に強く心を打たれた。


「「魔導王陛下万歳!!魔導王陛下万歳!!」」


 ネイアはアインズ様……魔導王陛下への賛美の声に胸が熱くなる。たまに、こうした熱狂をネイアの力だという見る目のない馬鹿も居るがとんでもない。自分自身は大した人間ではない、そうアインズ様こそが素晴らしく、そして絶対なる正義なのだ。


(ああ、いと尊きアインズ様。わたくしは御身のお役に立てているでしょうか。)


 ヤルダバオトの脅威が去り、復興途上の聖王国。魔導王陛下救出部隊を前身としたネイア・バラハ率いる『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』は、既に会員数20万を超え、所属する魔導王陛下親衛隊 -力なき正義は悪の名で猛烈な鍛錬を積ませている- は一都市どころか、王都の軍事力を軽々凌駕する規模となった。


 勿論南派閥の貴族や神官たちがいい目で見るはずもないが、表だって敵にまわることもない。最初は会へ所属する同志が、不当にも神殿で治癒魔法を拒否されたことなどがあった。そのときネイアがカスポンド陛下に直訴した上、親衛隊含む同志達と共に神殿へ向かい交渉をしに行った。


 勿論ネイアの会には回復魔導に長けた術師も居るが、不当に同志が差別されるなど許されるはずがない。結果その地区の神官は別の者に変わり、不当な差別を行った神官は僻地へ追いやられたらしい。権力を振りかざすのではなく、魔導王陛下に対する誤解と無知を説き、その上で改心して欲しかったネイアとしては納得のいかない結果だったが、まだまだ自身の力が不足していると知る良い機会でもあった。

 


「お疲れ様です、バラハ様。」


「ありがとうございます。」


 長い演説で火照った身体に、冷たい水で絞ったタオルを差し出してくれるのは、影のある20代前半の女性。慣れてはきたが、やはり年上の女性に上位者として接されるのは身体がむず痒くなる。今や貴族や宮廷はおろか、他国すらも無視出来ない存在となった団体の長-ネイアはありのまま話しているだけと言っているが-たるネイア。


 その身の回りの世話全てを行うお付きの女中であり、男性であれば目をうばわれそうな黒い短髪と豊かな胸が特徴だ。前身である『支援団体』の黎明期れいめいきから書記次長のベルトラン・モロと共に、ネイアを支えてくれる存在であり、家事等々の能力に自信がないネイアとしては欠かせない存在だ。


「バラハ様。ベルトラン・モロ書記次長から今後のご予定についてお話がしたいとの要望が御座いました。お通ししてもよろしいでしょうか?」


「ええ、お願いします。」


「では、わたくしは席を外させて頂きます。」


(私如きがこんな立派な部屋……使う事無いんだけれどなぁ。)


 今や王都の人口以上の信徒を持つ教祖……という自覚が無いネイアの身は、下手すればカスポンド聖王陛下よりも厳重に護られている。演説中も腕の立つ親衛隊員が周りを固め、天幕の外もレメディオス元聖騎士団長クラスが暗殺にこようと時間稼ぎして逃げられるくらいの警備がなされている。


(あーもー!いきなり大勢の人をまとめ上げるなんて……)


-- だが……君ならばきっと頑張れるはずだ --


 あの別れの日、アインズ魔導王陛下からの御神託がネイアの頭に蘇り、心の中の弱音を払拭する。


(そうだ、わたしはアインズ様から期待して頂けたじゃないか。こんなところで弱音を吐いている場合じゃない。)


「バラハ様、お忙しい中失礼致します。」


 入室してきたのは、多忙と重責によるストレスからか、ただでさえ薄かった頭頂部が完全に禿散らかったガッチリした体格の40代男性。元々は執事の経験を生かした秘書であったが、既に大所帯となった『感謝を送る会(仮)』の書記次長という立場を持ち合わせている。


「いえ、いつもお仕事をおつかれさまです。早速ですが、報告を聞かせて下さい。」


「畏まりました。まず支援者より支援金や武具・防具・魔道具の支援を頂いておりますが、保有する宝物庫に収まりきらないほどとなりました。各支部に支援品の管理権限を分けて、対処しておりますが、如何いたしましょう?」


 ネイアは早速〝わかんないよ!〟と叫びたくなるが、喉元でそれをグッと堪える。


「どのような意見が挙がっておりますか?」


「はい、新たな宝物庫を用意すること……こちらは少し時間を要します。他に地区の支部長への権限を強化させて一度王都にすべての支援を集めるのではなく、その地区からの支援品一部は支部長の采配へ任せるというものです。」


「わかりました。では同志たる支部の長に任せる方針でいきましょう。しかしながら今後もアインズ様……魔導王陛下の素晴らしさに気がつく民は多くいるでしょう。新しい宝物庫と土地の購入も検討してください。……また、無いとは思いますが、横領などには必ず目を光らせるように。」


 同志として疑いたくはないが、権力と金は人を狂わせる。事実アインズ様を正義として信じるのではなく、アインズ様の持つ力と富に心酔する背信者というのは悲しいながら存在するのだ。


「畏まりました。そのように進めさせて頂きます。……次に鍛錬場の不足です。20万の支援者の内、19万4000名が鍛錬の志願をしております、しかし場所の確保が難しく、時間交代で鍛錬を行っているのが現状です。」


「土地……ですか。わかりました、考えておきます。同志達の練度は?」


(考えると言っても当てなんてないよ!20万の兵?どうしよう!?いやああもう、胃が痛い。)


「バラハ様が率いていた弓手・騎馬弓部隊は聖王国軍をも凌ぐ練度となっておりますが、剣技部隊・魔導部隊は未だ発展途上で、歩兵団・重装甲歩兵団・騎馬兵団、元神官から構成される医療支援部隊はまだまだ練度が必要です。元軍士である同志の報告ですが、〝これほど高い士気は見たことが無い〟とのことです。」


 ネイアは心の中でガッツポーズし、小躍りする。自分の〝正義〟を伝える活動は無駄ではなかったのだ。アインズ様は褒めて下さるだろうか?そう思うと自然と口元が緩む。


「そうですか、それは本当に喜ばしいことです。わたしも多忙で訓練を見に行けていないですが、暇を見つけて……うひゃあ!」


 ネイアは首筋の違和感に思わず跳ね上がる。粘着性のある丸いナニカが貼り付けられた感覚で……初の体験ではない。そして記憶を想起させていく。しかし答えが出るその前に


「シズ先輩!?」


「…………久しぶり。後輩。」


 後ろに居たのは幼さを残した、非常に整った顔立ちを持つ美少女。左目はアイパッチで覆われ、片方のまるで宝石の宿ったような緑の目がネイアを見つめる。無表情で声も平坦、一見すれば仮面のようにも見えるが、そこにはネイアだけが気がつける小さな喜びの感情があった。


「久しぶりですシズ先輩!!来て下さるなら歓迎の準備をさせて頂きましたのに!!」


「…………迷惑だった?」


 ネイアは頭が千切れんばかりに首を横に振る。そして倚子から立ち上がり、直立不動でシズを見る。


「…………ん。」


 シズは最初小首を傾げ、何をしているのか考えている様子だった。だがネイアの事情を察したのか、なんとなくなのか、ネイアに右手を差し伸べた。握手は目上の人間から行うもので、ネイアから手を差し出すのは無礼に当たる。ネイアは満面の笑みでシズの手を握り、上下にブンブンと振った。


「それにしてもシズ先輩、何故ここに?」


「…………アインズ様が〝きゅうか〟をくれた。7日。凄く頑張ったからその褒美。」


 ネイアに様々な感情が渦巻く。〝アインズ様からの褒美〟……なんと羨ましい響きだろう。とはいえ難度百五十のメイド悪魔が〝凄く頑張った〟と言っているのだから、ネイアからすれば〝到底想像出来ないほどの偉業を成し遂げた〟ということなのだろう。シズがポンとネイアの肩を叩く。


「…………言いたいことは解る。後輩。ネイアもアインズ様への忠義を果たし続ければいつかは。」


「いえいえ、アインズ様に忠義を尽くすのは当然のこと!尽くすことが無上の喜びであり、それ以上を欲するなど不敬にあたります!」


「…………うん。やはりネイアは見所がある。素晴らしい。」


「それで、シズ先輩は貴重な休日にわざわざ?」


「…………前のお礼。」


「前の?」


「…………ネイアは前に私を外出に連れていってくれた。次は私の番。」


「えっと。」


 ネイアはこれから発せられる言葉に期待を隠せずにいた。それこそ側で目を丸くするベルトラン・モロなど頭からスッポリ抜けるほどに。


「…………ナザリッ……アインズ・ウール・ゴウン魔導国に一緒に行きたい。」


 ネイアはその言葉を聞いて狂喜に打ち震えた。彼の偉大にして至高の魔導王陛下が統治する国へ!これ以上の喜びがあるだろうか?いや、ない!


 自分は一体どんな顔をしていたのだろう。シズは三度乱暴にハンカチを顔にガシガシと当ててきた。恐らくは意識すら出来ないで泣いていたのか。


「…………やっぱり鼻水がついた。ショック。」

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