第4話 男爵


 サキは荷台の上で押し黙ったまま揺られていた。不愛想な行商人との間には会話もない。昼過ぎに宿場の前で馬車が止まった。


「ここで食事をして少し休む」


「私は」


「お前の食事は取引に含まれていない。ここにいろ」


 そう言い残して行商人はサキを置いて宿場へ入っていったしまった。サキは空腹をこらえていたが、商人がすぐそこで食事しようとしていることを思うと空腹が激しくなった。


 その様子をみていた少年がサキに近づいてくる。昨日会った少年アルだ。


「やあ。なぜあの男と一緒なんだい? 王宮に出仕するんじゃなかったのかい?」


「王宮で謀反が起こって、それで、お母さんと逃げようとしたけど、お母さんが悪い人に追いかけられて……それで、あの人には今朝会って……」


 昨晩から今朝にかけてあまりに多くのことが起こった。頭が混乱し、サキはうまく説明できない。アルは十分には理解できていないようだったが、話をさえぎって告げた。


「君が大変な目にあったのはわかった。とにかくあの男からは逃げたほうがいい。あの男を知っているかい? 子供さらいのヘテロだ。子供の奴隷を専門にした有名な奴隷商人だよ。君は騙されているよ。あの男についていくと、どこかに売り飛ばされてしまう」


 サキは愕然とした。さらなる窮地へ陥るところだった。サキはアルとともに馬車から離れた。


 サキは歩きながら、言葉につまりながらではあるが、事情を詳しく話した。王弟ライオネルが謀反を起こし、騎士たちが乱暴を働きはじめたこと。母親がサキを物陰に隠し、自分をおとりにして逃がしてくれたこと。王太子に助けられたこと。王太子の護衛アーロンが身を挺して逃がしてくれたこと。思い出すと涙が溢れてくる。

 

 泣きながら話すサキにアルは同情を寄せて話を聞き、時折背中をさすってくれた。


 宿場から十分離れたところで、ふたりは木陰に腰かけて休むことにした。アルは袋からパンを取り出し、半分ちぎってサキに渡してくれた。空腹だったサキにはとてもありがたかった。どれだけ悲しい気持ちでいても、空腹のときに食べるものは美味い。

 

 なぜ理不尽な不幸が次々と自分の身に振ってくるのか。不幸中の幸いは、アルだった。危ないところを救ってくれた。彼がいなかったら今頃どうなっていただろうか。


***


 簡単な食事を済ませると、アルの案内で北に向かう馬車に乗れるという隣の宿場へ向かった。


「ここで馬車に乗れる。レナード様の街まで行けるよ。一緒に行こう」


「ありがとう」


 馬車の前で体躯のよい男が前の老人と何か話している。老人は三人の少年を連れていた。少年の一人は褐色の肌に黒い長髪で、アルと同じく東方の出身だろう。他に大柄な少年と寡黙そうな少年がいる。


「よし。乗れ」老人と三人の少年が馬車に乗った。


「さあ、次はぼくらの番だ。行こう」


 サキはアルに促されて馬車に近づく。体躯のよい男がじろりとこちらを見る。顔には刃物で切られたような傷があり、いやな予感がした。


 突然、アルはサキの持っていた首飾りをひったくる。そしてサキの背中を押す。体躯のよい男がサキを受け止める。


「何をするの? アル!」突然のことに動転して、サキがアルにむかって叫ぶ。


「ついてなかったなお嬢ちゃん」


体躯のよい男はアルのほうを指す。


「あいつは子供さらいのアル。俺たちの世界では名が通っている奴隷商人だ。ガキだが極悪非道で有名な野郎だ」


 男はそう言って笑った。愕然としているサキは手荒く腕を引っ張られ、無理やり馬車に乗せられた。


***


 サキは己に次々と降りかかる不条理を消化できなかった。現実感がない。痩せた御者が馬を操り、台車には体躯のよい男、サキ、アル、そして老人と三人の少年を乗せ、馬車は男爵の屋敷に向かう。体躯のよい男は木の棒を手で弄んでいる。奴隷が逃げ出そうとすればそれで打ち据えるのだろう。アルがにやつきながらサキに話しかけてくる。


「子供さらいのヘテロって話、本気で信じたかい? あれは無愛想なただの行商人だよ。ぼくを危機から救ってくれた恩人だと思って感謝してたの? 君のようなおつむの弱い子がいて助かるよ。は、は、は! 」


アルはますます饒舌になった。


「信頼してくれたお礼に、君をこれから買う男のことを教えてあげよう。この近くの屋敷に住む男爵で、ルードという悪趣味な貴族さ。少年少女の奴隷を高値で買ってくれる。買った子供に何をさせているのかはわからない。おぞましい噂は色々あるがね。少年少女はいつの間にか行方不明になる。あそこに売られたら終わりだ」


「うるせぇぞ、アル。それくらいにしておけ」


 体躯のいい男がアルをたしなめる。三人の少年たちは道中ずっと押し黙っていた。


***


 馬車は屋敷の前に止まった。


「ここだ」


 屋敷の中には、男爵の用心棒だろう、武装した男が二人いた。奥から屋敷の主人らしき人物あらわれた。

 

 サキらを連れてきた体躯のよい男が切り出す。


「へへ、どうも旦那。今日取引したい子供はこの四人です」


 主人が


「そちらのご老人は新顔の奴隷商人か?」


 老人が前に進み出た。


「お初にお目にかかります。ルード様ですね?」


「いかにも」


 男爵が答えると「今日は贈り物をお届けに参りました」と老人が恭しく一礼をする。


 そのときサキは褐色の少年がブツブツと呟いているのに気付いた。


「フレドは奴隷商人の二人、ジェンゴは右の男だ。左の男は俺がやる」


 褐色の少年が一歩踏み出した次の瞬間、二人の少年も動き出した。少年たちは隠していた短剣を抜き、それぞれの標的に飛び掛かる。左右では褐色の少年が左の用心棒の首を、ジェンゴと呼ばれた少年が右の用心棒の首を、それぞれ貫いていた。

寡黙な少年は体躯のよい奴隷商人の胸に短剣を突き刺した。短剣を抜くと何度も刺し、奴隷商人は膝をついて倒れた。

 

 痩せた御者は驚愕して呆然としていたが傍らにあった斧を手に取って構えようとした。しかし、構え終わる前に少年が動いていた。少年は御者の手を斬って得物を取り落とさせ、首をかき切った。


「何者だ!? 貴様ら」


 ルードが後ずさりする。


「依頼されて“谷”から来た使者だ」


 老人が答える。


「あんたは先月、少女を弄んで殺しただろう。その少女はさる裕福な商人の子でね。商人はあんたが殺したこということを突き止めたが、貴族のあんたに手出しができない。そこで我々に依頼があったのだよ。あんたに贈り物を届けるようにとね」


「ま、待て!」


 男爵の制止を無視して子供たちが素早く動き、男爵を斬る。三人に切り刻まれた男爵は、前のめりに倒れ絶命した。


 アルはまったく想定外の事態に固まっていた。老人がアルのほうに振り返って問う。


「子供さらいのアルだね? 我々の標的はルードと君だ。先月の少女は君がさらったんだろう?」


 アルは青くなり、ナイフを抜いた。だが、先ほどの少年たちの動きに勝てる見込みは全く無いと思ったのだろう。逃げ出そうと身を翻し、駆けだした。しかし、屋敷の出口の前に立っていたサキが逃走の邪魔になった。


「どけぇっ!」


 アルがナイフを振りかざして迫ってくる。サキは咄嗟に横に身をかわしつつ、足を差し出した。アルは差し出された足につまずき、転倒した。

 

 すかさずフレドが素早くアルに跨り、心臓を一突きした。

 

 老人はアルの亡骸から首飾りをはぎ取り、サキに差し出した。


「これは君のだろう? お嬢ちゃん」

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