参集

 古都オール・ベガス・エデンは全能の塔を中心に円状の塀が二層設けられ、三つのエリアに分けられている。イメージとしては円の中にもう一つ円があり、その中心に塔があるのだ。


 正門から入ってすぐに広がる美しいフラワーロードや花時計、ノスタルジックな風車が数基置かれた色鮮やかな景色が広がる花園エリア。内側の塀の中は、古代のものと思われる建造物の瓦礫が無造作に転がり、閑散とした雰囲気を醸しつつもどこか威厳ある遺跡エリア。そして、クランの栄光の全てが詰め込まれた拠点の本拠地、全能の塔である。


 全能の塔内部は地上地下階層共に、二十階層毎に階層を守る謂わばボスNPCであるフロアマスターが管理しており、フロアのテーマがガラリと変化する。上下に百階層あるものの地上階層は地下階層を隠す為のフェイクであり、頂上へ辿り着いたとしても巨大な宝箱 ―――インペリアルミミックという宝箱に擬態した強力なモンスター――― がポツンと置かれているのみである。


 地下階層は五つのテーマに別れており、下に降りるに伴いフロア攻略の難度が上がっていく為、侵入者が狙う拠点の最下層に辿り着くのは容易ではない。


 地下一階から二十階は四層毎に特色が変化し、絵画的な雰囲気を醸し立つオーソドックスなダンジョンである「パステル・ダンジョン」。


 二十一階から四十階は、世界遺産などの有名な建築物と荒廃した世界をモチーフとした『パンデミック・ランドマーク』。


 四十一階から六十階は、玩具箱をひっくり返したような『ジオラマ・トイボックス』。


 六十一階から八十階は、不思議の国がテーマの迷宮『ラビリンス・ワンダーランド』。


 八十一階から九十八階は、黄金の砂漠と巨大な宮殿が目を引くフローレンス・サザビーの守りの要である『ゴールドデザートパレス』。


 そして、クランコア ―――これを外部の者に壊されるとクランは敗北すると同時に拠点の機能や財産を全てを失う――― と呼ばれる宝玉が安置されると共に、居住スペースや会議室、宝物殿、果ては温泉やバーなどの娯楽施設が詰め込まれた二階層に渡るクランの心臓部たる『ラグジュアリー・ペントコア』。


 フローレンス・サザビーのメンバーがそれぞれの得意分野を遺憾無く発揮して造り上げたこの全能の塔こそが、ココを含めたクランメンバー全員の誇りであった。


 真っ直ぐにクレアル神殿へと転移したココは、細部まで作り込まれた荘厳な装飾に目を向けて過去の栄光を思い出していた。


 「デザイン担当の月夜さんが作ったモデルを、プログラム担当のシグさんがどうゲームに落とし込むかをいつも二人で相談してたよね。それにしてもこの装飾の細かさ、今考えてみても妥協しない二人だよなぁ。さてと……」


 クレアル神殿の入口を抜けて、ココはその先にある大聖堂の中央ホールへと歩を進める。


 「ココ様!」


 耳に心地のよい凛とした声が大聖堂の吹き抜けた空間に響く。ココは横から声を投げかけた人物に目を向ける。


 「クレアル!?」


 「ココ様! 私、ココ様のご帰還を信じて心よりお待ちしておりました!」


 美しい海のような青い瞳に短い金髪。健康的な褐色の肌を惜しげもなく露出した踊り子風の純白の衣装に各所に黄金のアクセサリーを上品にあしらい、額には蛇の装飾が天へと突き出した黄金のサークレット。右手に持つ杖は、上部がコブラの形を模した黄金製のもので、杖先から細やかな鎖が伸びてもう一方の杖先に繋がれており、大きく湾曲した黄金とサファイアの縞模様が目立つ杖を背中に掛けている。


 ココがクレオパトラをイメージして制作した愛着あるクラン専属NPCにして、神殿の名称にも充てられたフロアマスターの一人、亜天使「クレアル」の姿がそこにあった。


 「再会できたことを心より感激しております!」


 クレアルは大きな瞳に涙を溜めて敬意を払う。


 「私もよ、クレアル」


 言葉を交わしたのは初めてだけど、という思いを飲み込むココ。正直、自身が精力を尽くして製作したNPCが意思を持って動いていることに内心とてつもない感動を覚える。


 「それにしても、皆ココ様をお待たせするなんて無礼極まりないです」


 「まぁまぁ。塔は広いし、時期に集まるでしょ。そういえばクレアル、メジェドはどうしたの?」


 クレアルはメジェドという瞳だけが描かれた布を被っている一風変わった使い魔を従えている。ビッグバンの世界ではいつもクレアルの横に居たので、ココは素直な疑問をクレアルにぶつける。


 「メジェドは先ほどジィヴスが訪れた際に外の見張りを頼まれたので、現在は拠点の外塀に待機させております」


 「なるほどね。メジェドの能力なら監視に打って付けってわけだ」


 「まさにおっしゃる通りかとお……」


 「ココ様! 大変お待たせいたしました!」


 会話を遮るように澄んだ青年の声がココとクレアルに届き、二人揃って声の主を見やり、クレアルが烈火のごとく口火を切る。


 「ウィズ! 遅かったじゃない! フロアマネージャーという立場にありながら、ココ様をお待たせするなんてどういうつもりなの!?」


 「大変申し訳ありませんココ様。フロアマネージャーたるこのウィズ、どんな罰でも受け入れる所存です」


 目立つ尖った耳に切れ長の目、紅蓮と白を基調にした細長い帽子を頭に乗せ、同じ色合いの長めのローブに身を包んだ教会の神父を思わせる好青年は足早にこちらへ歩み寄る。各フロアマスターたるNPCの統括指揮であるフロアマネージャー、上位森妖精ハイエルフ「ウィズ」が片膝をついてココへと頭を下げる。


 「いやいやいや、ウィズ頭を上げて。罰なんて与えないから」


 「ココ様の深いご慈悲に感謝を申し上げます! 重ねまして、ココ様の捜索に踏み切らなかったことに深いお詫びを申し上げます!」


 ――― 涙からがらとはこのことを言うんだろうな。それにしても、私がクランマスターだからっていうのは分かるけど何でどのNPCもこんなに謙るのか。んん~やりづらい ―――


 「ウィズもういいから! それで他のみんなは?」


 「はい、ジィヴスに代わり私が全員連れて参りました! 皆、ココ様の御前へ!」


 大聖堂の奥にある巨大な扉がギギギという音を立てて開いてゆく。中からはかつてメンバーがそれぞれの想いを込めて製作した総勢十六名のクラン専属NPC ―――人ではない者がほとんどだが――― が姿を見せ、感動の面持ちの者、涙を目に溜めている者など、各々が深く一礼しココの前へと歩を進め、練習していたのかというほど見事に整列し、膝をついてゆく。


 順に、パステル・ダンジョンのフロアマスターであり、火山を彷彿させる隆々とした紅の体躯を持つエンシェント・ドラゴンの「ラッキー」。


 「パステル・ダンジョンの守護者ラッキー、今ここに!」


 同じ赤でもこちらは鬼を連想させる武者鎧に身を包む大きなサソリの蟲人バグズノイド。パンデミック・ランドマークのフロアマスター「アバルト」。後ろに続くのはライダースジャケットにネクタイを締め、オールバックの頭にサングラスを乗せたワイルドな印象を放つサイボーグの青年で、ラッキーと同じくパンデミック・ランドマークの守護者ではあるがサブマスターの「スコット」。


 「パンデミック・ランドマークノ守護者アバルト」


 「同じくスコット」


 「「今ここに!」」


 モノクロのセーラー服に水兵帽、ポップな赤いガントレットとブーツを装備したライフドールという種族の少年はジオラマ・トイボックスのフロアマスター「カプラ」。その後ろには、ラッキーをブロックで作りあげたカプラの使い魔にしてサブマスター、トイ・ドラゴンの「レゴ」。


 「ジオラマ・トイボックスの守護者カプラ、レゴ、今ここに!」


 ラビリンス・ワンダーランドのフロアマスターであり、うさぎの耳のように黒いリボンを立て、青を基調にした清楚な戦闘用ドレスを着こなした銀髪の可憐な少女の亡霊ファンタズマ「アリス」。同じフロアのサブマスターであり、雪のように真っ白なモコモコのワンピースに両手先まで伸びるマフラーを首に巻きつけて、被ったフードからはフワフワの兎の耳を出したワーラビットの「ラビ・ラ・ラヴィ」。


 「ラビリンス・ワンダーランドの守護者アリス」


 「同じくラビ・ラ・ラヴィ」


 「「今ここに!」」


 そして先ほどフローレンス・サザビーの正門でココを迎え入れた爺こと執事のジィヴスと、タワー・アテンダント「ピオニー・ペタル」の六人の美女達が続く。


 「タワーパーサージィヴス、今ここに」


 「タワーアテンダント、牡丹の六花弁ピオニーペタル


 「「今ここに!」」


 いつの間にかクレアルとウィズも列に加わっており、二人も他のフロアマスター達と同じように敬意を声にする。


 「ゴールド・デザートパレス守護者クレアル、今ここに!」


 「フロアマスター統括指揮ウィズ、今ここに!」


 統括指揮という立場から全員を代表してウィズが厳粛な意を唱える。


 「拠点防衛の任に就く者を除きました、総勢十六名! フローレンス・サザビーのクランマスターであるココ様の名のもと、御身の前に参集致しました!」


 その言葉を皮切りにその場にいたココを除く全員が寸分の狂い無く声を揃える。


 「「偉大なる御方であるココ様へ、我ら一同、絶対の忠誠を捧げます!」」


 煌びやかな大聖堂に大きく響き渡った唱和に、ココはただただ圧巻するばかりであった。

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