家出(?)再び

 装備を整える、という名目で自分がここにいた痕跡を消すように私物をまとめていく。文明が中世くらいの世界では、長距離の移動はそれだけで危険なものだ。

もとは田舎娘の私が装備を過剰にしていたって、誰しも納得はしてくれるだろう。


「発つのか」

ビクッと肩が跳ねる。師の気配は彼自信が主張しない限りいつも気づけない。

「はい、すぐに」

必要以上に任務の内容は言わないほうが良い。情報を小出しにして欺く手は、相手よりも自分の頭が切れる確証でもなければ使わない。

こちらの知っていることを相手も知っているのかをはかる試金石にもなるわけで。


「王国へ向かうのなら、そこの出身である俺が行くのが妥当だろう」


行き先は伝わっているようだ。


「これは忠義を示す場になります」


いつかとは違って、少し目を伏せて話す。

私の二心を疑う将はネージュの他にもいる。

早々に遠ざけて消してしまえればよし、忠実に任務をこなすならなおよし。

今回の王国行きもそんなものだと思って心配しにきたのだろう。相変わらず面倒見がいいというか、傾ける愛情の加減を知らない人だ。


「王国に亡命する者が身を隠しながら行ける道は飛竜の谷だ。危険をおかしてそこへ発ち、命を失った貴族らをお前も知っているだろう」


なんてことだ。


この人は私が自分を裏切るなんてかけらほども考えちゃいない。ずっと汚れ仕事ばかりしてきたくせに、肝心なところはこれだ。

好きになってしまっても仕方がなかったや。


「師がいては私の功が示せません」

「っ……」

「私の力を信じないのなら、それって」


一歩寄って微笑みかける。

言葉は嘘でも、師に恋した瞳は本物だ。


「これがお別れだって思っているんですね」

「……」


師が眉根を寄せる。別れが惜しいのも、心が痛いのも、本当だ。痛々しい表情で彼は目を伏せて、私の髪留めを外した。視界の端にさらさらと栗色の毛束が降りてくる。

「借りていく。取り返しに来い」

「はい」

いたいけに師を思う少女でいられたかな、私は。




 変装して城を発ち、途中の街でまた見た目を変えてから少しずつ「飛竜の谷へ向かう少年がいた」という噂を流した。広がり過ぎない程度で噂が漂えば私が本当に出向いたのだろうと騙せるはずだ。師にはあまり情報操作を習わなかったけれど、娯楽の少ないこの世界でゴシップがどれほどの力をもつかは体感している。


 ティルたちと待ち合わせる場所や方法は決めていなかったけれど、彼は挙兵すると言った。つまり兵がいるということだ。大人をたくさん集めておけて不審がられない場所は少ないはず。



「それがすぐにわかったら私は流され続けてアサシンなんてやってないよね」


けれど私がまっすぐティルのもとへ戻れば村じゅうに知れる噂になってしまう。中近世の村なんて人の出入りや変化が少ないものだから何でもニュースになるのだ。


迷った挙げ句、今日は街と村両方への出入りが見渡せそうなちょうどいい丘のあたりに居座ろう。私が街を背にして歩きだしたあたりで時刻を告げる街の鐘が鳴った。昔はあの音でご飯だ〜と出ていったっけ。

というか、あそこって私が馬車を助けちゃった場所じゃんか。


「こんばんは」

「え?はい、こんばんは」


坂をあがりきった私がカバンをどさっと置いた場所に人の靴が見え、顔をあげると体格のいい女性が立っていた。


「村へ向かっているのですか?ご案内しますよ」

見覚えのない顔だ。

彼女が示しているのは私の故郷だが、この人は知らない。

「今日はもう足が疲れてしまったの。だから少し休みたくて」

「村には何のご用事ですか?」

女がにこやかに私の言葉を促す。


まったく、アサシンなんてやるんじゃなかった。

気付きたくないところにまで目がいってしまう。


「よく手入れしてますね。そのナイフ、皮剥ぎ用には見えないけれど」

私が言うが早いか女が袖口からナイフを出して私の喉を狙った。刺突ではなく切り裂くことに適した刃物だ。

血を吸ったことは少なくないだろう。


だが手入れを簡易化するために目釘をきちんと打っていないのは明らかな弱点だ。


「どこまで知っている?」

女の肘に私の肘を入れて軌道を変え、目釘変わりの木杭めがけて私のナイフの柄を打ち込む。

ナイフが柄と刃に分かれ、女が目を見開いた。

彼女が退く前にその襟元を掴み、垂直に地面へ引き落とせば胸から地面に落ちてくれる。

「クッ…既に我々の居所は掴まれていたのか」

「我々?」

地に伏せた女の背に膝をのせて抑え込んでいると、馬に乗った男がやってきた。

武器を確認しようと顔をあげると、そいつは見覚えのある強面だった。

えらの張ったたくましい顔つきとひっつめた赤毛が特徴的なティルの従者、ドゥリンだ。


「あ……この人、そっちの手のひと?」

「貴様か」

彼を確認した私の表情からはよほど気が抜けていたのか、ドゥリンは眉をあげてため息をついた。王国の密偵を警戒して私に切りかかった女は彼が雇った者だったのだろう。膝をどけて謝らなくては。

「ごめんなさい、私味方です」

「え」




 もう少し考えていればよかった。ティルが村に潜伏したまま任意のタイミングで合図を出せる場所は、村の鐘の音が届く場所、あるいは教会が見える高所がある場所だ。街、もとい都市というものはたいてい高い壁があるし、街中に時刻を告げる鐘を吊るした塔がある。村から一番近い街は、装備の薄い単身の徒歩では遅くて3日かかるが、馬を思い切り走らせれば1日で着く。そして街のいいところは人の流れが村よかずっと流動的なところ。丁度いい場所じゃないか、まったく。

「人を隠すなら人の中とはいうけれど…」

「殿下が貴様を呼び立てている」

「私を連れて行っていいの?しかもそっちは村と逆方向…」

「俺を味方と信じ切っている阿呆をこれ以上疑っても馬鹿をみるだけだ」

実際に味方じゃないか失礼な。

 最初に密偵として彼と対峙したときとはぜんぜん違う扱いだ。そんなに私は気が抜けていたのだろうか。


 ドゥリンが門番に何かを握り込ませて街へ入った。ティルは潜伏先を変えていたらしい。ゲームのシナリオでのティルフィングは細い人脈を使って一部隊ずつ傭兵を雇ってた。こんなふうに街に潜伏して細々とやっていたのだろうか。ゲームでは人数も忠誠心も足りていない彼らを、軍を率いるヒロインと攻略対象たちの助力で統率をとっていく必要があったのだ。今回は私がそこに加わるのだろうが…


「天馬が飛んだのはいつだったかな」

「公国の夕刻にて」


閉じた酒場のドア越しに何がしかの合言葉を交わして入ると、ドゥリンはその奥の酒蔵のような場所へ入っていった。

私もそこに続いて入ると、樽の上に座るまぶしい金髪の青年がこちらにほほえみかけていた。

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