「祈りのハープ」

《承》

エイダは薬草を集めに森に来ていた。

目当ての薬草を摘みながら月夜の下を

歩いていると、どこかで耳慣れない音が聞こえだ。


それは風にさざめく葉の音とも違うし、その命を全うせんと奏でる虫の音(ね)とも違った。


音を辿り歩くと丸く開けた場所にたどり着いた。

月灯りが差し込み、辺り一帯が青白く照らされている。


その中央に、大きなハープが置かれていた。


そして誰も弾き手がいないのに、そのハープから音が聞こえる。


もっとよく近づいて見てみようと歩み寄る。

近づいて分かったのは、そのハープの琴線がひとりでに動いている事だった。

ハープの弦が震え、その音を奏でている。


ハープの弦は月灯りに照らされ、銀色に光を放っている。

それを見てエイダは「(ああ、この森に満ちているエーテルの力がそうさせているのだ)」と直感的に悟った。


近くには大きな木の幹が横たわっており、誰か座る者を待ちわびているようだった。

そしてこのハープも、誰か弾き手を待ちわびているようだった。


エイダはハープの近くの地面に座る。

地面に生える草が冷たくて気持ちいい。


ハープの音色は決して押し付けがましくなく、また誰に聞かせるでもなく、ひとりでに奏でられていた。

そして、何か1つの曲を奏でているわけでもなかった。


見上げると、森の木々は丸く夜空を縁(ふち)どり、そこには大きな満月が覗いていた。


エイダは膝を抱え座り込み、しばらくの間そのハープを眺め、奏でる音に耳を傾けていた。

ハープの音は一向に鳴り止まない。


ハープの側に横たわる木の幹に目を移す。

それはこのハープを操る誰かのために用意されたものだろうが、その誰かとはエイダではないと彼自身は感じていた。

また、あの黄色い古びたモーテルの、髪の長い女の宿主でもないとも感じていた。


しばらくエイダはこの場所で物思いにふけりながら過ごし、やがて立ち去った。

.

.

.

.

朝起きて朝食の支度をしている時、皿を並べるカヤに尋ねた。

「ああ、それは祈りのハープだね」

「祈りのハープ?」

「そう。あのハープはね、誰かふさわしい弾き手を待ちわびてああしてひとり音を奏でているのよ」

「その誰かは、どうやってあのハープに辿り着くんですか?」

「それはあのハープの音色に導かれて突然やってくるのよ」

「あんな辺境に?」

「そう。あの森はエーテルに満ち溢れているから、そのハープの音色には魔法の力が込められているの。その音は森を越え、町に出て、遠い海へ届いて…。その頃にはもう音として聞こえないけど、あのハープにふさわしい弾き手だけには届くの。他の人には聞こえないけどね」

並べた皿に料理を盛り付けながら、カヤは話しを続ける。

「ふさわしい弾き手が現れた時、そのハープの音色は天上の神に届いて、祝福されるようよ」

「誰が祝福されるんですか?」

「そのハープがよ」

「弾き手じゃなくて?」

「そう。そしてその弾き手が見つかった時初めて、あのハープは森の外に出られるわ」

「じゃあ…僕が森で聞いたのは、祈りの声なんですね」

「そうだね」

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【モザンビークの夜】 大庭園子 @nakaba0918

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