思索

「あなた達の忠誠心を確かに受け止めた」


 ココは片膝を付いて整列しているフロアマスター達に改めて向き直る。皆真剣な面持ちで、目には涙を浮かべている者が大半だ。正直なところ、自身に向けられた忠義に戸惑いを隠せないが、ココはモヤモヤと渦巻く思いを顔に出さないように尽力する。


 「みんな言いたいこと聞きたいことが沢山あると思うけど、まずは私から何点か質問がしたいの。面を上げて」


 主の言葉を受けて全員が顔を上げて、忠義を捧げる者を真剣な面持ちで見つめる。ココは全体を見渡してからたっぷり一呼吸置いてから質問を口にした。


 「まず一つ目。私が不在の間クランの指揮を採ってくれていたのはウィズ、あなたで間違いはない?」


 指名されたウィズは「はい」と答えてやや頭を下げつつ続ける。


 「ココ様不在の間は暫定的に私が代表となり、補佐にクレアルを置きました。クラン運営に関する方針につきましてはジィヴスを公平なる議長に据えて、フロアマスターに準ずる者全員で会議の場を設けておりました。また、問題が発生した際は都度、会議にて対処の方法を」


 「なるほど。ウィズ、あなた達が決めた運営方針というのは?」


 「はい。私達は大きく分けて三つの方針を固めました。一つ目は、未知の土地ゆえにクランを出ての外界との接触を極力禁ずること。二つ目は、外界から何らかの襲撃を受けた際は防衛に徹すること。三つ目は、私達を創造されたお方のご帰還を信じてお待ちすることです」


 「二年にも渡って未知の外界との接触を出来る限り避けたという点は感心するしかないわ」


 「私には勿体なきお言葉、大変光栄でございます!」


 仰々しく頭を下げるウィズに、ココは右手を上げて返す。


 「二つ目は、最近海賊の襲撃が何度かあったみたいだけど、そのことについて聞かせてもらえる?」


 「直近一ヶ月で三度ほど海賊船がオール・ベガス・エデンに乗り付けようと接近してきたため撃退致しました」


 「海賊員の種族などの構成は?」


 「三度とも主に人間が主体の海賊でしたが、中には数体の鬼人オグニ ―――人型の鬼で人間よりも強靭な身体能力を持つ――― の姿も確認できました。おそらく一船当たりの人数は約二十名ほどかと。レベルに関しましては船長格で十レベル前後だと推測されます。一度目は三艘による近海からの島の偵察、二度目は島に乗り込みようとした所を牡丹の六花弁ピオニーペタル、彼女達を忠告に向かわせました。しかし、忠告には応じて頂けなかったため母船と思われる船を破壊致しました。三度目は無謀にも特攻を仕掛けてきたため、私自ら対処致しました。その後、海賊のアジトを突き止めるために一人を敢えて逃がしました」


 (さっきジィヴスが言っていたキングシザークラブ、そして鬼人オグニも存在してる。ビッグバンでも海賊襲撃のイベントはあったけど、クラン戦でも無い限り敵対NPCがクランに直接乗り込むようなことは無かった)


 ココは未知の土地に墜落してからのモヤモヤと渦巻く、無理矢理に割り切っていた思案を再度頭の中で整理する。


 「海賊の襲撃に関してはイレギュラーが重なったと見るのがいいのかな、とりあえず分かったわ。……最後に聞きたいんだけど、あなた達は二年の間に食事は摂っていたの?」


 「食事、でございますか?」


 ウィズは一瞬だけ目を丸くしてきょとんとした表情を見せたが、すぐにハッと左手で口元を押さえる。


 もしここがゲームの世界であるならば食事を摂る必要は無いはずだと考え、ココは不躾だなとは感じつつもこの質問の回答に耳を澄ませる。


 「ココ様の優しさに私感無量でございます!」


 (いやいやいや、全然分からないんですけど!)


 「私たちの事をお気にかけて下さって、これ以上の喜びはございません!」


 NPC達は揃って感涙に咽ぶように震えている。


 「あ、う、うん。それで食事は?」


 「はい。拠点内で摂れる果実や周囲の海で釣った魚を、ジィヴスと牡丹の六花弁ピオニー・ペタルの者達が調理していたので食事には困りませんでした」


 ココは先程からモヤモヤしていた思いをウィズのこの一言で確信に変えた。意識を向けただけで現れるコンソールや攻撃スキルの使用、言葉を話し感情があるNPC。ここは間違いなくゲームの設定が活きている異世界だということを。


 「あなた達が無事で何よりよ」


 「とんでもありません! 勿体無いお言葉です!」


 「私からあなた達に言うべきことがある。分かってるとは思うけど、この世界はビッグバンの世界じゃないわ、全くもって未知の異世界。そしてフローレンス・サザビーでただ一人、プレイヤーとして存在しているのはクランマスターである私だけ」


 皆から小さなどよめきが起こるがココは続ける。


 「あなた達はプレイヤーとしてこの世界に来た私にとっては、かけがえの無い家族も同然なの。だから……」


 かつての仲間達のことを思い浮かべ、勝手に決めていいものかと一瞬言葉を飲むココだが、勢いに任せて口を開く。


 「ここにはいない他のメンバーを代表して、そしてクランマスターとして宣言する。今この時からクラン、フローレンス・サザビーは私とあなた達を主力とした新生フローレンス・サザビーとして新たな一歩を踏み出していく!」


 片膝を着いていたNPC全員から大きな歓声が湧き上がるのを目の当たりにして、正直なところまだ整理がついていないココではあったが、引退したメンバー達が残していった最後の宝を大切にしたいという思いから大きな責任を背負っていくことを覚悟した。







 「ココ様がお帰りになられて本当に良かったわ」


 感嘆の余韻が残るココがいなくなった大聖堂で最初に口を開いたのはクレアルであった。


 「帰還スルマデノ間、ソレガシ達ヲゴ心配シテクダサッテイタトハ……」


 「いいえ、実際にはココ様と私達が転移してくるまでに二年のタイムラグがあったらしいのよ。でも、安否の確認という意味で私達を案じて頂いた」


 アバルトの言葉にクレアルは首を数度縦に振って同意する。見渡すと皆も同じ思いでいるようで、カプラとスコットがうんうんと会話に入る。


 「どうして、タイムラグがあったんだろうね?」


 「それに関しては謎だな。とはいえ、忠義を尽くす方々の帰還を信じて待っていたとはいえ、あんなこと言われたら俺は心苦しいぜ。ウィズ、結果的には捜索に出なくて正解だったな」


 話を振られたウィズは少しばかりバツの悪そうな表情を浮かべる。執事であるジィヴスとタワー・アテンダントの関係とは違い、フロアマスターやサブマスターなどは便宜的な階級こそあれど、基本的に縦の序列は彼らには存在しないため、スコットは統括指揮のウィズにも言葉を斬るように放つ。


 複雑な表情で沈黙するウィズにラッキーとアリスが助け舟を出す。


 「スコットや、それは皆で話し合い決定したことだ。それにココ様も外界との接触を極力避けたことには大きな理解を示していただろう」


 「そうよスコット。私も捜索を支持していたからあなたの気持ちは分からなくもないけれど、結果的にココ様が無事にご帰還されて良かったじゃない」


 「まっ、そうだけどよぉ」


 スコットは両手をすくめて苦笑いを浮かべるのを横目に、話に一区切りがついたと感じたクレアルがウィズに問う。


 「はい、じゃあこの話は終わりね? ウィズ、ココ様が最後に言っていた海賊の件だけど」


 「そうでしたね。ラヴィ」


 「あーい! 海賊のアジトの偵察はお任せあれぇ! ビューっと行ってパパーっとやってくるから!」


 元気と自信いっぱいに笑顔で答えるラヴィに対して、ウィズは幾ばくかの不安が過る。


 「いいですかラヴィ、これは先ほどココ様からいただいた最初の任務です。くれぐれも海賊に見つかることのないよう慎重に頼みますよ」


 「あいあいさー!」


 ラヴィは大きな手振りでビシッという擬音が聞こえてきそうな勢いで敬礼する。


 「どうにも不安ですねぇ」


 ラヴィはサブクラスに狂戦士バーサーカーを持つ為、万が一にも暴走してしまうのではないかという懸念がウィズを不安にさせているのだ。そんな乗り切れない思いを抱いたウィズにジィヴスが渋い声で語りかける。


 「ウィズ様、それでしたらエヴァを共に連れて行かせるのはいかがでしょう?」


 「確かにそれは名案ですね。動物に滅法強い狩人ハンターのクラスを持つエヴァならラヴィの監視役として適任でしょう。ココ様に打診してみます、ありがとうジィヴス」


 「とんでもございません。では私は職務に戻らせていただきます」


 軽く会釈し、踵を返して牡丹の六花弁ピオニー・ペタル達と共にジィヴスは大聖堂を後にした。


 「では皆さん、私達も持ち場に戻りましょう」







 ココはフローレンス・サザビーの正門の上から、いつの間にか広がっていた星ぼしが煌く満天の夜空を物思いに耽りながら眺めていた。


 (何年か前のクランのオフ会で皆で流星群を見に行ったことがあったっけ。リナチーさんと一緒に流れ星の数を数えて、あれも遠い昔のことみたい)


 ここが本当に異世界だとして、元の世界に帰る手段はあるのか、クランマスターとしてこれから何をするべきなのかなど今は考えることが尽きないココは、少し一人になりたいと思ったのだ。


 「どうにせよ今できることをするしかないよね。それにしてもホント流行りの小説みたいな展開……」


 思考を巡らせていたココに、後ろから鈴のような凛とした声が飛んできた。


 「ココ様こんな所にいらしたんですね、探しましたよ?」


 声の方に顔を向けると柔かな表情のクレアルと安堵の表情のウィズが、正門の下からこちらを覗いていた。


 「クレアル、ウィズ。あなた達もこっちに来る?」


 「僭越ながら失礼いたします」


 二人は飛行リープの魔技でふわっと地面から浮き上がりココの両側に着地する。


 「見てよこの星空、それに二つの月。すごく綺麗じゃない?」


 「はい、とても美しいですね!」


 「何度見ても、見事な星空です」


 周りが薄暗いせいかクレアルとウィズからはココの表情がうまく読み取れない。ほんの数分ほど星空を満喫したココ達。ウィズが先ほどジィヴスから受けた提案をココに持ちかける。


 「ところでココ様、お話したい事があるのですが」


 「どうしたのウィズ」


 「はい。海賊のアジト捜索の件ですが、ラヴィの狂戦士バーサーカーが暴走した場合の保険にエヴァを同行させたいのですが」


 (念のために隠密系の護衛は付けようとは思っていたけど見落としてた! さすがはフローレンス・サザビーの頭脳ウィズ、抜かりない。NPCの設定は頭に叩き込まないとダメね)


 「わ、私もそう思っていたところ! 出発前に伝えようと思っていたの」


 NPC全員の忠義を前にクランマスターとして啖呵を切った手前、威厳は保たないといけないという思いからココは慌てて出任せを吐いてしまった。


 「流石はココ様です! 出しゃばった真似をお許し下さい」


 「大丈夫よ、すぐに伝えなかった私に落ち度があるから」


 「とんでもございません!」


 深く礼をするウィズの横から、クレアルがココに疑問をぶつける。


 「それにしてもココ様、共も連れずにこんな所に来られるなんて感心しませんよ。何か特別な問題でもあったのでしょうか?」


 色々考えているうちに少しだけホームシックになったとは言えないココは、どう返すのが最適かを思考する。


 「ちょっと考え事をね。私はねクレアル、クランの皆でこの世界の全てを見て、知ることが出来たらどんなにいいかなって思っる」


 「と、言いますと?」


 「私たちが立ち上げたフローレンス・サザビーの目標は世界制覇だった。数多あるクランの頂点に立つこと、それが皆の共通の思い……」


 「ココ様……」


 寂しげなココの横顔を見てウィズ、クレアルは同情の思いを抱いた。


 「でも、私以外のプレイヤーはもういない。だからもう世界制覇は出来ない。だけど、私にはまだあなた達が残されていた。だからねウィズ、クレアル、協力してほしい」


 ココは一呼吸置いて、決意を露にする。


 「フローレンス・サザビー総出でこの世界を征服するわよ!」


 ウィズをクレアルはスケールの大きな話に鳥肌が立っていた。


 「突然何を仰るかと思いましたら、世界……征服ですか!」


 「フフフ、面白そうですね」


 「準備も時間もかかるし、そう簡単にいくとも思ってない。でも、人は何か目標が無いと頑張れない。それにクレアルの言う通り、面白そうでしょ!」


 頷く二人。そして、「是非とも協力致します!」と返事を返す。


 「目標は決まった、でもまずはやるべきことをやらないとね! 最優先はこの世界の基本的な情報、例えば使用されている通貨とか、どんな国があるのかとか。これが最も先にやるべきことね。そして、先ずはうちのクランにちょっかいを出してくる海賊とやらを捻り潰すわよ!」


 ココはすっくと立ち上がり、優雅な動作でくるりと二人に向き直る。


 「仰せのままに!」


 クレアルとウィズが同時に返礼する。


 満天の星空に浮かぶ淡い青と朧な赤い月が放つ佳麗な月光が、ココの背を押すように降り注ぐ。

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