第3話「春が来た」



「え~っと、他に誰がクラスにいたかしらねぇ」

「黒板に座席表があるから、それ見たら?」

「え~、面倒くさい」

「えぇぇ……」


 机に突伏する麻衣子。僕と話す時はよくその姿勢になるから、真面目に話を聞いてくれているかどうか分からなくなる。

 とにかく彼女は自分の興味のあること以外は、テキトーな扱いをするどうしようもない性格なのだ。三度彼女と同じクラスとは、本当に面倒くさい一年になりそうだなぁ……。


「……」


 僕は改めてクラスメイトの顔を確認する。他に顔見知りはいないだろうか。


「よう満! また同じクラスだな!」

「うん、これからもよろしくね」


 裕介君が教室の端の席に座っている男子生徒に声をかけに行った。メガネをかけた茶髪の男の子だ。確かクラス名簿の最初の方にいたなぁ。

 名前は青葉満あおば みちる君だ。昨年は同じクラスではなかったし、彼とはあまり話したことがないからよく知らない。


「蛍ちゃん! 同じクラスだったんだ~」

「ね~、私も驚きだよ」


 何人かの女の子に囲まれている子を見つけた。黒髪ストレートのあの女の子……確か名前は河村蛍かわむら ほたるちゃんだったかな。清楚でおしとやかな性格が人気で、男子にもよくモテると噂だ。彼女ともあまり話したことはないけど。


「蛍ちゃ~ん! まさか蛍ちゃんも同じクラスとはね~♪」


 鼻の下を伸ばしながら出男君が蛍ちゃんに近づいていった。言っちゃ悪いけど、ちょっと気持ち悪い。出男君も蛍ちゃんのこと好きなのかな。


「出男君だっけ? これからよろしくね」

「おう! よろしく!」


 引きたくなるほどにや顔で握手をせがむ出男君に、臆することなく手を差し伸べる蛍ちゃん。相手で態度を変えるような人でなく、誰にでも平等に接する優しい人のようだ。それも彼女の人気の理由だったりするのかな。


 ガラッ


「そんでよ、また母さんが言うんだ。部活終わったら、寄り道せずにすぐ帰れって」

「あの時はたくさん心配かけてたもんね」


 教室のドアを開けてクラスメイトがぞろぞろと入ってきた。一番目に入ったのはこの学校の陸上部の部長で、エースとして名の高い浅野陽真あさの はるま君だ。美人さんの次はイケメンときたか。


 そして、隣にいるのは彼の恋人の清水凛奈しみず りんなちゃん。彼らも他愛ない話で盛り上がりながら入ってきた。そういえば昨年の10月くらいに、二人は付き合い始めたんだっけ。いつ見ても仲睦まじい二人だ。同じクラスになれてよかったね。


「え?嘘!? 浅野君も同じクラス!? ヤッタ~♪」

「ヤバッ、超嬉しいんですけど!」

「あぁ……幸せ……死にそう」


 陽真君が教室に入ってきた途端、どよめきだす女子達。モテモテだなぁ、陽真君。確かにスポーツ万能で成績優秀、人望の厚い彼がモテないなんて、神様が世界を作り間違えたとしか思えないくらいあり得ない話だ。


「浅野君! これからよろしく♪」

「今年も部活頑張ってね!」

「浅野君と同じクラスになって嬉しいよ」


 わざわざ陽真君のそばに駆け寄り、声をかける女子もいた。さっきまで隣にいた凛奈ちゃんをはね除けてまで、勢いよく話しかけに行っている。


「今年の体育大会はあなたの活躍に懸かってるんだからね! 期待してるわよ♪」

「お、おう……」


 いつの間にか麻衣子まで陽真君に近づいていた。女子達からの熱い視線に戸惑う陽真君。ダイソンの掃除機くらい吸引力が半端ないな。一体何人の女子を吸い込むんだろうか。


「むぅ……」


 女子達にはね除けられた凛奈ちゃん。戸惑いながらも満更でもないような陽真君の顔を見て、赤くそめた頬をぷく~と膨らませている。「私の陽真君なのに……」と、嫉妬の表明が顔に書いてある。


「……」


 なんか、可愛い。僕も余裕で惚れてしまいそうだ。いや、もう惚れている。こんなこと声に出して言ったら、陽真君に殺されるかな。


 凛奈ちゃんだってマネージャーとして、いつも彼をそばから支えている。彼のそばにいることで、自分らしく生きられるのだろう。彼女の支えを受けて、陽真君はこれからも精一杯走り続ける。




 みんなみんな、素敵な笑顔だ。誰もが自分の輝けるステージを見つけているのだろう。その上で自分らしさを見せつけて生きている。

 そして、僕だけが自分のステージを見つけられないでいる。いや、お前には作詩があるじゃないかと思われるかもしれない。確かにそうだ。


 でも、自分の詩は輝いていない。ステージの上で、どこからもスポットライトを浴びていない。暗闇の中で、ぽつんと佇んでいるだけだ。誰かに価値を認めてもらわなければダメなんだ。表情がまたもや曇る。もちろん誰にも気づかれることはなく。


 僕は求めている。自分の居場所を、自分の存在意義を見つけてくれる人を。






 ガラッ


「ほらほら、我が校の未来ある青少年達よ。時は来た。席に着きたまえ~」


 最後に教室に入ってきたのは、昨年隣のクラスの担任をしていた石井流歌いしいるか先生だ。何やら随分と機嫌がいい。みんなはぞろぞろと自分の席に戻っていった。全員が座ったタイミングで、石井先生は教壇の前で話を始める。


「はい、今年度この3年2組の担任を務めさせていただきます。石井流歌です。みんなよろしく♪」

『えぇぇ~!?』


 みんなが驚きの声を上げる。僕も正直驚いた。石井先生がクラスの担任だったことよりかは、彼女がいきなりクラス担任を暴露したことに対してだ。


「いやぁ~、本当は始業式の時に発表することになってるんだがね。みんなの担任になれたことが嬉しくて嬉しくて。つい言いたくなってしまってね。てへっ♪」


 見た目からして30歳後半はいってそうな女の人の、ノリノリのテヘペロ。ちょっと寒気がするなぁ……。こんなこと思うのは失礼だって分かってるんだけど、やっぱりちょっと引いてしまう。


 まぁ、こんな自由で面白い人が担任なら、この一年もそんなにつまらなくはなさそうだ。何上から目線で思ってるんだ、自分は……。


「さてと、これから入学式と始業式があるけど、その前にみんなに報告しておくことがある」


 すぐさま気分を切り替えて、真面目な顔になる石井先生。しっかりする時はちゃんとしっかりするんだよなぁ、この人。


「クラス表をよく見た人はもう気づいているかもしれないが……なんと、この3年2組に新しい仲間が加わることになった!」


 石井先生が教壇に手をついて言う。再びみんなが驚きの声を上げる。


「えぇ!? 転校生?」

「珍しいな、高校で転校生って」

「こんな時期に?」

「可愛い女の子カモン!」

「浅野君がいるからイケメンはもういらないわね」


 転校生か。確かに高校では珍しい。しかも、受験の年である三年時に来るとは。そもそも、転校生自体この学校で初めてなんじゃないかな。




 ……あれ? 初めてじゃなかったかな? 前にも誰か転校生が来たような……。うーん……思い出せない。まぁいいか。


「それじゃあ呼ぼうか」


 僕も密かに転校生に期待を寄せた。一体どんな子なんだろう。仲良くなれるかな。でも、こんな僕と友達になってくれるかな? 大抵こういうのは、あまり仲良くできずに終わってしまうものだと聞く。無理かな?


「さぁ、入りたまえ」




 ガラッ

 石井先生の合図と共に、教室のドアが静かに開いた。トットッと上靴の音が教壇へと近づく。僕は転校生の姿を確認する。転校生は……女の子だ。


「よっしゃ! 女の子だ!」

「何あの子、可愛い♪」

「美少女転校生って……漫画かよ」


 静まり返ったと思った教室が、再び騒がしくなる。突然現れた顔立ちのよい女の子に、みんなの注目が集まる。茶色いボブカットのおとなしめな雰囲気の女の子だ。確かに可愛い。でもあの子、なんだか表情が暗いな。


「さぁ、名前を書いて。自己紹介を頼むよ」


 女の子は石井先生からチョークを受け取り、黒板に自分の名前を書いていく。転校生がクラスの一員となるために行う儀式のようなものだ。それにしても、名前を書く彼女の腕の動きが、何だか覚束ないように見えるのは気のせいかな。


「……」


 僕以外にも、何人かそのことに気づいている人がいるようだ。


 カツン

 彼女はチョークを置き、みんなの前に顔を見せた。



 青樹ハル



 黒板には確かにそう書かれてあった。彼女の名前だ。下の名前はカタカナなのか。


「あっ、青樹ハルあおき はる……です。親の仕事の都合で、この街に引っ越してきました。みなさん、よろしくお願いします……」


 青樹ハル……とりあえずハルさんと呼ぼうか。ハルさんは苦笑いしながら話している。なるべく緊張している素振りを見せないように、不器用な笑顔を作っているのだろうか。

 先程からオドオドしているように見えるのは、注目されて緊張しているからなのかもしれない。でもそれを悟られぬよう、どこか無理をしている様子だ。明らかに見え見えだけど。


「というわけだ、みんな仲良くしてやってくれ」


 石井先生はハルさんの肩に手を置いて、みんなに笑いかける。


「よろしく! ハルちゃん」

「ハルちゃん可愛いよ~」

「これから一年間よろしくね!」

「この後俺とデートしようぜ~」


 パチパチパチパチ……

 みんなからはたくさんの声援と、大きな拍手が返ってきた。みんな、ハルさんを心から受け入れているんだ。そりゃそうだよな。あんなに優しそうに見えるんだもん。きっと裏表のない純粋で、おしとやかな人なんだろうなぁ。


 パチパチ……

 彼女の緊張が少しでも解けるように、僕も精一杯の拍手で迎えた。こうしてハルさんは、僕らのクラスの一員として迎え入れられた。






 ねぇ、あの時の僕。君はきっと思っていたよね。ハルさんと少しでも仲良くなれたらいいけど、僕なんかにはとても無理だろうなぁって。相変わらず後ろ向きな考えばっかでいたよね。でも、いい加減そんなことはやめよう。むしろ彼女に失礼だよ。


 だって、まさか思っていなかっただろう。あのハルさんが、彼女こそが僕の生きる理由を教えてくれる人だってことを。彼女が僕にしてくれたこと、僕が彼女にしてあげられたこと。

 その全てが僕とハルさんを……いや、僕と“ハル”を繋いでくれたってことを。きっと知らなかっただろう。


 でも、今はまだ知らなくていい。この幸せな気持ちは、是非とも君のその心と体で感じてくれ。彼女と共に生きる日々は、たくさん辛いこともあるだろう。

 だけど、大丈夫。その先で必ず自分の望んだ未来を掴み取ることができるから。ハルと一緒に育ててくれ、君の愛を。




 さぁ、始まるよ。君の春はこれからだ。


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