双狂 3


 防毒面ガスマスクの男は、突き出した右手の人差指と中指で、投げられた妖刀ムラマサを挟んでいた。

「二指真空把?」

「いやいや、投げ返したりはしないよ、しないとも」


 言いながら防毒面ガスマスクの男は、右手を振って妖刀ムラマサを投げ捨てる。

 それに目をやることもなく、燐音は言う。

「あなた、何者? この事件の原因? そうなら、流石に黙って返すわけにはいかないのだけえれども」

「ふふふ、ありていに言ってしまえば、その通りだね」


 防毒面ガスマスクの男は、肩を震わせて、くつくつという笑い声を響かせた。

 ――なんとなく、嫌な感じね。教育に悪いから、クロは近寄らせたくないところだわ。

 見た目だけではない、溢れ出る嫌な何か――それを感じながら、燐音は言う。


「ふぅん……で、目的はなんなの?」

「そこはまぁ、有る種の実験、とでも言うべきものかなぁ」

「へぇー、実験。じゃあ、それはなんの実験かしら?」


 まるで、旧知の友人同士の世間話ででも有るかのように、燐音と防毒面ガスマスクの男は語らっていた。

「うーん、それは秘密にしておきたいところかなぁ。ただまぁ、ひどく私的なもの、趣味的なものであるということは断言しておきたいものだね。学校、というのは、私の実験に至極適した環境なのさ」


「そう」

「何せ、ここはひどく閉鎖的だ! 多くの人間が生活してはいるものの、その年齢層はひどく限定されている。そして作り上げられる、独自の社会システムとルール、それは一つの世界の縮図のようで……おっと、少しばかり長々と語りすぎてしまったかね? すまないすまない、どうにもこうにも、私の悪い癖だ」

 朗々と独演会でもしているかのように語った後で、防毒面ガスマスクの男は、肩をすくめる。


「さて、僕としては、このまま帰らせて欲しいところなのだけれども?」

「まさか、それが通るとでも? クロのほっぺより甘ったるいわね」

 表情を変えず、さも当然とでもいう様子で言った燐音。それを、今まで黙っていた黒玉がジト目で見た。


「……燐音ぇ……」

「え、なんだい、その子がクロなのかい? それでそのほっぺが甘ったるいって? なんてこった、不味いことを聞いてしまった?」

 言って、防毒面ガスマスクの目線を黒玉の方へと向けてくる。


「大丈夫? 児童相談所行く?」

「……話しかけないで」

 ジト目で吐き捨てるように言う黒玉。

「不審者ね、殺すしか無いわ……愛と平和のために……」

「……」


 燐音に向かっても、同じ用にジト目を向ける黒玉。

 ――何かおかしいこと言ったかしら? まぁ、クロが見てくれているなら、そうなのでしょうね。

「ふむ、困った困った。困ったお嬢さん達だ」

「学校に侵入して、可憐な少女を行方不明にした不審者が言う言葉ではないわね」


 言葉を吐くと同時に、燐音は地を蹴った。

「クロ!」

 黒玉が頷き、燐音が光りに包まれる。

 閃光が収まった瞬間には、燐音は黒一色の鎧を纏っていた。


 霊鎧・ジェットスパイダー。黒玉の真の姿が、それだ。

『……伝承礼装エピックウェポン・妖刀ムラマサ、四重復元クアドラプルデコード

 黒玉の声と共に、、燐音/ジェットスパイダーは背中から補助腕二本を展開。展開した妖刀ムラマサ四振りを、本来の腕と合わせて握る。

「貫きなさい」


 ジェットスパイダーは本来の腕を振るい、二本の妖刀ムラマサを投げ打つ。

 異界を、銀の刃が飛ぶ。

 それを受けて、防毒面ガスマスクの男が言う。

「おっと、これは危ない。故に、こうしよう――伝承礼装エピックウェポン・法則マーフィー、復元デコード


 右手を前に突き出す。

 瞬間、まるで、空間が波打つかのようにして、何かが歪んだ。。

 そして、有り得ないことが起こった。

 防毒面ガスマスクの男の胴と喉元へと吸い込まれるように飛んでいた妖刀ムラマサが、男を自ら避けるかのようにあらぬ方向へと飛んでいったのだ。


 ――伝承礼装エピックウェポンの効果ね。

 状況を見て、燐音はそう考える。

 あの男は伝承礼装エピックウェポン復元デコードしていたのは間違いない。

 その伝承礼装エピックウェポンである法則マーフィーというのが、一体どのような効果を持つものなのかは分からないが、それが防御に用いるものなのは間違いないだろう。


 そんなことを思考しながらも、ジェットスパイダーの突撃は止まらない。

 刀の間合いに入り、補助腕が妖刀ムラマサを振り上げる。

 防毒面ガスマスクの男が対応する――


「ならこっちだ。伝承礼装エピックウェポン・妖精グレムリン、復元デコード

 今度は左手を前に。

 すると、先と同じく、空間が波打つ。

 効果はすぐに現れた。


『……だめ、動かない』

 そう、黒玉が言うと、補助腕が握力を失って二本の妖刀ムラマサを取り落した。

 さらに、まるで関節を取り外されでもしたかのように、補助腕が力を失う。

 武器を失った――しかし、突撃は止められない。


「よっと」

 防毒面ガスマスクの男が、膝を突き出す。

 ジェットスパイダーの腹部に、それが突き刺さった。

「うっ……」


 響くのは金属音。ジェットスパイダーの装甲を越えて響く衝撃に、燐音は身を捩りながら、後方へと転がされる。

 勢いよく吹き飛ばされて、ぶつかった固定されていない椅子が散らばっていった。

 その勢いが止まるよりも早く、回転しながらジェットスパイダーは体勢を立て直す。

 荒い息を吐きながら、燐音は言った。


「よくも、クロに傷を付けてくれたわね」

「……いや、そっちなのかい、気にするのは……」

 燐音の言葉に、防毒面ガスマスクの男はやや引いたように言う。


「当たり前でしょう、クロの肌に傷がつく事に比べれば、ありとあらゆる事は些事になるのよ…常識がないの、あなたは? 親からどんな教育を受けてきたの? それともこの話題触れたら不味いやつだった?」

『……燐音ぇ……』

「私が言うのもなんなのかもしれないが、君おかしいぞ? 変態かね? 変態だね! 関わり合いになりたくないから失礼させていただきたいね」

 肩をすくめる防毒面ガスマスクの男に向かって、燐音は立ち上がって言う。

「逃がすわけがないでしょう? 変態ガスマスク男」

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