第6話 あわてんぼうの田舎風ビーフカレー

 翌日、葉那はスーパーにいた。

 もちろん、先生である多喜子さんも同伴である。


 多喜子さんからもらえるのは、アドバイスのみ。

 手は貸りす、葉那だけの力で作る。

 それが、葉那の出した提案だった。

 

「では先生、何を教えてくれるんですか?」


「カレーだよ」


 キングオブ無難だ。


 調理実習でなら、作ったことがある。 

 林間学校で作ったときは、飯ごうで米から炊いた。


 けれど、イチから自分ひとりで作ったことはない。

  

「では、私にカレーの作り方を教えてください!」


「はーい。でも、特別なことはなーんもしないよー」


「そうなんですか?」


「ルーは買います。スーパーで手に入る食材だけを使って、誰でも簡単、インド人もガッカリするくらい、普通のカレーを作りまーす」


「どうしてカレーなんです?」


 てっきり、ルーから作り込むのかと思ったが。

  

「おうちで手軽に作れることこそ、カレー最大の魅力だからでーす」


 どんな風に作ってもいい。

 手を加えたらどこまでも凝ったことができる。

 逆に、手を抜こうと思えばレトルトという手段もあるのが、カレーだ。



 買い物カゴを手に持って、多喜子さんについて行く。

 多喜子さんは何も買わない。カレーに必要な具材を、葉那に教えるだけ。

 

「そんなんでいいんでしょうか、料理って?」


 ジャガイモ、ニンジン、タマネギを、葉那はカゴへ入れていった。

 

 

「カレーの作り方さえ知っていれば、お料理に何が必要かとか、だいたい分かるよー」


 買い物はすぐに終わり、今度は多喜子さんの部屋へ。


「では、料理開始です」


 家庭科で作ったエプロンをかける。


「わーかわいい。自分で作ったの?」


「可愛くないですよ。クマの顔なんて曲がっちゃってるし」


「それがいいんじゃん。お料理もそんなんでいいの。失敗しても許してくれる人を選ぼうねー」


 茶化されながらも、人生で一番必要らしき処世術を、葉那は学んだ気がする。

 

 おぼつかない手で、具材の皮を剥く。


「すいません。モタモタして」

 やはり、多喜子さんのように効率よく作れない。

 

「いいよ。時間掛かってもいいから、美味しいモノを作りましょ」

「はい」


 多喜子さんに励まされながら、葉那は料理の行程を進めた。


 野菜をザックリめに切って、肉もろとも炒める。

 フライパンではなく、鍋で直接だ。



 「葉那ちゃんのお家は、ビーフカレーなんだね」


 多喜子さんは、小瓶に入った日本酒を食前酒代わりに開けている。

 葉那の両親があげた品だ。

 

 今回葉那が買ってきた肉は、サイコロ状に切られた牛肉である。


「いつもは豚バラなんですけど、昨日が多喜子さんの豚汁だったので」


 多喜子さんの家で余った豚汁を分けてもらったが、家族はこれも秒で空にした。


 お礼に出張土産の日本酒を渡している。


 お湯を入れてアクを取ったら、いよいよルーを投入する。



 圧縮鍋とか、大層な調理器具は使わない。

 本当に、普通のカレーである。

  

「いいなー。お野菜ゴロゴロって、田舎のカレーみたい。おいしそう」


 そこまで狙ったのではない。

 時間短縮を狙っただけだ。

 

「恥ずかしいな。お店みたいに作れない」


  

「お店のような凝ったのを求めるなら、お店でお金を払って食え。これが料理の基本です」



「誰の言葉です、それ?」

 


「声優さん」


 なんでも、その声優は元板前なんだとか。


「でも、素人がヘタにアレンジしたモノほど、食べられたものじゃないってのは、ホントだよ」



 葉那は料理の素人だ。

 いきなり料理をしろと言われて、ロクなモノは作れないだろう。

 

 

「だから、葉那ちゃんが今作ってるカレーは、ぜえったい、おいしいから」


「ありがとう」


「おっと、底がコゲちゃうよ」

  

「いけない!」


 喜びの余り、かき混ぜる手が止まっていた。

 

「できた!」


「じゃあさっそく食べ……」

 多喜子さんが炊飯器を開けて、青ざめる。




 コメを炊くのを、すっかり忘れていた。




 時刻は18時。

 早炊きしても、あと三十分はお預けだ。

 飯の残りも、昨日の豚汁で食べきってしまったという。

 

「ごめんなさい」


 急いでコメを研ぐ。

 

「ううん。これはわたしのミスだよ。うっかりうっかり」


 多喜子さんが舌を出す。

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