人生空想芸礼賛 3


 そうした経緯で、今度は社がゲームをプレイする手番……ということになったわけだ。


 ――仕方ない、やるだけやるか……

 というような、後ろ向きの精神で、コントローラーを握り、モニターへと社は目をやった。映し出されているのは、呪いのゲームのタイトル画面だ。


「スターマーセナリー」

 思わず、そこに表示されているタイトルを読んでしまった。荒いドットで作られたアルファベットで記されたそれは、今となっては却って味がある、と言えなくもない。


 問題は、黒背景にそのタイトルと、スタート、オプションの二項目だけが表示されて、音楽すら鳴っていないことだった。

 簡素。

「さぁ、始める前にちょっとオプションを見てみてくれ、社」


 ニヤニヤ笑いを浮かべたまま、琥珀が言うのに従って、社はコントローラーを操作してオプション画面を開く。

 そこに表示されたのは、音量調整だけであった。


「……なにこれ」

「充実したオプション」

「充実って言葉の意味を教えてやろうか……」


 この時点でややうんざりとしながらオプションを閉じてスタートへカーソルを合わせる。

 ボタンを押すと、画面が切り替わった。

「何の説明もないんだな」

「まぁ、それに関してはこの時代だとそこまで珍しくもないだろう。世界観設定は説明書でやるものだぞ。シューティングやアクションなら尚更だ」


「そうなのか……?」

「……ジェネレーションギャップ!」

 琥珀の奇声を他所に、社は目を前に向ける。モニタに表示される画面は殺風景な荒野と、その中心に表示される、宇宙服を着た人間のようなものだけだ。


「十字キーで移動して、Aボタンで弾撃って攻撃な」

「なるほど、そういう系統か」

 所謂、横スクロール系のジャンプアクションゲームなのだろう。社も流石に、触ったことは有るタイプだ。


 琥珀の説明を受けて、社はキャラクターを左右に動かし、Aボタンで弾を撃つ。極端に小さいドットの弾が、前方に向けて発射される。

「……なんかキャラの動作が妙にぬるっとしてるな……」

 社が十字キーからボタンを離しても、キャラクターが動きを止めるまでに僅かなラグがある。そのせいで、社の操作感覚よりも少し前方へと操作キャラクターが進んでいた。


「慣性が有るんだよ、嫌なことに」

「確かに、これは嫌だ」

 琥珀に向かって言いながら、社は更に挙動を確かめようとしてコントローラーのBボタンを押す。何も起こらない。


 ポチポチと何度か押してみても、操作キャラクターは画面上で微動だにしない。

「あれ……」

 この手のゲームでは、ジャンプボタンが有るはずだが――と、社が思ったときだった。

「ジャンプは上だぞ、十字キーの上」

「え……あ、マジだ」


 琥珀に言われて十字キーの上を押すと、キャラクターが妙にふわっとしたジャンプをした。

「……絶妙に操作しづらい」

「だろう?」

「楽しそうにするな」


「いや、実際楽しいからな」

 にこにこと笑う琥珀の姿に、社は一つ溜息を吐く。さて、操作は分かった、真面目にプレイするとしよう。

 てくてくと、画面右へとキャラクターを歩かせる。事が起こったのは丸一画面も歩かせる前のことだった。


 突然、操作キャラクターが爆発した。

「……は?」

「あはははははははははははははは!」

 呆気にとられた社と、腹を抱えて仰け反って笑う琥珀。そんな二人を他所に、操作キャラクターは残機を一つ減らして、スタート地点に戻っていた。


「何これ」

「あっははははは! はは……ひー、ひー……あー、お腹痛い……それな、前から来た敵が撃った弾に当たったんだよ」


「……敵自体が出るよりも早く弾が? っていうか弾来てたか?」

「このゲームの弾は異様に早いからな。自分が撃つ弾の、大体二倍か三倍くらいの速さが有るぞ。多分弾も赤い」

「いや……そんなものを奇襲で撃ってくるのを、どうやって避けろと?」

「それは勿論、敵が見えなくても適度に立ち止まって、警戒しながら進むしか無いぞ」


「うわー……」

 ――めんどくさ……

 先行きの暗さに、社はうんざりして声を上げた。

 ……もっとも、これは社が感じるこのゲームの問題の、ほんの小さな点に過ぎなかったのだが。


 まず第一に、キャラの操作性が悪い。いちいち動きに慣性がつくし、ジャンプするにも着地するにも微妙な硬直が有る。ただただ動かしているだけでもイライラしてくる。

 第二に、とにかく敵が硬い。道中に登場する雑なデザインのザコ敵――ただの箱を縦に重ねたものなど――にも、何発も攻撃を叩き込む必要がある。こちらは一撃で死ぬというのに。そしてそんな敵が、妙にわらわらと湧いてくる。


 何よりステージ構成。見えない罠で死ぬ、大きすぎる穴に引っかかって死ぬ、何故か途中で行き止まりになってステージを引き返す必要がある。

 そんな構成に、単調すぎるBGMと、代わり映えしない暗い背景に荒野の背景が続くことによって、的確にプレイヤーの心にヒビを入れてくる。


 なんとかステージを乗り越えてボスと思われる大型の敵と戦うことになっても、これがまた強く、その上に負けるとステージの最初からやり直し。

「……許してくれ」

 三十分ほどで、社は音を上げた。


 最初のステージもクリア出来なかった。

 間違いなく、今までで最強の敵というほか無い相手だった。

 それを見て、琥珀が心底楽しそうに/意地悪く笑っている。


「ふふふ、情けないぞ社。この程度で悲鳴を上げるなんて」

「そういうお前は、どこまで行けたんだ?」

「三面」


「出会ってから初めて、俺はお前の事を心の底から尊敬しようとしている」

「おう、褒めろ褒めろ……いや初めてってなんだ社」

「はい凄い凄い――で、どうするか、だが」


 社の問いかけに、琥珀も真顔になった。

「何かが起こるまで、プレイするしか無いだろう。それは」

「地獄か」

「ここがこの世の地獄だよ、社……だけど、なんとかする方法は考えてある」

 言って、琥珀はにやりと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る