人生空想芸礼賛 2


 ことの発端は、烏堂特殊清掃に持ち込まれた依頼だった。

 やってきた依頼人は、一見して一般のサラリーマンとしか思えない、スーツの男性だった。ただ、汗をやたらとかいているのか、こめかみの辺りをしきりにハンカチで拭っている。


 そわそわと落ち着かないように身体を動かしながらも事務室のソファに座っている様子は、生来の不安症か、或いは何かを恐れているかのようだった。

「これなんです」


 その依頼人が、事務室のテーブル上にゲームソフトを差し出した。

 それは箱などに入っていない剥き身のものであり、コンシューマゲーム機黎明期に大ヒットした機種の、俗に言うゲームカセットタイプのものだった。


「タイトル部分が剥がれてる……?」

 応接用ソファで向かい合った琥珀が言う通り、本来カセットタイプのゲームソフトに貼られているはずの、タイトルなどを示すシールがそれには貼られていなかった。

 それを聞いて、依頼人が言う。


「剥がされているわけではなく、初めから貼られていないんです。これは、市場に出回ったゲームでは有りませんから」

「詳しくお願いします」

 琥珀の隣に腰掛けた社の言葉に、依頼人が頷いた。


「このゲームソフトは、いわば試作品なんです」

「試作……」

「はい。このゲームを作っている制作会社は、このゲームの製作中に資金繰りが悪化して、ゲームの完成前に倒産することになりました」


 依頼人は自らが差し出したゲームソフトへと視線を落とした。

「このソフトは、完成する前、デバッグ以前にゲーム機実機を使ったテストに使われていたものが、何故か流出したもの……だと言われています」

「そんなものが表に出ることがあるのか」


 興味深げにソフトを覗き込みながら、琥珀は言うと、それを見て依頼人は苦笑いを浮かべた。

「まぁ、倒産した会社ですから、出るものが出てしまうこともあります。そして、そんなものがコレクターの間を行ったり来たり……といった感じです」

「そして、これが呪いのゲームソフト、というのはどういう意味なんですか?」


 社の問いに、依頼人は答える。

「私もこのゲームをとあるゲームコレクター仲間から譲り受けたのですが、なんでもこれを手に取ったコレクターの間で、必ず不幸が起こる、という噂がありまして」

「とは言っても、所詮噂は噂に過ぎないのでは?」


 小首を傾げて琥珀が問う。

「ところが……実際、私の前の持ち主が不幸に合いまして……」

「不幸と言うと」

「このゲームをプレイ中に亡くなった、らしく……」

「亡くなった……」


 社はそう言葉を零す。

 死人が出ている、という辺り、襟を正す必要性を感じて、座り直した。

「はい……健康状態に異常が有るわけでもない人で、持病なども有りませんし、何が死因なのかも医者には良くわからない有様で……」

 社は話を聞いて考える。


 長時間のゲームが身体に悪い、とは言っても、そんな急に影響が出て死ぬものではないだろう。ならばやはり、そのゲームソフトに何か通常ではない原因がある可能性は高い。


「そして、コレクター間の約束というか、下手な――価値の理解できない人間の手にコレクション渡らないようにするために、ある程度同好の士に形見分けのような形でものが行き渡るようにしておくのですが……」

「その結果、呪いのゲームソフトがよりによってあなたに来てしまった、と」


 琥珀の問いかけに、依頼人は頷いた。

「……はい。ですが、やはり人の死に関わったものをどうしていいか分からず……かと言って、さすがにこれを誰とも知らない相手に流すわけにもいかず……お祓いなどと言ってもゲームソフトに対してそういうことをしてくれるものか分からなくて……」


「それでうちに話が来た、と」

「……はい。ここなら、なんとかしてくれるだろう――と、人伝に話を聞きまして……」

「なるほど」


 相槌を打ちながら、社は持ち込まれた呪いのゲームソフトを手に取った。

 手に取った瞬間から。軽いはずのそれに、まるでじっとりと湿ったような重さを感じる。よくよく視てみると、ゲームソフトに纏わりつくような、何かが有るのも分かった。


 ――ふむ。

 横に顔を向けると、琥珀も社の方を向いて頷く。

 琥珀も同じ結論のようだった。このゲームソフトには、何か良からぬものが憑いている。


 そうとなれば、やることは決まっている。社は依頼人の顔を見た。

「わかりました、このゲームソフトはうちでお預かりします。処置が終わりましたら連絡いたしますので」

「はい……よろしくおねがいします」


 そうとだけ言うと、依頼人は事務所から去っていった。

 依頼人が事務所を出たのを確認すると、琥珀は件のゲームソフトを社の手から奪い取った。

「おい」

「いーだろー、別にー。しかし、ふーん、はーん……まぁ、随分と何やら詰まってるなぁ、これ。その上色々混ざってて……ちょっとしたコラボだな」


「人の手を渡ったって話だし、その都度何か問題を起こしていたなら、最初は小さくとも、ついには……って所か」

 社がイメージするのは、小さな雪玉を雪山の頂上から転がすような光景だった。初めは小さく、速度も遅くとも、山を転がり、降り積もった雪を巻き込むことによって、雪玉は加速し、質量を増していく。


 このゲームソフトも、そんな経緯から、だんだんと厄を集めて遂には死人が出るに至ったのだろう。

「さて――」

 社がそんな事を思っていると、琥珀がゲームソフトを持ったまま、ソファから勢いをつけて立ち上がった。


「出かけるぞ、社」

「出かけるって、何のためにだ?」

「決まってるだろ、ゲーム機を買いにだよ」


 社は眉をひそめた。

 琥珀の行動は理解の外だ。


「何でだ」

「何でも何も、呪いのゲームだぞ? そんなものが目の前にあるのに、やらない理由があるか? 逆に聞きたいぞ? そして、さすがにこのレベルのレトロゲームだと、プレイするにもこの事務所には実機が無いわけだ」


 はぁ、と社は溜息を吐く。

「わざわざヤブを突く必要があるか?」

「出てきた蛇を対峙するのが私達の仕事ってもんだろう?」


 言われるとそうなのだが、仕事のためにゲーム機を買いに行くのか、と思うと、社は妙な気がした。

 とは言え、実際藪を突くのが一番わかり易いのは事実だろう。

 自らも立ち上がりながら、社は口を開く。


「経費で落とすか……ゲーム機」

「当時品じゃなくて、HDMIケーブル対応の互換機じゃないとダメだぞ」

「……任す」

「任された!」

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