4 仮沢穂龍の追試験

「では、答え合わせの時間といこうか」


 勇嵩いさかさ先輩は、正々堂々と宣言した。その瞳は確固たる自信に満ち溢れていて、今後の展開を否応なく断言しているようだった。それは頼もしくもあると同時に、悔しくもあるというのが正直な感想だった。


 しかし、僕としてはこの結果に身を委ねざるを得ない。結局のところ、いくら考えたところで坂佐井さかさい咲傘さかさの考えていることなんて理解できるはずもないのだから。


 一騎当千の才色兼備。エベレストの頂に咲く氷花。高嶺の花の最高峰。

 そんな彼女の思惑なんて、僕程度が想像できるわけもない。


 しかし、勇嵩先輩の発した言葉は予想外だった。


「咲傘がどうして才色兼備だと言われているか、分かるか?」


 質問の意味が分からなかった。どうして今更、そんな分かり切ったことを聞くのだろう?


「それは――文字通り、秀才だからでしょう。テストでいい点数を取って、運動能力にも優れているから――」


「そのとおり。そこまで分かってたら


「え……?」


 出揃っている?

 まさか今の質問に、答えがあるというのか?


「やれやれ、どうやら杞憂だったな。――俺としたことが、出しゃばり過ぎたらしい」


 そのまま勇嵩先輩は教室の戸に手をかけた。普通に、何の変哲もなく、その場を立ち去ろうとしている。その呆気なさに僕は出遅れてしまった。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「邪魔したな、穂龍ほりゅう。思う存分青春しな」


 そう言って、勇嵩先輩は消えた。僕は急いで後を追ったが、廊下に先輩の姿は無かった。嵐のように現れて、陽炎の如く消失した。

 その神出鬼没っぷりはいつも通りだとしても、気がかりなのは――。


「答えはもう既に出ている?」


 おいおい、勘弁してくれ。坂佐井咲傘が才色兼備だから、一体なんだっていうんだ? そんなことは最初から分かり切っているじゃないか。至極当然、当たり前の事実を再確認しただけじゃないか。木を見て、これは木だと言ったようなもの――何もしていないのと一緒だ。


 結局、勇嵩先輩にはそういうところがある――に、――僕を過大評価しているのもそうだが、あの程度のヒントで、僕が答えに辿り着いたと本気で思っている。僕は何も分かっていないというのに。


(……才色兼備である理由、か)


 勇嵩先輩のヒントは熟考する余地がありそうだった。というか手詰まりの現状、そこを推理の出発点とする他ないだろう。

 早速、スマートフォンを取り出して才色兼備の意味を調べる。


さいしょくけんび【才色兼備】

すぐれた才能と美しい容姿の両方をもっていること。多くは女性について用いる。……「才色」は才知・才能と顔かたちのこと。「兼備」は兼ね備えること。「色」は「しき」「そく」とも読む。


 なるほど、まさに咲傘のためにある慣用句だ。改めてそう痛感する。しかし、それだけだ。


(もしかして別のアプローチが必要なのか?)


 或いは言葉の意味を変換するとか――


(変換――対義語?)


 それは習慣だった。咲傘との会話で養われた――意味の分からない言葉は、まず対義語に変換するというワイフワーク。


 しかし、いくら考えても目ぼしい答えは見つからなかった。


(そもそも僕のような凡人に、こんな問題を解けという方が無理なんだよな)


 そんなに頭が良かったら、一人でこんなに悩んでいない。少しは堂々と、咲傘のラブレター(仮)に向き合えようというものだ。


 結局のところ、自身の無さ。

 勇嵩先輩の言う通り、それが僕のどうしようもない欠点なのだろう。


 才色兼備の対義語が、僕という奴だ。


『咲傘がどうして才色兼備だと言われているか、分かるか?』


 分からねぇよ。僕にはあなたたちの考えなんて分からない。

 生まれながらにして優秀な人間の気持ちなんて、僕には――


(才色兼備――対義語?)


 その時、なにかに気が付きかけた。一瞬の閃き。一瞬の直感。手を伸ばせば届くところに、その気配を感じた。


 しかし、ちょうどその時。

 誰かが、教室の扉を開いた。


「――ごきげんよう仮沢くん。もう登校していたのですね」


 なんの前触れもなく、なんの脈絡もなく――坂佐井咲傘。

 予想外の展開に、僅かに見えた突破口は呆気なく――呆気に取られて消失した。

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